[堀之郷正八幡宮] :ほりのごうしょうはちまんぐう、 住所:神奈川県秦野市掘山下998 祭神:品陀別尊(応神15誉田別)、息長足姫、武内宿禰、 本殿:平入、南向。 千木:外削 。 神紋:巴、場所:小田急渋沢駅バス大蔵行,八幡神社前下車。 由緒,伝承: 創祀は天安2年(858)九州宇佐八幡宮から分霊を勧請という。創建当初は金光山正八幡宮と号し 武門からの崇敬厚く、天正年間(1773-1592)小田原北条氏が祭礼奉幣の儀を行い、祭典の村順を決め代官小野長門に取仕切らせたという。北条氏滅亡後。徳川家康が朱印地5石を寄進。し朱印状を与えている。 和州郡山藩主柳沢刑部左衛門代々崇敬厚く、また八幡太郎義家の弟・新羅三郎義光を遠祖とする19代目の子孫米倉清継は堀山下村200石を領地とし、累世崇敬厚く社殿再興、又年々祭祀料、金5両等寄進している。 宝物:大刀1(家康奉納)、絵馬狩野休真(米倉丹後守奉納)灯篭1対(柳沢刑部左衛門奉納)幣3本鍍金(米倉昌?奉納)古文書掟状(天正17(1589)11/1小田原北条氏の下知による。 ・例祭の神輿渡御は氏子から壮年男子16人を選び、白干衣、烏帽子姿で奉仕する。 ・境内社、金刀比羅神社、三嶋神社、稲荷神社、日前神社。境内地760坪。 (境内掲示,神奈川県神社史) 水無,四十八瀬の両川に挟まれた尾根の端一段高い所に位置する。北には水無川沿い秦野戸川公園があり登山の基地、親水公園として今も拡充工事中。 神奈川県神社史(昭和58年?)には、祭神が誉田別尊、息長足姫尊(そくながあしたるひめ)高良玉多礼命(たかよしたまたれ)と記されている。 |