そんなに赤い顔して何杯目だ、カミュー。 嘘をつけ、さっき見ていた時からもう六杯飲んでるのは数えていたぞ。 ………。待てと言っているだろう。 大体お前は人様から物を奢ってもらい過ぎだ。今日だけで何人に奢ってもらったと思っているんだ? 答えをはぐらかすな。 ………だろうが。それくらいなら俺に言え。………俺がボトルの4本や5本くらいの酒代なら出してやる。分かっているとは思うが、あくまでお前が飲む分だぞ。賭けに使うなよ。 ………… 確かに他の奴に奢ってもらうと財布は痛まなくて良いが、端から他人にたかることを目的にするのは騎士としてあるまじき精神態度だろう? いや、俺は他人じゃないからな。他人はあんな所まで… 痛いだろうが!……… 大体そんなに照れなくても事実だろうが… 「・・・待て、カミュー」 「おい、待てって言ってるぜ、カミュー」 「待て、ですか?」 先を歩いていたカミューは、ビクトールの呼び止める声に振り向く。 数えることを放棄するほど杯を重ねていたはずの彼は、酔いの名残を微かに紅らんだ目元に漂わせるだけだ。 常の如く、一つ筋通った立ち姿で足元がふらつく様子もない。 相方の青年の禁欲的な印象すら与える背筋のよさも印象的だが、改めて見る佇んだカミューの立ち姿も負けず劣らずといった所か。 もっともその相方は、酒に呑み潰れて正体を無くし、ビクトールとフリックに両肩を貸されているというていたらくなのだが。 「寝言だろう」 「いい気なもんだぜ、くそ重い図体俺たちに担がせておいて」 軽く悪態をつくビクトールに気づく由もなく、マイクロトフは軽い寝息を立てている。 ルカ・ブライトを倒した先の月から、戦も小休止の様相を見せており、それまでの緊張状態から反動か、ここの所この城の雰囲気は今までになく穏やかなものになっていた。 自然各自の気も緩むのか、連夜のようにレオナの酒場は超満員だ。 そんな中、珍しくも一緒に酒席を囲むことになった四人だが、カミューとビクトールという組み合わせは最強…いや、席を共にするものにとっては最凶ともいうべきか。 ざるを通り越してわくな自分達の酒のペースに、周りまで巻き込む二人の行動パターンを今までの経験で熟知していたフリックは、ひたすら酌にまわり保身に走ったのに対し、碌な防御を取らなかったマイクロトフは二人のペースに巻き込まれ、あえなく撃沈。カードの賭けに負けた二人に引きずられるようにして自室へ戻ることになったのである。 「…おれがいる…お前のためならば…」 三者の視線を受けても、気持ちよさそうに眠ったままのマイクロトフは、時折はっきりした口調で寝言を漏らしている。 どんな夢を見ているのか。 察するまでもなく彼の夢に出ているのは、彼の相方のカミューであることに間違いはないだろう。 「おーお、お熱いねぇ。夢の中でもいちゃいちゃしてんだろう、お前達?周囲の眼を気にしたりとかしないのか?」 「いちゃいちゃに関しては否定しませんが、無意識下の夢の中のことまでは責任を負いかねますね」 「シャイな俺様には真似できない厚顔無恥な言い草だぜ」 ヒューと口笛を吹いて見せるビクトールに、カミューは表情を変えることもなく微笑するだけである。 その様子に苦笑するだけで静観していたフリックが口を開く。 「しかしあれだよな。夢って結構その人の深層心理を反映してるっていうからな。よっぽど愛されて…」 「待てカミュー!俺より他の男のほうが良いというのか」 …いるんだな。 そう続けようとした言葉は寝言にしてはやけにはっきりとしたマイクロトフの言葉に不自然に立ち消えた。 酔いに火照った身体にも涼しかった回廊の空気が、一気に氷点下に転じたように凍りつく。 重苦しい、否、おどろおどろしい前方からの圧に、目をやることすら憚られる二人は肩にかるう男に目をやった。 絶妙な間合いでとんでもない台詞を吐いてくれた青年はしかし、依然目を醒ます気配もなく、眉間に皺を寄せたまま時折何事か不明瞭な寝言を漏らすだけだ。 「深層心理ね…」 「ま、待てカミュー!」 「落ち着け、人間誰しも間違いはある!!」 持って生まれた間の悪さを遺憾なく発揮してしまった不幸なフリックは、己の責任を痛感してか必死に場を取り繕うとし、切れたカミューの恐ろしさを身を持って体感しているビクトールもそれを援護する。 「…間違い…そう、間違いね」 そんな制止にカミューは、思案深げな表情を浮かべ歌うように呟く。 「確かに間違いは誰にでもありますよね」 最悪の事態は回避か、と安堵する二人に、だが続けられた言葉はとんでもないものだった。 「泥酔状態で紋章が暴発する間違いなんかも、そういえばよくある話らしいですよね」 にっこり笑っては歌うように続けられた言葉には、そこはかとなく本気の色が見え隠れしている。 「待て待て待てっ!!何故そこで手袋を外すッ!そこまですると計画的だろうが!間違いではなく、故意だ!悪意だ!」 「頼む、俺たちを巻き添えにしないでくれっ!!!」 すっと白手袋を外した手の甲に禍々しく輝く烈火の紋章に、傭兵の二人は必死に訴えかけた。 哀れをさそうその二人の表情に、カミューも気を削がれたのか翳していた手を下ろした。 とりあえずの緊張状態から脱した二人は、ほっと安堵の息をつく。 元凶の当人はといえば、そんな状況も知る良しもなく未だ軽く寝息を立てているだけだ。 浅く頭を垂れたその身体を揺すりあげ、フリックが肩を抱え直す。 「あんまり気にすんなよ、カミュー。マイクロトフも寝ぼけてるだけなんだからな」 寝顔を苦い笑いで見下ろしながらのその言葉に、ビクトールも深く何度も頷く。 「そうそう、所詮酔っ払いの戯言だぜ。マジにとんなよ。まぁ、大体はといえばこいつが悪いんだけどな」 お前だよお前、と呟きながら、危うく生命の危機に曝された大男は、マイクロトフの後頭部を一抹の本気を加え殴る。 「おぉ?起きたか、マイクロトフ?」 その言葉に応えを返さず座った眼で、振りかえったカミューの顔を見つめたマイクロトフは、口を開いた。 「カミュー、すぐに暴力を振るうのはよくない癖だと毎回言っているだろう。いいかげんにしないか」 それだけの言葉で動力の切れた人形のように、またがくりと首を落とす。 形容し難い沈黙が落ちた。 そして次の瞬間、フリックとビクトールの悲鳴が辺りに響いた。 「やめろーッ!よせッ!!!」 「夢に責任取れないって言ったのはお前だろうが!!!」 その言葉にびくりともせず、酷薄な微笑を浮かべた青年は左手を翳し最終通告を告げる。 「………問答無用」 その晩小規模な爆発音が城の西翼の回廊から聞こえたことを、何人もが耳にしたという。 次の朝、数年振りの二日酔いで目覚めたマイクロトフはなぜか焼け焦げのある自分の衣類と煤っぽい自分の身体の匂いに眉をしかめた。 やけに痛む頭と、回復魔法の痕跡の残る全身の淡い肌の色に不審を覚え、親友に問い掛けるが返ってくるのは刺すような視線と慇懃無礼な言葉ばかりで、隣室の傭兵コンビに至っては言葉を濁してはそそくさと立ち去り碌に視線を合わせようとしない。 後に酒場で相席した人達からさりげなく逃げられることを繰り返したマイクロトフは、己の酒癖の悪さに対する疑いを確信に変え、酒を控えることを己に科した。 微妙にずれたその認識を指摘する勇気を持つ者もおらず、マイクロトフの節酒はその後しばらく続いたのである。 |