「…なにあれ」 「んあ〜?…ああ、あれな、じゃんけんだろ」 「そんな事は分かってるよ」 いかにも棘棘だらけな不機嫌そうな声にも動じた風が無いのは、無神経男と一部女性陣から評されているビクトールだからか、それともその声の主がいつも不機嫌なルックの為なのか。 なんにせよ、二人の視線の先は同じ方向に固定されていた。 「何のためにかを聞いてるんだろう」 「毎回なんか賭けてるらしいぜ。んーと、昨日は勝ったほうがお茶汲み、一昨日は靴磨き、その前は…」 「どうだっていいけど、なんであんな人目につくとこでやるわけ。自分達の部屋でやれよ」 そうカウンターのグラスに眼を落として呟くルックに、 「確かにね」 と炭酸と檸檬水を注いでやりながら、酒場の女主人も頷いた。 「でもあの二人には酒場の売上に貢献してもらってるしね」 「?」 「あの二人のどちらが勝つか、賭けてる奴もいるんだよ。だからこちらとしてはここでしてもらった方が助かるわけさ」 「じゃあ、なんだぁ?奴らは客寄せパンダか?」 そう馬鹿笑いするビクトールに、もちろん、と女主人は続けた。 「そのぶん彼らの酒代は勉強させてもらってるんだけどね」 そう微笑する彼女の視線の先で、青騎士団長が机に沈み込む。 どうやら今日の三番勝負は赤騎士団長の勝ちらしい。 「で、今日の賭けは?」 ルックの冷めた声に、 「なんだったっけ?」 「確か洗濯じゃなかったかい」 「洗濯?」 「そう、負けたほうが洗濯するって言ってたかねぇ。出しておけばヨシノが洗っておいてくれるだろうに、あの辺が騎士なんだろうねぇ」 「まぁなー、騎士だもんな。そら、よそさまの新妻に洗われたらヤバイ物もあるだろうさ。下着とか、シーツとか、シーツとかな」 そう馬鹿笑いする傭兵隊長に、「下品すぎるよ」とレオナが煙管で頭を叩こうとする。 だがその前にゴツッという鈍い音、そしてガシャンと響く音にあわせて大男の頭はカウンターに沈んだ。 思わず集まった視線の先、ビクトールの足元には各テーブルに置かれている灰皿。 そして当然視線が移る、唯一の灰皿がなくなっているテーブルでは、赤騎士団長がまだ机にうつ伏している青騎士団長の頭をなでてやっている。 その微笑には今しがた起こった暴行をうかがわせるものは、一片たりともない。 「さすがカミュー…地獄耳だねぇ」 暫しの沈黙の後しみじみとそう呟いた女主人に、風使いの少年はストローでぶくぶくとジュースに泡をつくりながら沈黙を貫いた。 |