毛糸球
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広間の柱の影から、ちらちらと探していた人を眺めながら、キニスンは近づくタイミングを狙っていた。 先客がいる。 しかもちょっと声を掛けて邪魔するには憚られる、相手と雰囲気だ。 ただこれを見せるだけだったんだけどなぁ、そうぼんやり考えながら、彼は腕の中の重い袋を抱えなおした。 広い肩と大きな背の後姿で顔は見えないが、あの特徴的な服装からして先客は青騎士団長マイクロトフだ。 一体あの人に何の用事があるんだろう。 わざわざ椅子を持ってきて座り込み、顔を寄せんばかりに身をかがめて、低い声で何か話しているようだ。 まだ時間がかかりそうだし、出直そうか。 5分かそこら待って、そう決心した途端、大きな青い背が動く。 丁寧にきっちりと45度頭を下げ、座っていた椅子を軽々と抱えながらこちらに歩いてきた男は、キニスンに気がついて軽く会釈をした。 慌てて会釈を返す時には、広い歩幅の彼はもう通り過ぎていた。 振り返って眺めると、あっという間にその後姿は広間から出て行く。 「ねぇ、タキおばあちゃん。マイクロトフさん何の用だったの?」 好奇心を表情に浮かべながら近づくと、タキはいつもと変わらぬ微笑を浮かべ迎えてくれた。 「マイクロトフさんがご用というよりも、私のご用をしてもらったんだよ。毛糸を巻くのを手伝ってもらっていたの」 そう指し示す足元には、毛糸球があった。 束になっている毛糸を一度両腕に巻き取って、そこから毛糸球を作っていく作業は、タキに頼まれ一度やったことがある。 しかしこれは根気が要る単調作業だし、とにかく時間がかかる。 それにあのマイクロトフさんが付き合ったというのだろうか? だが、その割には遠くからでも伝わる雰囲気は固く、近寄りがたいものだったのだが。 「マイクロトフさんがお手伝いしてくれるのはおかしいかい?」 「うーん、だってすごく偉い人なんでしょ?」 穏やかな微笑みを浮かべるタキにそう尋ねられ、キニスンは首を傾げた。 彼の認識では、件の騎士団長はいつも忙しく、多くの騎士たちに囲まれ指示を出しているイメージで、およそこんなところでのんびり老婆の相手をするような人には思えない。 その姿におっとりと頷きながら、タキは慣れた手つきで編み棒に糸を巻いていく。 「そぉねぇ、立派な騎士さんで団長さんまでしている人だからねぇ。でも本当に立派な騎士さんは、自分よりも弱くて立場の低い人ともちゃんとお話してくれるし、こんなお婆ちゃんのお相手もしてくれるものなんだよ。多分、あんたのお友達のシロさんとも仲良くしてくれるんじゃないかしらねぇ」 そんなもんだろうか。 半信半疑のキニスンに、のんびりとタキは続ける。 「そして、立派なお婆ちゃんというものは、どんな若い人相手でも御用を言いつけてお話してあげるもんなのさ」 つまり、毛糸球は口実で、タキはあの騎士団長の話を聞いてあげたのだろう。 そう考えるとあの近づきがたかった雰囲気も、その割にはすれ違う時の表情が思いの他穏やかだったことも頷ける。 タキに話を聞いてもらうだけで、何が変わったわけでもないのに不思議と落ち着くのをキニスンは知っていた。 「さて、今日は何のご用だい?」 「あ、うん。畑でさつまいもがとれたからどうしようかなって」 抱えてきたさつまいもの袋を差し出すと、タキはにっこりと笑った。 「あら立派なお芋だこと。じゃあ庭でみんなで焼き芋どうだろうねぇ。細い枝と太い薪がいるねぇ。あと竃の代わりになる大きな石も探してきてごらん」 「うん、じゃあ準備できたら呼ぶからタキお婆ちゃんも来てね」 足元に袋を置いて駆け出すキニスンに、『転ばないように気をつけるんだよ』とタキが声を掛ける。 やがて。 一時間もしないうちに、外から芳ばしい焚き火の匂いが漂ってきた。
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