くつひも。
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「…レディ」 そう声を掛けられて、自分のことかと思える女の子はそう多くないと思う。 だからメグも、後ろから掛けられたその声が、自分のことだと思わずにそのまま歩いていったのだ。 「レディ。…レディ。メグ殿?」 「は、はい」 ぽん、と肩を叩かれて慌てて振り返ると、若い騎士服の男性だ。 すごく格好良くて、友達の女の子達にも人気がある人だが、あんまり周囲の人に興味がないのでよく覚えていない。 確かナナミと仲が良かったはずだけど、なんて名前だっけ? 一生懸命思い出そうとするメグの足元を指差して、その男性は、 「靴紐がほどけていますよ」 と言った。 「え?くつひも?」 「結んで差し上げて宜しいですか?」 そう言ってくれたのは、多分メグの両手にたくさんの荷物があるからだろう。 靴紐といわれてもこの荷物ではどうしようという状態である。 ラッキー、と頷くと、何を思ったのか彼はメグの脇を持って、ひょいと横のテラスの壁に座らせた。 大きな石の壁は幅もしっかりあって落っこちる心配はないが、突然のことに少しびっくりする。 思い出した、カミューだ。 赤騎士団長カミュー。いつも青くて背の高い人と一緒にいる。 そっちの名前は覚えていなかったので、覚えている方でよかった、と内心ほっとして、メグは口を開いた。 「えぇと、…カミューさん?」 「はい」 「ズボン、汚れちゃいますよ」 自分の腿の上に足を乗せて、紐を結ぶ彼にそう指摘すると、笑顔が帰ってきた。 「大丈夫ですよ、すぐに済みますから」 しゃがんだ方が結びやすいのに。 綺麗な金髪を見つめながら、ぼんやりそう思う。 高い背を屈めて紐を結んでいく姿はやりにくそうだ。 「はい、できました」 ひょいっと抱き下ろされて、メグは慌てて頭を下げた。 「あの、ありがとうございました」 「いえいえ。本当はそのお荷物を預かって差し上げた方が良いかとも思ったのですが…」 そう語尾を濁す彼の視線の先には、腕の中で雪崩を起こしそうな本や設計図、木工道具など。 これは下手に触られると全部落っことしてしまう。 「ううん、助かりました」 「からくり丸殿の改造道具ですか?」 そう尋ねられて、目を見張る。 「知ってるの?」 「もちろん」 そういえばこの人は自分の名前も知っていた。 からくり丸のことも、改造のこともちゃんと分かっている。 全然今まで話したこともない人なのに、どうして知ってるんだろう。 不思議に思うが、それよりも嬉しい気持ちの方が勝る。 「からくり丸にね、ジャンプ機能をつけてあげようかなと思うの。上手くいったらカミューさんにも報告するね」 「それはぜひ。楽しみに待っていますよ」 にっこり笑われて、うん、と頷く。 それでは、と去っていく後姿はすっとまっすぐで、とっても格好良い。
ナナミちゃんや皆が格好良いって騒ぐ気、ちょっと分かるような気がするなぁ…
内心そう呟いたメグは、また元気よく歩き出した。
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