かげ
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気が付いたらあっという間に真赤だった太陽はいなくなっていた。
帰らなきゃ、と思っていた時に、子猫を見つけたのだ。
にゃーにゃー木の上で泣いていた子猫を助けようと一生懸命呼んで、それでも蹲る子猫に木の途中まで登ったら、手が届きそうなところで頭を踏んで子猫は自分で降りていった。
恩知らずな猫に頭をさすったときに、もうすっかり日が暮れていることに気が付いたのだった。
早く帰らないと、母さんに叱られる。
あの大きな城を目指せばいいんだ。
そう分かっていても、足が動かなかった。
さっきまで夕焼けで麦色に染まっていた草は、今は夜空の黒で見知らぬ生き物のよう。
ザワザワとはためく動きに噛みつかれそうで足が竦む。
だが、その時ふっと父から教えられた言葉を思い出した。

『怖い時は後を見てごらん。
影があれば大丈夫、影がお前を守ってくれるよ』

大丈夫、影がついてきている。
何度も何度も後を向きながら早足で歩く。
黒い影はちゃんとずっとついてきている。
右手を上げたら右手。左手を振ったら左手を振る。
いつしか怖い気持ちも忘れ、友達のような影と遊んでいると、不意に大きな黒にその影がのみつくされた。

いなくなった!

全身が凍りつくような恐ろしさに身を縮めると、後ろから降ってきたのは男の声だった。
「こら、お前どこの子だ?」
知らない声。あっという間に抱え上げられ、地面が遠ざかる。
「もう陽が暮れたんだぞ。帰らないとモンスターに食われるぞ」
モンスターがくるなら、影がないと食べられてしまう。
あわててもがくと、痛ッ!、とか、コラ!とかその声が叫ぶ。
「どうかしたのか?」
「団長!子供がいたんで保護しようとしたんですが、どうも嫌がられて…」
「なにをしてるんだ、まったく」
その瞬間明るい光に照らされて、眼を瞑る。
「んなこといったって、城下警護は赤騎士団の専売特許ですよ。うちは慣れてませんもん」
「ここでは従来の役割は関係ないといっただろうが。こうして見回りをすることで、土地勘が…、危ないッ!」
急に締め付けていた腕がいなくなって、自由になった。あれ?と思ったとたん、今度は違う手に抱き上げられ、さっきよりも地面が遠くなる。
びっくりして見ると、怖そうな顔をした男の顔が近くにある。
でもなぜか怖くなかった。
あっ、と気がつき後ろを向くと、ちゃんと影が戻っている。
きっと怖くないのは影がいるせいだ。
「どうかしたのか?」
「…かげ」
「影がどうしたんだ?」
「かげがきた」
不思議そうな顔をした男は、同じように後ろを向くと、ああ、と頷いた。
「そうだな、影ができているな」
安心しろ、というように頭を撫でられほっとする。
「ちょっと団長、何チビっちゃいのと分かり合ってるんッスか?」
「別に分かり合ってるわけじゃないんだが…。それよりもケネス、お前言葉遣いがこっちにきて一段と酷くなってないか?カミューや兄貴の前でそんな言葉は使うんじゃないぞ」
「そんなへましませんって」
「…それならいいが。ほら帰るぞ」
ポンと頭を撫でられ、動き出す。
高い肩の上は父の肩車よりまだ高い。
後ろを向くと影がついてきている。
でも影よりも、抱きしめてくれる腕の暖かさに安心して、そっと男の頭に抱きついた。






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