ランプ
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「ねぇ、これはどう? このシェードの飾り可愛くない?」
「可愛いけどちょっと小さくないかなぁ」
「じゃあこっちは? この唐草模様、私は好きよ」
「あーそれ私も良いと思ってた」
「ねぇこっちはどうかなぁ?」
同盟軍の中庭で隔週で立つ露天市。食品や布地、皮などの店が多く立ち並ぶその一角で、少女達の賑やかな声がする。
彼女たちが見ているのは、天幕一杯に吊り下げられている洋燈の店だ。
「うーん、どれも可愛いから決まんないよ!」
少女の一人が楽しげに悲鳴を上げるが、群れをなす少女達の雰囲気に圧倒されているのだろうか。常ならば如才なく商品をすすめるであろう若い男の店主は、少し離れた所で洋燈の傘にはたきをかけて口を挟まない。
「こういうのヒルダさんとか選ぶの上手そうだよね」
「ああ、お宿の小物とかすごく可愛いもんねぇ。テーブルにさりげなく置いてある文鎮とか、ペンとかね」
「絵もヒルダさんが選んでるんだって」
「シーツも刺繍がワンポイント入ってて可愛いんだよねぇ」
「声かけてみる?」
「今はダメよ。ちょうど宿のチェックインの時間でさっきお客さんたくさん入ってたし、今はてんてこまいの時間だと思うな」
「うーん、残念!」
仕方がないとまたぞろ品定めを始めた中の一人が、ふと道向こうを行く姿に気づき、声を上げた。
「あ、シュエだ。シュエに聞いてみようよ」
盟主の少年を呼ぶ大声に、だが反応したのは隣を歩いていた傭兵隊長のビクトールだ。
「おう、なんだぁ?!」
「ちがーう! 熊さんじゃなくて、シュエだよ、シュエ!」
「それとフリックさんも!」
「なんだよ、俺はいらねぇってか?」
軽口を叩きながらやってきた傭兵隊長二人に同盟軍盟主の姿に、店主は慌てて頭を下げる。それに笑顔で答えながら、少年は「どうかしたの?」と義姉に尋ねた。
「あのね、私たちの部屋のランプを選んで欲しいの」
「なんだお前ら、どこにそんな金持ってたんだ?」
半畳を入れるビクトールに、
「軍が出してくれるんだって。あんまり高くないのなら買っていいってシュウさんが言ってくれたのよ」
とニナが説明をする。
「へーシュウでも女の子に甘いんだな」
「違うもん! だって私たちが夜中に部屋から出る時はランプを持って行かないとダメだって言われてるのに、部屋には1個しかないんだもん。それが出払っちゃったらなんかあった時困るってアップルちゃんが言ってくれただけだよ。それに夜もお針仕事とか勉強とかする子もいるから1個じゃ暗すぎるの」
だって大広間は11時までしか居れないでしょ、というナナミを継いで、
「これから冬になるしね」
とアイリが添える。
「なぁるほどなぁ」と頷くフリックに、
「で、フリックさんはどれが良いと思いますか?」
とニナが袖を引いた。
「いや、俺はこういうの選ぶの得意じゃないぞ。もっと違うヤツに聞いた方が良いんじゃないのか?」
シュエとか……、と言いかけたフリックの振りをばっさり切るように、「僕が選んでもいいけど、皆で決めた方が楽しいんじゃないかな」と盟主の少年は、隣で断りを入れている。
「えーフリックさんの趣味でいいんですよ〜」
「おう、だったら俺が選んでやるよ!」
「やだー!」
「ビクトールさんはちょっと……」
「折角なら可愛いのがいいしねぇ」
一斉に上がる反発の声に、「お前らなぁ……」とビクトールは態とらしく怒った顔をしてみせる。
「まぁ、ビクトールはともかくとしてだなぁ。それこそシモーヌとかヴァンサンとか、ああ、カミューなんかだとこういうの選ぶの得意そうじゃないか?」
フリックの提案に、「確かに…」「カミューさんなら…」「そういえば…」などと少女は、また会話に花を咲かせ始めた。
「――行かなくて良いのか」
開け放した窓から聞こえてくる会話の俎上に上げられた恋人に、マイクロトフは笑みを含んだ声で訊ねた。
「お前……今それを言う……ッ」
乱れそうになった声を己の白手袋を噛むことで堪えたカミューは、猥らな腰の動きを一層激しくする恋人に、恨めしげな眼差しを寄越した。
執務机の上で手のひらと言わず上肢全体を覆い押さえられ、良いように揺さぶられている状態では躯を起すことすらままならないのに。
言外に咎め立てるカミューの眦に接吻けを落としたマイクロトフは、頤をぐっと引寄せると声を殺すために己の手の甲を噛む唇を奪う。
濡れた可愛らしい音とは裏腹に、貪る勢いの舌使いに煽られ、カミューは甘ったるい鼻声で悲鳴をあげる。
勤務時間は終わり、部下や従騎士達も退出した部屋は、目下団長同士の打ち合わせという名目で取り次ぎ不可と言い渡してある。だがいつ何時来訪者が現われるとも限らない。それが盟主の少年を始め、同位の相手であれば入室を拒むこともできないだろう。
窓外から聞こえる少女達がどっと笑う声に、同じことを考えているのであろうカミューの躯がビクッと跳ねた。緊張感でか急激に内圧を増した後腔に、たまらずマイクロトフは精を放つ。
最後に啄むキスをして唇を離すと、荒い息を整えたカミューは溜息を一つ吐いた。
「お前……本気で最後までしたな」
「すまん」
「まぁ、煽ったのは私だから構わないが、……後始末はお前がしろよ」
「無論だ」
ぐったりと机に伏すカミューの額に小さな接吻けを何度も落とすと、甘い疲労を見せる顔が仄かに和らぐ。
「なぁ、ランプ欲しいなら買ってくるぞ」
ふと思いついて訊ねると、苦笑が返った。
「欲しいのはお前だろう。言っておくが、二つも点けたらお前の部屋には泊まらないからね」
ちらと思った企みを看過する怜悧な恋人に、「オレは必要ない」とマイクロトフは両手を挙げてみせた。
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