魔法使いの弟子
....................................


 ドアを開けると、部屋の主は枕を背に、ベッドで足を伸ばしていた。
「だから素足はやめろといっているだろう」
 挨拶の代わりにこの季節の口癖になっている小言を落とせば、
「わかってるんだけどね」
 とカミューはこれまたお決まりの返事を寄越した。
 気をつけるよ、と言って動こうとしない彼のパターンを見越して、マイクロトフはベッドに腰掛けると、冷たい足を毛布の中に入れ込む。そしてそのまま暫く手のひらで暖めながら、ちらりと見るとカミューの表情は嬉しそうなものになっていた。
 もしやこれを望んでの悪癖ではなかろうか、という考えも過ぎるが、嬉しそうな顔を見ればそんなことがどうでも良くなってくる辺り、マイクロトフも甘い男だ。
「何を読んでいるんだ?」
 熱心になにやら眺めているその様子に訊ねると、封印球の一覧、という端的な言葉が返る。
 怪訝な表情に気がついたのか、顔を上げたカミューは、
「ジーン殿に頼んで、この城で今扱っている封印球の一覧表を貰ってきたんだよ」
 と説明した。
「なぜ、封印球を?」
「それが今日ワカバ殿に偶然会ってね」
 顔を合わせた途端、紋章を選んでくれと詰め寄られたのだという。どうやら久しぶりに再会した師匠に発破をかけられ、目標の熊倒しに今行こうすぐ行こうという勢いらしい。だがやはり素手で倒すにはまだ己の腕は心許ない。そこで以前ちらりと紋章の相談をしたことがあるカミューを見つけ、渡りに船とばかりに熊倒しに有効な紋章の選定を依頼したのだという。
「しかしそれは…専門家のジーン殿に頼んだ方がいいんじゃないのか?」
「私もそう思ったんだけどね。多勢に無勢で押し切られてしまったんだよ」
 苦笑するカミューは城内の少女達に人気がある。きっとこれをチャンスとばかりに彼女達に取り囲まれてしまったのだろう。
「着けるならやはり補助系の紋章だろうけど、どれがいいんだろうねぇ」
 おくすりがいいか、げき怒がいいか、それともかくせいの紋章なんか良さそうだ。
 楽しそうに一覧を眺めるカミューの姿に、ふとマイクロトフは思いついた。
「俺のも一緒に選んでくれないか?」
「そういえばまだ新しい紋章を宿してなかったな。いいだろう。どんな紋章がお好みですか、お客様?」
 にっこり笑ったカミューは、
「当店には攻撃系、防御系、補助系を始めとして、種々特殊紋章に至るまで幅広く取り揃えております。効力も店主ジーンの保障付き。例えば最高の攻撃系紋章では、ほら、こんなこともできますよ」
 短く呪文の詠唱を始め、次の瞬間、薄暗かった部屋に明かりが灯った。
「どうやったんだ、今の?」
 驚き眼を見張ると、
「烈火の魔法を最小にしてみたんだよ」
 結構難しいんだこれが、とカミューは得意そうな顔をした。
「これがいい」
「これって、烈火かい?烈火はお前には無理だと思うよ」
「だったら火の紋章でいい」
「しかし、火の紋章をつけたところで使わないだろう。もうちょっと防御系とか補助系とか……」
「いや、今のは役に立ちそうだ」
 大真面目な顔でそう言うと、カミューは頭を抱えた。
「あのなぁ、折角の紋章をたかだか大道芸で無駄にする気かい。それに今のは私が改良した呪文だからそう簡単には使えないと思うよ」
「だったら教えてくれ、カミュー!」
「いやだから……」
「それにカミューと同じ火系の紋章というのが嬉しいんだ」
 そう囁いて顔を寄せると、赤くなった彼は言葉に詰まる。
 きっとどうやって断念させようか、この小さな頭の中はぐるぐるしているのだろう。
 眼の前の柔らかい蜂蜜色の髪をそろりと撫でる。
 マイクロトフとて、己には補助系や防御系の紋章が向いているのは分かっている。
 ただ少しカミューの困った顔が見たかっただけだ。こんな時でもないと、そつのない彼はこんな表情を見せてくれないのだから。
 黙り込んでしまった恋人に、内心くすりと笑い、素知らぬ顔でマイクロトフはキスを落とした。
 


web拍手

back

* Simplism *