本棚
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 ばさばさと音を立てて、本が降ってきた。
 とっさに受け止めようと身体をよじるが、両手一杯に既に書を抱えた身では手を伸ばすことはできず、床への落下を辛うじて阻止できるだけだ。
 頭上でさらに時間差でぐらりと棚から傾き落ちそうになっているぶ厚い歴史書にも気がつくが、すでに身体と本棚で他の本を抑えているために身動きができない。
 困ったな、とバランスを崩すその様子を眺めていると、背後から手が伸びた。
 先ほどまで長椅子で寝転んでいた親友のものだった。本を並べなおし、ついでに身体で抑えていたものも救出してくれる。
「大丈夫か、マイクロトフ」
「あぁ、ありがとう。助かった。……寝ていたのではなかったのか?」
「横でドタバタされると眼が覚める。繊細な性質なんでね」
 くすりと笑って軽口を叩きながら、次々に腕の中の本も受け取ってくれたカミューは、
「これはどこへ並べればいい?」
 と首を傾げた。
「とりあえずそこに重ねておいてくれ」
「了解。しかし増えたな。そろそろ本棚買い換えた方がいいんじゃないのか?」
 傍らの机に手早く重ねていく本の数は確かに多い。増やしてくれているのは、主にその発言の主だ。月に一度は、彼自身が読んで面白かった本や、こちらが興味のある分野の本をどこからともなく探してきては「土産」と称しておいていく。内容的にとても厚みのあるそれらの中には、自分では手が出ないような高価な本、はたまたどこで見つけたのだと眼を剥くような稀少本が混じっているから不服はない。
 だが、そのせいでマイクロトフの部屋の本棚が窮迫しているのも確かだった。
 ぐるりと見回す本棚の周りには、本で溢れている。本棚の整理に着手したのも、入りきらない本の山が三つもできてしまったからだ。
「買い換えるつもりはない。そんなことをしていると際限がなくなりそうだ」
「じゃあ、どうするんだ、この本たちは?」
「並べる」
 簡潔なその返答に、カミューは眉間と鼻の頭に皺を作って不可解を表す。眼の前で棚の前後二列で本を並べて見せると、納得した顔の彼はそれでも、
「処分するという選択肢はないのか?」
 と呆れた声を出した。
「処分したら次に手に入る確率は低いではないか。それに処分していい本なら、読んだらすぐに手放しているしな。まぁ、それでもこうやっても本が溢れ出すようなら考えるつもりだが」
「なるほどね」
「大体増やしているのは、カミュー、お前だぞ。折角の本なのだから自分の所に置いておけばいいのではいいものを、俺の所に寄越すからこうしてどんどん本が増えていくんだ」
「おや、迷惑だったかい?」
 声に微かに混じる困ったような響きに手を止めたマイクロトフは、机に凭れて動きを眺めている親友に顔を向けた。
「迷惑ではないがな。良い本たちばかりだからむしろありがたいが……しかし折角の財産だろう」
「財産ねぇ」
 苦笑してぱらぱらと横の本の頁を弄ぶ彼に頷く。
「どれも価値のある良質な本ばかりではないか。それに本棚を見ると、その人の趣味や嗜好、ひいては人生まで垣間見えるというしな。後顧の為に置いておいたらどうだ?」
「なら、なおさら勘弁だな。自分の人生の足跡など、改めて突きつけられるのは重すぎる」
 からかい混じりの軽口を、そうあっさり肩を竦めていなす彼の部屋の書棚には、殆ど本らしい本はない。それはいかにも己自身に執着というものを持ち合わせない彼の生き様を反映するものだった。
「……まぁ、本も嵩張るものだしな。これからはあまり持ち込まないようにするから勘弁してくれ」
 ややあってぽつりと呟く親友に、ちらりと視線を投げる。
 俯いているその表情は見えない。
「今更何を言っている。お前のとこからの本はどれだって大歓迎だ。他に売ったりやったりするくらいなら俺に寄越してくれ」
 手の中にある本を取り上げながら告げると、
「……いいのか?」
 と彼らしくもなく弱い響きで囁かれる。
「勿論」
 気負いなく返す言葉に、彼の口許に浮かぶのは柔らかい微笑だった。



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