はね
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 草叢の間に金色に光るものがある。
 なんだろう、と近寄ってみるとそれは金色の羽根で、秘かに金貨を期待していた少年は内心がっかりした。
 手に取ると大きなその羽根は、昼下がりの明るい陽射しを受けてきらきら光る。
 見上げると、予想通り。
 屋上の欄干に腰掛けているカミューを見つけ、チャコは羽を広げ舞い上がった。
 五階分の高度は辿り着くのになかなか骨がおれるが、壁を何度か蹴り勢いをつけた少年は、平気な表情を装い、彼の前に浮かんで見せた。
「カミューさん、散歩?」
「散歩というよりはさぼりです。この羽では仕事にならなくて、部下から追い出されてしまいました」
 苦笑する彼の背中には、金色に輝く大きな羽がある。モンスターの呪いを受けてカミューの背中に羽が生えたのは二日前のことだ。
 城中、上から下まで噂で持ちきりになったその羽は、煌びやかでそれでいて上品な実に彼に相応しいものだった。
 ウィングボードである自分たちの黒い羽とは違い、まさしく鳥の羽を擁いた彼の姿は遠眼にも美しくまるで宗教画のようだというのが少年の印象だったが、こうして間近でしげしげ眺めてもその印象は変わらない。
 綺麗な羽だよな、と内心一人ごちるチャコの前で、膝を抱えて座っている青年は惜しげもなくその羽を広げ風にそよめかせている。
「それでどこへ行こうかと彷徨っていると、屋根の上からフェザー殿に声を掛けていただきまして、良い機会だからお話をさせていただいていたのですよ」
 そう振り向く屋根の頂上には、大きなグリフォンがいた。
 フェザーという名の彼の猛禽は、防人の少女と、同盟軍の盟主の少年に助けられた経緯により、この城で暮らしている。
 同盟軍の仲間とはいえ、人々から恐れられるモンスターという自覚があるのか、ひがなこうして屋根の上で一人佇むばかりの彼と相対するのは初めてだった。
 挨拶の声を掛けると、一飛びで近づいた彼は「ギュエー」と鳴く。
「えぇ、ウィングボードのチャコ殿ですよ」
 親しげにフェザーに頷いてみせたカミューは、振り向くと、
「チャコ殿はフェザー殿の言葉はお分かりではないのですね」
 と首を傾げた。
「カミューさんは分かるの?」
「えぇ、以前は全く分かりませんでしたが、この羽のせいでしょうか。・・・・・・あぁ、そうかもしれませんね」
 肩を竦めてみせる彼は、なるほど眼の前のグリフォンと会話が成り立っているようだ。
「えぇと、フェザー・・・さんは、俺達が言っている事分かるの?」
 失礼にならないように言葉に気をつけ尋ねるチャコに、カミューはフェザーと顔を見合わせ、それからにっこり笑った。
「ええ。フェザー殿はなかなか博識なのですよ。やはり様々なところを旅され、人の目では見えないところを上空からご覧になっているだけあり、話しているととても勉強になります。今もハイランドの地形についてお尋ねしていたところなのです」
「ふーん・・・確かにフェザーさんだったら怪しまれないもんね。密偵にうってつけだよ」
「問題は収拾していただいた情報をどうやって軍に渡すかですよね。私もこの羽がなくなったらこうやってフェザー殿と会話することもできなくなるでしょうし・・・」
 手を顎にあてて考え込む横顔は、軍人のそれだ。
 先ほどまでの柔らかい表情とは異なる、どこか硬質な雰囲気を身にまとったその姿がどことなく遠い存在のように思える。その思いをかき消さんが為か、チャコは陽気な声を上げた。
「フェザーさんと話すこともだけどさ、その羽があるうちにやっておいた方がいいことは他にあるんじゃないの、カミューさん? 折角のその羽、しっかり使ってやらないともったいないじゃん」
 意図することは伝わったのだろう。
「試してはみたのですが、一朝一夕にとはいかないようですよ」
 と、カミューは苦笑して羽をゆっくり動かせてみせた。
「これもかなり意識しないとここまで動かせませんし。この分では羽が消えるまでに空を飛べるまでに至るかどうか」
「うーん・・・意識するからいけないんじゃないかな」
 視線の端に探していた人物を確認しながら、チャコはカミューに近づく。
「案外こういうのってやってみるとできるもんだったりするよ」
 笑顔で手を差し出すと、カミューは首を傾げながら恐る恐る手を重ねた。
「最初は少しづつ慣れていくといいんだけど・・・」
 しっかり手を握り締めて告げる言葉に一瞬警戒心を解いたのか。
 立ち上がりかけたカミューは視線を逸らし、ちらりと下界に眼を向けたその瞬間。
「やっぱ実践あるのみだよね」
 思いっきり手を引っ張ると、中途半端な体勢をとっていた彼の身体は屋根から離れる。
「え? わ! ちょっ・・・!!」
 悲鳴のような声で握りこもうとしたその手を寸でのところで離せば、青年の身体は重力に従ってあっという間に視界から消えた。
 鋭い鳴き声を上げて慌てて後を追おうとするフェザーを押し留め、
「待って」
 と指をさす。足元を見下ろせば、大きく広がる金色の翼があった。
 風をちゃんと捕まえることができたのか、羽ばたくその翼が浮いているのは城の二階辺りだ。
「ほら、やっぱり上手くいった」
 だがそう言った途端、咎めるように向けられた鋭いグリフォンの視線に、チャコは思わず後ずさる。
「だって、一応この下には一応シドがいるの知ってたんだよ。万が一カミューさんが飛べない時は助けるはずだから心配ないと思ったんだってば」
 二階の欄干で寝そべっている年上の同族を指差して、必死で釈明する。
 とはいえ彼は性格が捻くれまくっているから、ぎりぎりのところまで助けなかっただろうが。
「それに、ほら・・・絵的に美しいし、本人達も楽しそうだから、結果オーライじゃない?」
 見下ろす下界ではいつの間にか駆け寄ってきた青騎士団長の腕に、ふわりと一つ羽をはためかせたカミューが舞い降り。
 金と青の綺麗なコントラスを奏でる恋人達の姿に、同意したのかグリフォンは一声鳴いた。




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