のり
....................................
眼が覚めたら羽が生えていた。
いつもの時間きっかりに眼を覚ましたマイクロトフは、見慣れぬ物体を眼にしてまだ寝ぼけたままかと己と己の目を疑った。だがそれが眼の錯覚ではなく、現実のものだと認識すると、無言で隣のカミューを揺り起こす。
無理矢理叩き起こされ不機嫌きわまりないカミューは、呆然とした面持ちで指差すマイクロトフに己の背後を眺めると裕に一分は絶句した。
「……羽だ」
「羽だねぇ」
寝て起きるまでの僅か三、四時間の間に、カミューの背中には羽が生えていた。
ようよう声を出したマイクロトフに、カミューは我に返りちょっとした恐慌状態に陥る。もちろん一瞬瞳に走ったそれを、彼は面に出すようなことはなかったが、羽は怯えたように小さく震えた。
「動くな」
「動くねぇ」
「生えているのか?」
そう首を傾げて引っ張ると、
「イタタタ、やめてくれマイクロトフ! 生える以外どうやってこんなものがあると思うんだ?」
大げさなほどカミューは悲鳴をあげて背中を丸める。羽もふるふると細かくさざめいた。
「俺はてっきりくっつけた作り物かと思ったんだが…」
「糊かなにかでかい? 私はそんな気力なかったから、できるといえばお前くらいのものだよ」
「ありえんな。しかしどうしてこんなものが生えてきたんだ?」
「さてねぇ…。あぁ、そういえば2日前にホークマンを倒した時に、死ぬ間際に訳の分からない言葉でなにやら言われたことがあったなぁ。呪いでもかけられたんだろうか?」
「まさか! そんな能力があるとは聞いたことがなかったぞ!」
顔色を変えて身を乗り出すマイクロトフに、カミューは肩を竦める。
「さてねぇ。でもそのくらいしか思い当たらないよ。まぁ、呪いにしては中途半端なもののようだからそのうちすぐ解けるんじゃないかな? なんてったって羽が生えるまでに二日もかかる遅効性だし」
そんなに簡単にいくものだろうか。顔を強張らせるマイクロトフを宥めるように、カミューはほんなりと笑みを浮かべた。
「それに呪いにしては綺麗な羽じゃないか? ほら、宗教画で描かれる天使のようだと思わないかい?」
そう言ってぱさりと広がる羽は、明るい金色だ。朝陽をたっぷりと受けてきらきらと光っている。
「天使の羽というのはな、白だ」
うっかり見とれてしまった自分にふと気が付き、マイクロトフは脱力しながら呟くが、カミューは気にした様子もない。さては髪の毛の色に似たのかな、と呟く彼は、楽しそうに羽を撫でている。鳥が羽づくろいをするような体勢は、男にしては奇妙なほど優雅で、朝の光を受けて眩いほどだった。
「マイクロトフもつけてみたらどうだい?」
「何をだ?」
不意に楽しげに眼を細めた彼の言葉に、面食らう。
「羽だよ、羽。似合うと思うよ。お前だったら髪の毛の色に合わせて黒かな?」
ああ、それでは悪魔のようだ、とウィングボードに失礼なことをのたまった彼は、おもむろに抱きついてくる。慌てて抱きしめると羽がふわりと腕を撫で、その柔らかさに胸が高鳴った。
だが、そんな甘さも気づかないのか、腕を背中にまわしたカミューはマイクロトフの肩甲骨の上をぴたぴたと叩くと、
「うーんこの辺かな?」
と首を傾げて見せた。
「つけないぞ。それにどうやって羽を調達して、どうやってつけるというのだ」
「その辺の烏の羽を集めて、糊でくっつけてあげるさ。二人合わせて悪魔と天使。意外と楽しそうじゃないか?」
悪戯っぽい笑みに、マイクロトフはため息をつく。
「遠慮願いたい。大体背中に糊がくっつくか」
「ノリが悪いな、マイクロトフは」
そう言ってくすくす笑い出すカミューの笑顔は確かに天使のようだ。だが、話す言葉はオヤジのギャグ。てんでなっていない。
やれやれとまたため息をついたマイクロトフの頬を、金色の羽が柔らかく撫で。
その心地よさに、まぁいいか、と笑みを浮かべ笑いあう二人が、人様に見せられないカミューの肌と、普通のシャツは着られない金色の羽に頭を抱えるのは数分後のことだった。
|