ぬいぐるみ
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視界の端に見慣れた青が見えたような気がして、カミューは酒場を見回した。
宵の口の店内は、ほどよい人の入りで数多の種の客が入り乱れている。
だが、客席には探していた姿は見当たらず、いるのは青騎士の幹部連中の一部や、青雷の傭兵隊長くらいなものだ。
気のせいかと頭を振り、つまみの枸杞の実を口に運んだカミューは、落とした視線の先にその探していた色を見つけ眼を瞬かせた。
跪き、なおかつ身を屈める彼が向き合っているのは、幼女だ。
盟主の少年や彼の義姉とともに、同盟軍に加わったその子供は、両親を惨殺されたショックで言葉を失い、そのせいもあり幾分過保護とも思えるほど二人に構いつけられている。
そんな幼子がこんな時間に一人、しかもこんな場所でなぜ親友と向き合っているのか。
やにわに好奇心に駆られたカミューは、気づかれないようにそっとその姿を盗み見る。
よくよく見れば彼の手には、彼女がいつも手にしている小さなぬいぐるみがある。
それを騎士らしい機敏な彼の動きを知る者には眼新しいくらい緩やかな動作で彼は差し出した。
大きな白手袋の手のひらに収まりそうなその茶色い布の塊は、だが幼女の手に渡ると手に余る大きさだ。どんな経緯かは分からぬものの、きっと彼がそのぬいぐるみの中継ぎでもしたのだろう。
両手で抱きしめる彼女の顔にふっと浮かんだ喜色に、カミューもほっとした。
しかし次の瞬間、ふいに身を起こし立ち上がろうとした親友の姿にその笑顔は強ばり恐れの表情に取って代わられる。
恐らくは彼女にとって、彼の長身は威圧感と共に痛みと恐怖の感情を呼び覚ますものとなったに違いない。
反射的に腰を浮かせそうになったカミューだが、向かい合っていた彼もそれに気がついたのか。
立ち上がりかけていた長身をまた屈め、目線を下げて、眼の前の幼子に何事か話しかけた。
二言三言話しかけ、首を傾げる彼は何を話していたのか。
波のような喧騒に浸ったこの場所からは到底聞こえない言葉は、きっと彼女の心をほぐしたのだろう。
本の束でも抱えるように自然に胸に抱かれた幼女の、最後に見えた顔ははにかんだような笑顔に変わっていてカミューは笑みを浮かべた。
「兄さん、何見てんだ?」
「えぇ、ちょっと」
反射的に曖昧な微笑にすり替え視線を戻したカミューの姿に、だがその視線の先を違わず辿ったシロウは、グラスの氷を揺すりながら納得した表情を浮かべる。
「あぁ、相方さんかよ」
「何やってんだ?」
広い背中が邪魔をして、彼が抱いている幼子の姿は見えないのだろう。
こうして見ると確かにカウンターの中の女主人を待つ姿は、腕でも組んで酒の注文の順を待っているようにしか見えない。
さぁ、と肩を竦めたカミューに、リキマルも、
「呼ぶか?」
と腰を浮かそうとする。
「いえ、彼にも付き合いがあるでしょうし」
そっと手を伸ばし留めると、二人はまた先ほどまでの会話に戻って行く。
その会話に笑顔を浮かべながら、そろりと視線を向けると、酒場の女主人に抱かれた幼女はぬいぐるみを抱きしめ、親友に手を振っている。
照れたように手を挙げる彼の姿に眼を細めたカミューは、だが気がつかれないよう視線を戻す。
きっと彼以外気がついたものはいないに違いない、それはささやかな酒場でのひとコマだった。
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