にわとり
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青騎士団長マイクロトフの朝は早い。
日が昇ると同時どころか、冬場の陽が短い季節などはまだ外が暗闇のうちに身支度を整え早朝訓練に臨む。
武道場は城の本棟から離れた場所にあるため、多くの者は彼の日課を知らないが、城内の早起き組の間では彼の早朝訓練は有名だ。
部下の青騎士の誰よりも早く道場に赴き、自らの鍛錬の後に部下達の稽古をつけてやる。
彼の毎日はそうして始まり、よほどのことが無い限り、その日課は破られることはなかった。
「…にわとりが?」
怪訝な表情を浮かべた上官に、その通りですと頷いたのは赤騎士団副長だった。
「この城の鶏は、庭に放し飼いになっているのをご存知でしょう。それが騎士達を襲うそうです」
「しかしなんだって鶏が騎士たちを?」
「それが襲われるのは青騎士団のものばかりで、騎士服を着ていない時は襲われないようで」
書類を受け取り押印を確認しながら、それきり彼は口を噤む。
だがその言葉にカミューが閃いたのは、恋人の顔。
「それはもしや…」
「えぇ、恐らくはマイクロトフ様の早朝訓練のせいかと」
内心外れて欲しかったその連想を肯定され、カミューはいささか表情を苦いものにする。
恐らくは鶏よりも早い時間から行動を開始するマイクロトフに機嫌を損ね、ライバル視した挙句に彼と同じ目印の青騎士たちに攻撃を仕掛けているといったところだろう。
あれでいて動物の自尊心というものは侮れない。
人間よりもよほど濃やかな気遣いを示さなければ、すぐに機嫌を損ねる愛馬を知っているだけに、カミューは鶏の行動の理由がすぐに察せられたのだが。
「なるほどね。しかし鶏も本人に文句を言えばいいものを…」
「それは…やはり難しいかと…」
「まぁそうだろね」
鍛錬中のマイクロトフは、実戦もかくやという闘気を纏う。
いかな動物でも、いや動物だけに、その迫力に押され戦いを挑めないといったところだろう。
「しかし困ったものだね・・・」
「うちの騎士団には実害はありませんが」
「とはいえ青騎士たちはあいつに直接言えないだろう。いいさ、私が折を見て話しておこう」
苦笑するカミューに、副長は「はい」と頭を下げる。
後日、裏の牧場で鳥小屋を作る青騎士団長の姿が目撃され、それから数日間顔に残った引っかき傷に、すわ痴話喧嘩かと城内の一部がさざめきだっていたのは極々小さな些末事だった。
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