納豆
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「豆…なのか、これは?」
昼の混雑が少し過ぎたレストランは、ほどよいざわめきに包まれている。
おだんご頭のウェトレスから焼き魚定食を受け取ったカミューは、「おまけです」と言ってつけられた小鉢を覗き込み、首を傾げた。
茶色で小粒な豆状のものが、小鉢に盛られているのだが、顔を近づけると微妙な臭気がする。
「豆だろう。俺には豆に見えるが、このままで食べるのか?」
「…嗅いで見てくれ、マイクロトフ」
近づけられて顔を寄せたマイクロトフは、その香りに顔を顰める。
「これは…傷んでいるのではないか?」
「だが、おまけですと言って持って来られたわけだし、私達が知らない食品だということも考えられるよ」
「これがか?」
胡散臭そうに眺めるマイクロトフだが、
「でもこの間の豆腐だって、最初はチーズかと思っただろう」
というカミューの言葉に、なるほど、と頷いた。
「問題はどう食べるか、ということだね」
そう言って机に視線を落とすカミューの目に入ったのは、塩と胡椒、そして焼き魚定食についてきた醤油の小瓶だった。
「やはり基本は塩と胡椒かな」
手を伸ばす彼を、マイクロトフの冷静な声が留める。
「ちょっと待て。この表面にある白いものは塩分ではないのか? だったら味付けはいらない可能性もあるぞ」
その指摘に視線を戻せば、確かに表面に粉を吹くように白い粒が纏わりついている。
「ふむ。じゃあ味見してみよう」
フォークを手に豆を幾粒か掬おうとした背後から、
「何やってんのさ」
と声をかけてきたのは、アニタだった。
「なに? 納豆をフォークで食べるわけ? しかも混ぜてないじゃないか」
「納豆というのですか?」
「混ぜるとはどういうことですか?」
二人がかりの質問に返事を返さず小鉢をカミューの手から取り上げた彼女は、自分のプレートをテーブルに置くと、箸を手に豆をかき混ぜていく。
「納豆はこのねばねばが大事なんだよ」
そう言いながら卵を攪拌するように勢いよく手を動かすと、見る見る間に茶色い豆は繭状の白い糸に被われていく。
「基本は五十回くらいこうやって混ぜて、その後で醤油や、卵とか刻み葱とか、ゴマとか入れるんだ。人によっては醤油の代わりに塩を入れたりするらしいけどね」
醤油を少し垂らし、またかき混ぜた彼女は、ほい、っと小鉢をカミューに渡した。
おっかなびっくり覗き込めば、最初の茶色い豆とも、先ほどの白い繭で覆われたものとも少し違う、茶色っぽい糸が絡みついたような豆があった。
「これをご飯にかけて食べるんだよ。まぁ、そのままでもいいけど」
言われたとおりに白米の上に載せると、「フォークでか…」と笑う彼女の視線が、感想を求めている。
「不思議な・・・味ですね」
不味くはない。だが美味しいかといわれると答えに困る、なんとも個性的な味だ。
「凄く栄養価も高いし、慣れたら病み付きになるヤツもいるんだよね。でも難点は一つ」そう言って、不意ににやりと笑った彼女は、
「これを食べた後はキスできなくなるんだ」
とのたまった。
「なぜですか?」
眉を寄せて訊ねるマイクロトフに、
「だって、結構納豆って匂うじゃないさ。そんなもの食べた口にキスしたいヤツなんていないだろ」
そう高笑うと、じゃあね〜と彼女は去っていく。
その後姿を見送り、カミューとマイクロトフは思わず顔を見合わせて黙り込んだ。
「だからってわざわざ試さなくてもいいんだからな、こんな所で」
「しかし、俺はいつだってどこだってカミューにキスしたいんだ」
「いや、だから、お前が納豆に負けないってことは証明できてるし、信じてるから、いいって・・・ちょっ、ここ、一応廊下だっ・・・!」
真剣な顔で抱き寄せてくる恋人の腕をすり抜けようと足掻きながら、絶対こうなる事態を見越して故意に煽ったであろう女剣士を恨めしく思うカミューだった。
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