血
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―――― しくじった
腕から滴り落ちる血に眉を寄せ、サスケは手にした手裏剣の血を拭い、懐へ収めた。 いつものように人気のない木立の中で手裏剣の技を磨いていたのだ。 特有の手首の動きで回転を利かせた手裏剣は、本来ならば彼の横を抜け、後ろの大樹の幹に突き刺さるはずだった。 だが、どんな力加減の具合でか、その刃は想定の軌道から微小にずれ、サスケの腕を切り裂いたのだった。 こんな間の抜けた失態は、ここ数年したことがない。 いくら複数の手裏剣の行方に気を取られていたとはいえ、あまりにも初歩的なミスは、少年の矜持を傷つける。 無言で額に巻いていた布を解き、包帯代わりに腕に巻きつける。 「派手にやったねぇ」 不意に掛けられた声に、身を硬くし、鋭く誰彼の声を発す。 その声に姿を現したのは、濃い金髪の青年だった。 くだけた服装に、優男然とした無駄に人目を引く面構え。 だが、今の今まで気配を感じさせなかったことや、腰に下げている剣からして、相当な使い手だ。 彼もまたこの城に集う、宿星の一人なのだろう。 「止血もいいけどちゃんと傷口を消毒しないと雑菌が入るよ。かしてごらん、消毒してあげよう」 少し染みるけどね、と笑いながらかざすのは酒瓶だ。 「…こんな昼間から飲んだくれてるのか」 「可愛くない少年だ。非番の日こそ普段できない命の洗濯をするものだよ」 そう飄々といなす彼は、容赦なく酒を傷口にふりかけていく。 「本当は舐めてもらえば治るんだけど、少年には刺激が多すぎるからやめといた方が無難だろうね」 「アンタは舐めてもらって治すのかよ」 「たまにはね、舐めてもらってるよ」 にっこり笑う顔は、美貌という単語がふと頭を過ぎるほど華を感じさせるものだ。 きっと彼の傷なら舐めても構わないと感じる女は多いのだろうとぼんやり考える。 「でもその後で勿論薬もつけるけどね」 そう付け加えた彼は丁寧に血と酒を拭うと、最後に隠しから取り出した包帯を白く長い指で器用に巻きつけ、はい終わり、とその上を一つ叩く。 痛い、内心呟いたサスケは、 「どうも」 とだけ返す。 その仏頂面を気にしたようでもない彼は、お大事にね、と言い捨て背を向けた。 どうするのか、と見ていると、危なげない様子で青年はするすると木に登っていく。 やがて葉に隠れ、その姿が見えなくなると隣の木からムササビが移り飛ぶのが見えた。 あんな木の上にわざわざ上って、ムササビと昼寝でもしているんだろうか。 さらりとした感触を残す青年がムササビと昼寝している姿を思い浮かべると、サスケの顔にも自然、笑みが浮かぶ。 腕を見下ろすと腕に滴っていた血の痕はもうない。 ただ、白い包帯だけがその名残を残していた。
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