誕生日
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額に熱い汗が流れ落ちるのを、妙に冷え切った意識の端で感じていた。
ぴんと張り詰めた空気。
呼吸を止め、じっとその瞬間を待つ。
いつがその瞬間なのかは、自分でも分からない。
だが、不意に、前触れもなく、その瞬間が来るのは分かっていた。
そして訪れた、天啓のような閃き。
間髪入れず右手で太刀を引き抜き、大きく振りかぶる。
鞘引きをきかせた太刀は、揺らぎのない刃筋で、見事な軌道を描く。
抜き打ちの鋭さと一気に噴出した気に、広い演習場が震えた気がした。
大きく肩で息をつき、ゆっくりと構えを解く。
愛剣をゆっくり鞘に収めると、不意に聞こえてきた乾いた拍手の音に、マイクロトフは汗を拭う腕を止めて振り向いた。
「…カミュー」
「見事な太刀筋だな、さすがマイクロトフ」
無人と思っていた演習室の隅では、いつの間にか親友が佇んでいた。
穏やかな笑みを浮かべ、こんな早朝にもいつも通り一分の隙もない洒脱な服装を整えている。
自分の抑制の利かない有り余る闘志を発散するだけの姿を彼に見られていたのだと思うと、顔が赤らむ思いだった。
だがそれを面に出さぬまま、マイクロトフは無愛想な声で尋ねた。
「どうしたんだ、急ぎのようなのか?」
早朝の訓練にもまだ間のあるこんな時間になぜ彼はここに居るのか。
青騎士団の有志のみで行なわれる早朝訓練にさえ、彼は今まで顔を出したことはなく、その存在を知っているかどうかすら怪しいというのに。
「いや、今夜食事を一緒にと思ったんだが、私は夜まで抜けられなくてね」
だからこんな時間に来たのだとカミューは笑う。
彼との食事は久しぶりだ。
些かのひっかかりを覚えながら、諾を返すとカミューは待ち合わせの時間と場所を告げて踵を返す。
「カミュー、それだけなのか?」
それだけの用件ならば、わざわざ足を運ばずとも私信でも廻せばすむことだ。
訝しい気持ちをそのまま言葉に込めれば、彼は入り口で足を止めた。
「大事なことを忘れていた。誕生日おめでとう。今年一年実り豊かなものであるように願ってるよ」
にっこり笑ってそう告げられ、驚き立ちすくむ。
「……そういえば、誕生日だったか」
そう呟く頃には、いつの間にか親友の姿は無くなっていた。






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