スリッパ
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ベッドの端に座ると、長靴の紐を解く。 朝は従騎士の手で時間を掛けて編み上げられる細い紐だが、解くのはさして労ではない。 靴を脱ぎ終えると、ざらりとした木綿のシャツとパンツに着替え、裸足の足を見下ろした。 ひんやりとした床を素足で歩くのは気持ちがいい。 本当は寒すぎるくらいだが、靴で締め付けられていた足を解放するのが優先だ。 脱ぎ捨てた騎士服を掛けたり、持ち帰った書類を束ねたり。 そうして一通りの用事を済ませ、ふと裸足の足を見下ろす。 冷えて赤くなった足の先を眺め、暫し考え込んだカミューは、本を手に取り寝台の上に上がった。
ノックの音に応えを返すと『入るぞ』と言う宣言とともにマイクロトフが入ってきた。 「本を読んでいるのか」 「あぁ、すまない。そろそろ食事の時間か?」 ともに城に居る時は食事を一緒にとるのが習慣になっている。 用が済んだ方が相手を誘いに行くのが常だが、あと少し、と思って本を手に取ったのが最後、それから読書に没頭し食事のことなど意識から抜け落ちていた。 「いや、俺も早く終わったからまだ早い…」 言いかけたマイクロトフは不意に眉を顰めると、寝台の足元に腰掛ける。 そして手を伸ばすと足首をつかみ、ぐいと己に引き寄せた。 「マイクロトフ?」 「やっぱりな、お前また裸足で歩いたのだろう」 溜息交じりで彼が見下ろしているのは、未だに赤い足の先だ。 しまった、という表情が面に出ていたのだろう。 それ以上は何もいわずに、マイクロトフはポケットを探り、ハンカチを取り出した。 そして騎士団の紋様が刺繍が白糸で縫い取られた純白の布を広げると、彼は黙ってその足を拭き始めた。 「いい、ハンカチが汚れる」 「ハンカチが汚れる心配をするならシーツの方が先だろう。それよりも前に心配すべきなのは風邪だ」 慌てて足を引こうとすると、返ってきたのは有無を言わさぬ叱責の言葉だった。 厳しいその言葉に、動きが止まる。 だがその響きとは裏腹に、足を包み込む手のひらは大きく暖かい。 今まで何度も繰り返された小言よりも、ずっと暖めてくれる手の温もりが胸に痛くてカミューは小さく、 「気をつける」 と呟いた。
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