「おいしいか?」 「う〜ん…塩が多いような気がするんだが…」 「ふむ…少し水を足してみるか」 美しい柳眉を心持ち寄せたカミューの表情に、マイクロトフは水筒に手をかけた。 ルカ・ブライトとの戦いも終わりやっと一息つき、最近は資金稼ぎの為に気分転換もかねて遠征に出る事も多い。 資金稼ぎのためなので贅沢をしないがモットー。当然野宿をする事も多々あり、そんな時は城から持ってきた食料や、手近な所から手に入れた食材などを交代で調理する。 野宿3日めの今日はマイクロトフの調理当番だった。 献立は森で仕留めた野兎と山菜の煮込みに、携帯してきた肉まんじゅうだ。 「味、薄くなりすぎないかな」 「気になるようだったらハーブをたしてみよう」 「うん、お前に任せるよ。お前の味付けだったら何でも美味しいから…っつ熱!!」 「す、すまんっ!飛んだか?」 いきなり手の甲を押さえて眉を寄せたカミューに、マイクロトフは慌ててその手を奪った。 マイクロトフの料理を手伝っていたカミューは、調理中ということで愛用の白手袋を外している。 素肌のままの手の甲を見ると薄く染みのような紅が表れていた。ぐつぐつ煮え立っている汁が飛び散ったのだ、水ぶくれになるまでにはいかなくとも、しばらくひりひりするのは間違いない。 「大丈夫、大した事はないよ」 心配そうな目を向けるマイクロトフにそう宥めるような笑みを浮かべ、手を解いたカミューはその場所を撫でた。 「こんな時は擦っても駄目だ、水に浸して冷やさないと」 「いいさ、もったいない。この近くに水場があればともかく、いつ水を補給できるかわからないんだ。大事に使うべきだよ」 首を振るカミューに、 「しかし…」 と、眉間に皺をよせたマイクロトフは、じっとその手を見つめ、おもむろにその甲に口唇をつけた。 「マ、マイクッ…」 あまりの事に硬直し、慌てて逃れようと暴れだすその手をしっかりつかんだまま、丹念に舌を這わせる。 「少しは痛くなくなっただろう」 「そ、それは…」 痛いも痛くないも、突然の彼のとんでもない行動に痛覚など麻痺してしまったカミューだ。 真っ赤に頬を染め、咎めるような上目遣いで見上げるが、心配そうに見つめるマイクロトフの表情は真剣そのものである。 「ありがとう、お前の処置のおかげで痛みはどこかへいってしまったよ。ただいきなりキスするのには驚いたけどね」 照れ隠しにそう揶揄すると一瞬きょとんとした顔をして、瞬時に顔面真っ赤になる。 「す、すまない、別に不純な動機でお前の手に触れた訳ではないんだっ!た、ただ…その…」 「分かっているよ、マイクロトフ」 「ただ俺はお前の美しい手に傷などが残っていけないと思って…お前は男だから傷など気にならないと言うだろうが俺はお前の身体に傷一つ残るのも嫌なんだ」 言っているうちに照れを通り越し、開き直りの段階まで到達したマイクロトフは、真面目な顔でカミューの瞳を覗きこむ。 「お前に傷一つ負わせたくない、そんな俺の思いはお前にとって迷惑だろうか…?」 「マイクロトフ…そんな事はない…その・・・嬉しいよ」 真摯な黒曜の瞳とその声色の甘やかさに、陶然と瞳を伏せる。 「カミュー…」 そんな恋人の姿にマイクロトフはそっとその手を引き寄せ… 「だあぁぁぁーっ!!!テメーらッ!そこでいちゃつく前になんか食わせやがれっ!」 「何をおっしゃるのですか、ビクトール殿!カミューが火傷を負った手当てをしていただけで何も疚しい事など…」 ぱっと手を放し、真っ赤になって必死で弁解するマイクロトフにカミューは額を押さえる。 「フリックさん…お腹すいたね…」 「そうだな…」 確かにマイクロトフの料理は美味しい。そんじょそこらのコックなどとは引けを取らない腕前だ。 しかし彼が作るたびに何かしら些細な問題が起こり、食事をお預けされるのは何かの呪いなのだろうか…。 この間グリンヒル方面へ一緒に出かけた時も、狩りに出たマイクロトフに同行したカミューが魔物に襲われた(らしい…/マイクロトフからの伝聞)ことがあった。 あの時も彼らが帰ってくるまで待ち、結局食事は深夜になったのだ。 マイクロトフの意識の単極集中(主として恋人方向)が悪いのか、カミューの運の悪さがいけないのか、はたまた二人一緒なのが問題なのか。 なにはともあれ毎回飢えた熊を喚かせ、リーダーの大きな瞳を憂いで曇らせるよりは、やはり自分が作るしかないのだろうか…。 いまだ揉めている焚き火周りを離れた所から見つめ、そう溜息をつくフリックだった。
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