塩壺から一つかみ、岩塩を投げ込み胡椒を大雑把に振る。 優美な白いその形に似つかわしくなく流れの良さに欠ける動きをしていたその手は次なる目的物を探してさ迷い、はたとその動きを止めた。 「ないじゃないか。マイクロトフの奴、香辛料の瓶をどこに隠したんだか」 カミューが今作っているのはローストビーフ。 表面だけをフライパンで焼きオーブンで仕上げるというシンプルな調理法だけに火力の調整、焼き時間の加減などが問われる、奥の深い料理である。 まだ表面をフライパンで焼き固める段階なのでさほど神経を使う必要はないのだが、料理だけは苦手と自負しているカミュー。焦りのあまりそこらの壺や瓶をなぎ倒し台所を混沌状態に陥れていた。 「どうしたんだカミュー」 「お帰りマイクロトフ。お前香辛料の瓶をどこへやったんだい」 「いつもの通り左の棚の上段の手前だが」 両手に薪の山を抱え、青い外套の表地が白く見えるほど全身雪にまみれたマイクロトフは、短時間で様相を変えた台所の姿に眼を丸くした。だが賢明にも何も言わず薪を床に置き、わたわたと香辛料を探しているカミューの手からフライパンを取ると肉が黒焦げになるのを防いだ。やっと探していた瓶を見つけたカミューは、横に立つ男の全身を上から下まで眺める。 「…雪」 「へ?」 「払ってないだろう。水溜りができてるぞ」 そう言われて指差された先を見下ろすと、足元には確かに水溜りが出来ていた。 「す、すまない」 「いいけどね」 苦笑して傍にあった布でマイクロトフの髪を拭ってやる。そしてそれをはい、と手渡すと代わりにフライパンを受け取った。 ハイランド大戦が終結しロックアックスへ帰ってきて一年。 去年の年末は騎士団再建に取りかかったばかりで、休みどころではない激務に追われていた日々だった。その忙しさは今でもあまり変わらないのだが今年は休みを取ることにした二人である。なにしろ団長が働いていると配下の団員達も休めないのだ。 珍しく二人一緒に取れる長期の休み。 折角だから二人きりの休みを満喫するためにわざわざ大雪の中やってきたのがロックアックスの北東に位置する森の小さな別荘だったのである。 そこで二人きりで料理を作り、二人きりの新年を迎える、それが二人のプランだった。 「もういいかな」 「あぁ」 一通り肉の表面を焼いた後は鉄板の上に移して、前もって炒めておいた野菜で覆う。肉に温度計を刺して暖炉の上の窯に入れるのをマイクロトフが手助けした。なにしろ3キロ近くある塊だ。カミューに片手で持たせるのはマイクロトフとしては避けたかった、例えカミューが見た目に反した力ある騎士だとしても。 「カミューここで肉が焼けるのを見ていてくれないか。ついでにこの薪をきれいに組んでくれるとありがたいのだが」 「マイクロトフはどうするんだい」 「俺はあっちでスモークサーモンのサラダを作るつもりだ。カミューの好きなにんじんのグラッセも作るから楽しみにしていてくれ」 「本当かい、楽しみにしているよ」 にんじんを甘く煮たグラッセはカミューの好物だ。 嬉しそうに目を輝かせるカミューの前に、薪の山を置いてついでにそのうちの何本かを目の前の暖炉にくべた。 ついでに長椅子に掛けていた羊毛の敷物を暖炉の前に敷く。 「じゃあ薪を頼んだぞ」 「ありがとうマイクロトフ」 ここなら寒がりなカミューも寒くはないだろう。 それに薪を重ねる仕事は単純労働なだけに時間がかかる。寒い台所で冷えた身体もしばらくすると温まるはずだ。 そうふんだマイクロトフは無心にと薪を組みだしたカミューの後姿を見て笑みを浮かべた。 ひとしきり台所に立ちサラダ作りとにんじんグラッセ、ついでにヨーグルトのデザートまで作ったマイクロトフは、そろそろだろうとローストビーフの焼き具合を確認するために居間へ足を向けた。 思った通り。 そこには毛皮の上で猫のように身を丸くして転寝をしているカミューの姿があった。 暖炉の脇の薪の山は奇麗に組まれている。きっと組み終わった後、暖かさと疲れに負けて寝入ってしまったのだろう。 寒さに弱く、暖かいとすぐに眠くなるという猫のような体質のカミューなら有り得るだろうと思っていただけに、苦笑してしまう。 昨日は大雪の中の強行軍だったのだ。その後は夜更かしもさせてしまっただけにこうなることは当然なのかもしれない。 心配していたローストビーフはまだ焼けていないようだ。 カミューが一生懸命作っていたのを分かっているだけにほっとしたマイクロトフだった。 懐の懐中時計を見ると新年まで後一刻あまり。 一緒にその瞬間を過ごさなければ案外子供っぽい所のある恋人は拗ねてしまうだろうから、起こさなくてはならないが。 それまではゆっくり寝かせてやろう。 そっと毛布をかけ、隣に座り髪を撫でるとそっと額に接吻を落とした。 好きな人と一緒に過ごす事。 それがなによりも楽しい年末の過ごし方。
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