休日







「チェックメイト」
逸る気持ちを抑え、淡調にそう告げると、カミューは両手を上げて、
「降参」
と呟いた。
「その工兵を先に討ち取っとけば良かったな。まさかマイクロトフがここまで読んでるとは思わなかったよ」
年始の祝賀の雰囲気を引きずった城内もやっと落ち着き、部下達に遅れること半月。飛龍月も半ばに差し掛かった頃やっと取れた、二人揃っての長期休みの三日目、そろそろ休みの空気にも飽きてきた二人が熱中しているのがこの盤遊戯だった。
実際の戦を模し、引いたカードで状況設定のもと、自ら作戦を立てて戦うこの遊戯は、カミューの方が得意としている。だが、三戦に一戦の割合でマイクロトフが勝つこともあり、そのたまにしかない勝利を得て機嫌の良いマイクロトフは、
「俺の勝ちだな」
そう自らの勝利を確認した。
「仰せのとおり、貴殿の勝ちですよ。で、何か御命令は」
過ぎるほどに恭しく、そう腰をかがめて問い掛けるカミューに、暫し考え込んだマイクロトフは、
「では耳掃除を」
と宣言する。
「耳掃除?そんなことでいいのかい」
意外なその返答に小首をカミューは傾げた。
敗者が勝者の命令を一つ聞くという約束で、カミューが朝からマイクロトフにさせたことといえば革の手入れや銀細工の修繕、昼食の準備などどれも一苦労な仕事ばかりだ。
せっかくの勝利をそんなことに使っていいのかと訝しがる声に、マイクロトフはあっさりと肩をすくめた。
「どうも耳掃除だけは自分でするのが、恐ろしくてな」
なるほどと納得したカミューに促され、長椅子に並んで腰掛けたマイクロトフは頭を相手の膝に預ける。
膝枕などしてもらったのは何年ぶりだろう。
カミューのことを特別に意識する前は、その体に触れることなどなんのためらいもなく、それこそ膝を借りたり肩を借りたりなど日常茶飯事だったのだが。
久しぶりのこの膝はお世辞にも柔らかいとは言いがたい。だが慎重に頭を横たえた白い布地からは、微かに感じる違和感を凌駕するほどの甘やかな温もりを感じた。この気持ちは、そう、まるで初めて彼と手を繋いだ時に感じた感触と似ているような気がする。今でもはっきりと覚えているあの時の胸の高まりを思い出し、眩しいほどの白を眼の前にしたマイクロトフは、なんだか少し照れくさい気持ちを覚えた。
「こら、動いたら危ないぞ」
無意識のうちの身動ぎに、咎める声が上から降ってくる。
耳掻きがゆっくりと耳の中を動き回る感触に、できるだけおとなしく、小さく息を殺していると、いい子いい子というように頭を抑える手が髪を撫でた。
「へぇ」
「なんだ」
「いや、お前の髪って案外柔らかいんだな。もっと硬いのかと思っていたよ」
感嘆ともつかぬ声とともに、吐息が耳をくすぐり、ふとそれに酷似した場面をふと思い出したマイクロトフは、
「昨日の晩あれだけこの髪を掻きまわして気がつかなかったのか」
そう何気なく感想を漏らした。
だが言った途端、ペシッと頭をはたかれる。
「痛いぞカミュー、本当のことじゃないか」
「デリカシー欠如男には当然の報いだ。ほら終わったぞ」
さっさとどけと言わんばかりに膝から追い立てられる。
「まだ片方しかすんでないじゃないか」
「つまらないことを言うからこれで終わり。また勝ってから命令するんなね」
「いいだろう、絶対に勝って次はもう片耳を掃除してもらうことにしよう」
可愛い笑顔での可愛くないその言い草に、いつになく熱くなったマイクロトフは、そう宣言する。
だが勝負事に絶対という語が存在するわけもなく。
「悪いが私の勝ちだね」
気合を入れて望んだゲームに早々と降参せざるをえなかったマイクロトフは、がっくりと肩を落とした。 そんな男の様子を尻目につごう4戦目を制したカミューは、鼻歌交じりにそうにこやかに宣言する。
「じゃあ今度は私の番だ。みみかきをしてもらおうか」
まるであてつけのようなその指令に、マイクロトフは顔を顰めた。
「なんだ、不服なのかい?」
まさかそんなこと言わないよな?そういわんばかりの艶然とした流し目を向けられ、その通りですなどと返せるわけも無い。
溜息を噛み殺しながら長椅子に座したその膝に、カミューはすぐ頭を預けてくる。
「改めて膝枕なんて妙な気分だな」
膝の上で呟く彼の微かな唇の動きをむず痒くかんじながら、
「そうか」
とだけ返した。
不意の動きで耳の中を傷つけないように額からこめかみへと、髪をかきあげるように手を滑らせる。
と同時にあらわになった額の白さに眼を奪われた。
滅多と晒されないその肌を、マイクロトフが眼にするのは閨の闇の中が主だ。
柔らかい髪をかきあげ唇を這わせるとぴくりと浮き上がる身体を抱きこめる、あの瞬間がマイクロトフは好きだった。けして優しいとは言い難いその抱擁に、恋人がそれでも強張りを解いてくれる。触れることを愛することを許されていると実感できる至福の時間だ。
恋人の時間の始めや、気だるい余韻の中で繰り返されるささやかな癖。
それを思い出して、マイクロトフは内心動揺する。
なまじその肌の滑らかさ。
けして低くないその体温。
そんな諸々を知っているから、かえって押さえが利かない。
その白に触れたい、接吻したい。
浮かんだ考えに、眼がそらせなくなる。
「…マイクロトフ?」
何事か話していたカミューが言葉を止め、暫しの沈黙のうちに問い掛けた言葉に反応できたのは、たっぷりと一分は後だった。
「何を考えていたんだい」
いつの間にか仰向けになり、下から小首を傾げ覗き込んでいるその様子に、こんどこそマイクロトフの理性は崩壊した。
甘い果実のようにも見えるその唇に、接吻けようと顔を寄せる。
が。
「ストーップ!」
立てた人差し指は無情にもその接近を拒んだ。
「続きは私に勝ってからにしてもらおうか」
指一本で阻止された目論見に、
「いいだろう、つぎこそは絶対に勝ってやる!!」
そう吠えたマイクロトフは耳掃除もそこそこに、新たなる勝負に挑む。
そんな男の闘志に、カミューは内心の苦笑を押し隠し、受けてたった。
だがマイクロトフは知らない。
次なる勝負に勝ったとしても、『騎士に二言はないんだよな』そうにっこり笑う恋人に頭を押さえ込まれ、まずは耳掻きの続きをされることを。
数多の勝負を乗り越えてラブシーンの続きに至るまでは、もう暫くの辛抱が必要のようだった。




 

natu no yuugure

MODELED BY GENSOUSUIKODEN2
LYRIC BY AYA MASHIRO

20010906/Fin




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