カミューが酒場に入っていくと、幾人かの少女達が集っていた。 「…だからどうにかしてよ、アニタさん!」 中心にいるのは何故かアニタ。 「私に言われてもねェ…で、どうして私に言いにくるんだよ、自分で言ったらいいじゃないか」 「だって私達がいくら言ったって、聞いてくれないんだもん!」 「こんにちはレディ達。いかがなされましたか」 「あぁ、カミューさん」 「聞いてよカミューさん、オウランさんったらひどいのよ!」 口を揃えて言い募る少女達の剣幕に、様子がわからないカミューは首を傾げた。 「オウラン殿が何か?」 「オウランさんの趣味、知っているかい。可愛い女の子にキスする事だよ。ま、俗に言うキス魔ってとこかな」 にやにや笑いながらそう教えるアニタの横で、 「私もアンネリーさんもやられたのよ!ファーストキスだったのに!!」 憤懣やるせないと言った風に訴えるメグと、困ったように微笑む歌姫。 「私達も被害者です」 眼をやれば、その横に城内の主要な少女達が顔をそろえている。 「私達はファーストキスって訳じゃないけど…」 「一通り被害に遭っているわよね」 「オウランさんにもどうにかしてもらいたいものだわ」 「アタシがどうかしたって?」 口々に言い合う少女たちの背後から声がして、件の中心人物が現れた。 「何事だいコレは?」 「何事も何もありません!」 「いいかげんにしてくださいね、オウランさ…」 「大体オウランさんの癖で…」 「一体何だって言うんだい?」 口々に訴える少女達に面白そうな表情を浮かべ、腕を組んでオウランは訊ねた。 「皆アンタのセクハラに腹立ててるんだよ。いいかげんにしてやったらどうだい?」 こちらも面白そうな顔をして、アニタが手に持つグラスを弄んでいる。 「そうは言われてもねェ、可愛い子見るとついね」 面倒くさそうに聞き流すオウランに、カミューはにっこり笑って提案した。 「どうせキスされるのならば男性の方にされたらどうですか?その方が喜ばれると思いますよ」 「男ねェ…男に私の食指を動かすくらいの美人がいないんだよ」 肩をすくめると、にやっと笑い、 「でも、アンタは別だね」 そう言うなり、カミューの顎を掴み唇を重ねてきた。 「キャーッ!!」 いきなり目の前で繰り広げられるキスシーンに、少女達は悲鳴を上げる。しかし当のカミューは観客よりも落ちついていた。 もちろんいきなりのキスに驚きはした。しかし根はフェミニスト。 ここで突き放してはオウラン殿の立場もな…と思考の片隅で考えながら、大人しく現状に甘んじていたのだが。 オウランの肩越しにマイクロトフの姿を認めて内心天を仰いだカミューである。 ……間が悪い事この上ない。 そのマイクロトフはというと。 「な、…ッ」 一瞬面食らったように足を止める。 それはそうだろう、何の気なしに入った酒場でいきなり恋人が他人とキスしている現場に行き逢す事などそうある事ではない。 しかし状況を把握したその次の瞬間、真っ赤な顔をして駆けよりカミューの二の腕を掴む。 そしてオウランの腕からカミューを奪うと、背に隠すようにして吼えたてた。 「何をなさるのですか、オウラン殿ッ!!」 「何ってキスだよ、いけなかったかい?」 「な、何故カミューにキスなどをッ!」 キスされたカミューの代わりに真っ赤になって憤るマイクロトフに、 「可愛いからに決まっているじゃないか」 「カミューが可愛いのは当たり前です!」 「よく分ってるじゃないかい。さすが相棒だね」 にやっと笑って揶揄するようにオウランは言う。 「しかしカミューが可愛いというのがキスする理由になるのならば、カミューは誰にでものべつまくなしキスをされる事になってしまうではありませんか!」 「何を馬鹿なことを言っているんだい、マイクロトフ」 あまりの興奮ぶりに苦笑していたカミューも、さすがにその物言いには呆れた顔をした。 「煩い坊やだね、大体私は素面でキスする相手には高い基準を求めてるんだよ。その中に選ばれたんだ、光栄に思うんだね」 自信たっぷり傲岸不遜にそう言い切る美女に、マイクロトフは唖然とした顔をする。 「おや、それではお酒を召し上がった時は無差別状態なのですか?」 そんな相方とは対照的に興味深げな顔で訊ねるカミューにオウランは頷いた。 「まぁ、大体廻りにいる奴にするらしいけど、やっぱり美人を選んでいるみたいだね。むさくるしい男共にはしないらしいから、無意識ながらも好みのタイプを選別してるんだろうさ」 現にビクトールと差し向かいで飲んだ時にはキスしなかったらしいし、と大笑いする。 「では素面のオウラン殿のお眼鏡にかなったのはかなり光栄な事なのですね」 「カミュー」 にっこりと笑う恋人に辛抱たまらず吼えたてる。しかし当の恋人は、 「うるさいよ、マイクロトフ」 といなすと、上機嫌な顔でオウランと別れ、酒場を出て行った。 「カミュー!!」 後ろからがなりたてるマイクロトフにカミューは軽く眉をひそめて見せながら、振りかえった。 「なんだいさっきから」 「何故、今の…」 「マイクロトフ、少しは声を落としたらどうだい。そんなに大きな声を出さなくても聞こえているよ」 普段から地声がよく通るマイクロトフだ。興奮状態で無意識の内に声に力が入っている今や、はるか通路の向こうまで声が届いているに違いない。さすがに本人も気がついたのか、すまない、と謝ると、しかし強い口調で詰問してくる。 「カミュー、その…何故そんなに楽しそうなんだ」 オウラン殿にキスされて、と続けたいが口に出すのも複雑そうな顔を見せるマイクロトフに、 「なぜそんな事を訊くんだい?」 不思議そうに首を傾げてみせる。 「それはもちろん嬉しかったからに決まっているじゃないか」 にっこりとそう告げると、さっと波が引くようにマイクロトフの顔色が一変した。 お互い騎士という立場上、女性に対する敬愛の徴として手の甲に口付けする機会は幾度となくあった。しかし恋人の目の前でマウスtoマウスの情熱的な接吻を受け、あまつさえ上機嫌になっているカミューの真意が分らない。 もしかして、本当にオウラン殿のことを…? いや、まさか、……しかし…。 横目で伺うくるくると変わるマイクロトフの顔色に、内心の動揺が見て取れて。 心底心配している気配の直情な恋人にカミューはこっそり苦笑する。 自分がこんなに嬉しいのはオウランにキスされたから、ではもちろんない。自分がこんなに上機嫌なその訳は、ずっと気になっていたことの回答が思いがけず得られたからだ。 数年前。 限界量をはるかに超えた酒量を重ねた自分が何をしでかしたのか、すぐ後ろで悶々としている男は覚えてなどいないだろう。 無理やり押し倒され強引に唇を奪われた自分は、あうやく気絶しかかったのだ。 周囲の救出で酸欠寸前でキス魔と化した大男から逃れる事ができたのだが、その後もう一度同じ目にあっていた。もちろんそれ以降は厳戒体勢の元、周囲に厳しく酒量をコントロールされたマイクロトフが泥酔状態に陥る事もなく今に至っているのだが。 単に傍に座っていたから被害に遭ったのではないかという危惧をずっとしていたのだが、しかしさっきのオウランの話でそういう訳ではないという気がしてきたのだ。 二度ものキスを、マイクロトフはカミューだけにしている。 泥酔状態だったとしても、オウランが言ったように無意識ながら好きなタイプなどの選別が働くといったことがあるのならば。 つまりその当時から、彼が自分に執着していたという事である。オウランの話を聞きその事に思い当たって嬉しいような照れくさいような気がしたのだ。 しかし。 こんな話をして初めてキスした時の事などきれいさっぱり忘れ果てている、無神経な男をいい気にさせるのも癪にさわる。 「しばらくそうやって悩んでろ」 そうこっそり呟いたカミューの顔は、言葉とは裏腹に上機嫌なものだった。 |