『烈火の紋章に接吻けしている青騎士団長』
天城さまの「Steel Edge」で17171番の
キリ番を踏ませていただいた時にお願いしたリクエストです。
美しい絵をありがとうございました、天城さま。
下に思い浮かんだ駄文をつけてみました。
麗しい絵の余韻を壊されたくない方は
BACK機能でお戻りくださればと思います。
大きなもみの木に飾られている華やかな装飾。 彼は一人、その樹を見上げながら佇んでいた。 「カミュー…何をしているんだ?」 そっと声を掛けると、気配には気がついていたのだろう。驚く様子も見せず、ぽつり呟く。 「聖なる力に神の御加護と祝福があらんことを…か」 自嘲をこめたその言葉の響きに眉を寄せる。 それは先ほどの聖夜のミサの時、彼の烈火の紋章を宿している右手に司祭が聖水を掛け、祝福を与えた台詞だった。 戦功を挙げた若き赤騎士団部隊長が拝跪し、頭を垂れ祝福を受けるその姿は、さながら一幅の画のようで参列した婦人達の感嘆を誘った。だが、その言葉を受けた彼の瞳が薄く曇ったのに気がついたのは、自分だけしかいなかったようだ。 ミサの後の舞踏会で婦人達に囲まれたときにはその瞳の色は巧妙に隠されていて、よほど注意して彼しか見ていないと気がつかないほどの苛立ちと、疲労しか彼は纏っていなかった。 やっとその夜会も終わり城も静けさを取り戻した頃、一人聖堂へ足を向ける彼の姿に思わず後を追いかけたのだが。 不審そうな気配に気がついたのか視線を樹に向けたまま、こちらを向いた彼は薄く笑みを浮かべた。 「こんな殺戮の紋章に祝福を与えるとは、よほどこの国の神は寛大らしい」 疲れた瞳で自分の右手を眺める彼が、何を思い出しているのかは自分にも分かる。 先のハイランドとの小競り合いの時、初めて彼は対人にその右手の高位紋章を行使したのだ。 己が隊の騎士達を庇う為とはいえ、その紋章の及ぼした絶大な効果は周囲の言葉を奪うほどのものだったと他の赤騎士から伝え聞いていた。 そしてそのことが彼の心に暗い影を落としていることも、帰城後の彼の纏う空気から察している。 「カミュー…お前のその紋章は殺戮の紋章なんかではない、人を守る紋章だろう」 「お前の紋章は私のものとは違うよ。お前のその騎士の紋章は純粋に人を守る紋章じゃないか。…私のこれは…ただ破壊しか生まない」 「そんなことはない…俺のこの紋章がただ人を守っているだけのものではないことは、俺は知っている。少なくともお前を庇って受けた傷の分だけ、お前の心をこの紋章は傷つけていることは気がついているさ」 必要と思えることは黙して淡々と行う彼が、その平静を保った面の内に様々な感情を隠し持っていることをどれ程の人が気がついているのか。怜悧な頭脳が弾き出す洞察によって、彼は人よりも多く痛みを抱えていることなど殆どの人は気がついていないに違いない。 「だが…」 「なぁカミュー…俺はこの紋章がお前を選んだことに感謝しているんだ」 反論しかけた言葉を、柔らかい口調で止める。 「紋章はそれ自体は何の力もない。紋章を宿した宿主の意を反映し、力を発揮するだけだ。宿主の思い一つでその力は善にでも悪にでも向かう。あの戦でお前の紋章によって助かった兵が何人いると思う」 「だが、その紋章のせいで敵とはいえ…大勢の人間の命が一瞬にして奪われた。それは事実ではないか?」 うつむきひっそりと呟く彼の表情は、薄い蝋燭の灯でははっきりと読み取れない。だが硬い声の響きからは彼の心の内が窺える。 「確かにそうだな。だがお前がその紋章の力を行使するのは、最後の手だということを俺は知っている。少なくともお前はこの巨大な紋章の力を乱用してはいない」 魔物に対してすら、彼はいっそ頑ななほどその紋章の力を解放することはない。できうる限り剣技によって敵を排すその姿勢は、巨大な力をその右手に宿しながらあえて騎士の道を選んだ彼の矜持なのか。 「紋章を行使するのは人間だ。そしてお前はこの紋章の力を愁うだけの心を持っている。それがなによりこの紋章を行使するだけの心の持ち主だと考えることはできないか。少なくとも何の痛みも感じずに、ただ破壊衝動に駆られてこの紋章を行使する人間が宿主になるよりもよほど良いと思うのだが」 「お前は…この紋章が嫌いではないのかい」 どこか掠れたような声で、静かに想いを吐露する彼を黙って見守る。 何度か躊躇ったように息を吐いた彼は、やがて痛みに耐えるように眼をきつく閉じ宙を仰いだ。 「私は…この紋章を好ましく思えたことは…ただの一度もない。この紋章のおかげで騎士団に、このマチルダに受け入れてもらえた位の恩恵しか感じていないんだ。…私がこの紋章に感じるのは……むしろ厭わしさの気持ちの方が強い…」 躊躇いがちに言葉を詰らせながら、語る彼の姿は初めて見るものだ。 自分の内奥を他人に曝すことを嫌う彼はいつも穏やかな笑みを浮かべていて。 だから在るが侭を晒すその姿に胸が熱くなる。 「俺は…カミューがこの紋章を宿していることでどんな経験をしたのか知らない。でも…少なくとも俺はこの紋章をお前の元にめぐり合わせた何者かに感謝しているぞ。この紋章のおかげで俺達がめぐり合えたのかもしれないのだからな」 きつく握りこんだその白い手をそっと取る。 どれ程力をこめていたのか、血の気のないその手をそっと撫でた。 「お前がこの紋章を嫌いでも…頼むからこの力を否定しないでくれ。俺にとってこの紋章もお前の一部なのだから」 「私の一部…?」 「あぁ…お前を守ってくれるものだと思えばこの紋章は愛しいお前の一部だ。最後に頼らなければならない紋章をもしかするとお前は自分の弱さと思っているかもしれない。でもその弱さごと俺はお前を愛するから…だからその力を、弱さを否定しないでくれ」 紋章を疎む彼の過去は、自分には分からない。 だが、彼のその白い手に宿る紋章は、いつしか自分にとって彼の内に秘めた性質の表れのようにも感じられていたのだ。熱く激しく、そして誇り高い、けして外見からは察することができない彼の本質。 それをどうして嫌うことができよう。 そっと腰を屈め、その白い掌に接吻ける。 「マイクロトフ…」 酷く驚いたような声にをだし、幼子のように眼を見張る彼の表情に静かに微笑を浮かべた。 「俺はこの紋章を愛している。愛する人を守る力だと思えば、愛しくこそ思えど憎む謂れはないからな」 「……これが殺戮の紋章でも…?」 「紋章を行使するのは人間だ。そして俺はカミューを信じているし、愛している」 それは理由にならないか?そう重ねて問うと、琥珀の瞳が揺らめく。 「あぁ…そうだな…」 そっとその瞳を閉じ、どこか安堵したように小さく呟くその身体を引き寄せ、胸に抱きしめた。 華やかに部屋を包んでいた燭灯は、いつしか淡く陰ろっていた。 |
+ Precious +