その日マイクロトフは赤騎士団員達の注目を浴びていた。

赤騎士団に割り当てられているロックアックス城東翼。ここに青騎士団員が訪れること自体は珍しいことではない。
各騎士団共通の議題についての書類のやりとり等、他騎士団と協議を計らなくてはならない件案は意外と多く、各棟にそれぞれの騎士団以外の団員が行き交う姿はここロックアックス城では見なれた光景だった。殊にマイクロトフは第一部隊の隊長補佐の身だ。戦下においては特攻を担う第一部隊は、他騎士団との合同演習を行うことが一際多い部隊である。その打ち合わせ等でマイクロトフがこの、いわば赤騎士団領域を訪れることはしばしばだった。
しかし今日彼に視線が集まっているのには理由がある。
いかにも高価な深紅の花束。
華やかな紅とは不釣合いな仏頂面の大男がそれを肩に無造作に背負い、他団の回廊を大股で闊歩すれば、注視を集めるのは間違い無い。ましてやそれがよく赤騎士団内でも噂に上るマイクロトフであれば、注目するなという方が無理だろう。
当然のように周囲の視線を、痛いほど浴びていたマイクロトフは、内心溜息をついた。
彼は好きでこの豪華な深紅を持ち歩いているわけでは、勿論ない。
これはとある先輩騎士と城下街まで出かけていた帰りに、預かったものなのだった。
ちょうど城門のところにさしかかった時に、マイクロトフと先輩騎士は前が不如意になるほど大きな花束を抱えた花屋の少女に出くわした。あどけなさの残る顔立ちの少女は、入ろうか入るまいか逡巡していたのだろう。連れの先輩騎士がやさしく何用かと訊ねたところ、ほっとしたように花束を届けに来たことを話したのだった。
新米の店員である彼女は、初めて訪れるロックアックス城の荘厳さに入るのを躊躇していたらしい。
そんな彼女の様子を見て、先輩騎士は預かることを申し出たのだ。
届け人の名を問うと、「赤騎士団副長カミュー様です」と答えたため、その役目はマイクロトフへと廻って来た。
もちろんマイクロトフの方にはその依頼に何の異議もなかった。
なにしろ赤騎士団副長カミューは団が違うにもかかわらず、よく顔を合わす大親友だ。
それにこの花屋の娘は自分が近寄っただけでも、怯え竦みあがったほどである。大勢の騎士達が行き交う前庭を抜けて、取次ぎの従騎士の所まで辿りつくなどという行為はその娘に無理のように思えたのだ。
己の体躯の醸し出す威圧感を度外視したその想像は、それでもまぁ、間違ってはいなかったのだろう。代わりに持っていく事を了承すると、いかにもほっとしたように少女は笑顔を浮かべ、それを見て良い事をしたなぁと嬉しくなったのマイクロトフだったのだが。
確かに。
そこまではただの善行。何の問題も無かったのである。
しかし何故か花束をもって歩くと、立ち話をしている騎士達は話を止め、いつもなら脇に避けて頭を下げるはずの女中達はじっと固まったまま通りすぎるまで視線で追い、挙句の果てにいろんな知り合いから揶揄を受けるにいたっては、いかに他人の目を気にせぬマイクロトフといえども居心地の悪さを多分に感じていた。
そこまで花束一つで注目を集めるとは思わなかったのだ。
こんなことなら久しぶりに届けがてらカミューの顔を見ようなどと思わず、大人しく取り次ぎをする従騎士に預ければ良かったと悔やんでも後の祭である。
だがもうその辛い状況も終わりだ。この回廊を抜けて、奥の団長室控えまでたどり着けばこの届ものの役目も終わるのだ。
そう思うと自然足早になる。
しかし。
運命はそんなにマイクロトフに甘くなかった。
一心不乱で人を跳ね飛ばしかねない勢いの早足のマイクロトフは、その通路の先に今もっとも会いたくない人物の姿を認めぴたりとその足を止めた。
バンダナで押さえている長めの前髪を掻き揚げ、隣の赤騎士団員と談笑しながら近づいてくる細身の男。
二週間前の赤騎士団内の人事異動で、赤騎士団第五部隊(別称諜報部隊)隊長に就任したアレフリィード・S・ランデンダール。マイクロトフの士官学校来の親友カミューの、幼馴染兼悪友である。が、マイクロトフはといえば、つかみ所のないこの六歳年上の男が大の苦手だった。
なにしろ何が楽しいのか、会うたびに玩具にされいたぶられまくっているのである。今ここで会えば何を言われるか分かったものではない。

 頼む…見つかりませんように…!

直立不動で壁と同化しようと試みているマイクロトフの姿は、その努力にもかかわらず男の気を惹いたようだ。視線を感じた途端一直線にこちらに向かってくる姿を、視界の端に捕らえてマイクロトフは内心天を仰いだ。

 なぜだ…なぜほっといてくれないんだ…。

一番会いたくない相手に、一番会いたくない時に限って、見つかってしまう自分の運の悪さを呪いたくなる。このまま踵を返して敵前逃亡を図りたくなるが、そんなことではこの男から逃げられないことは今までの経験上身に染みるどころか、骨の髄まで染みているのだった。
『一番良いのはな、冷静に振舞うことだよ。感情を殺すんだ、そうすれば面白くないと思ってほっておいてくれるさ』
この男をよく知っている親友のアドバイスを思い出す。そうだここは熊に遭った時のように息を殺して、死んだ振りだ!そうすれば彼は通りすぎてゆくに違いない。
そう多分に願望を含む、どこかずれたアドバイスの適用をしたマイクロトフは、目を逸らせて目の前の男を無視するという極めて無謀な暴挙にでた。

「よう、マイクロトフ。何してるんだこんな所で?」
「…………」
楽しげに声をかけてくる男と視線を合わせないようにして沈黙を守る。
「立派な薔薇なんか抱えてこんな所までお出ましとは、どんな美人に渡すつもりなんだ?」
「…………」
肩にかけられた手に、思わず体がこわばるがひたすら無視。
「マ・イ・ク・ロ・ト・フ?…青騎士団第一隊長補佐マイクロトフ殿?………ほーぉ…良い度胸じゃないか。先輩に話しかけられているのに返事もできないような躾のなってない口はこいつかな」
「あだだだだっ…ひゃめふぇふだひゃいっ…」
しかしそんな的の外れた対抗策も、もちろんこの男には通用しなかった。
もともと無駄な肉などは削げ落ちている頬を思いっきり、顔が変形するのではないかと思うほど引っ張られ崩されたマイクロトフは涙を浮かべ降参を申し出る羽目となる。
「馬鹿め、俺に逆らおうなんてのは10年早えぇんだよ」
そう満足そうに腕を組んで笑う男に、マイクロトフは涙目のまま頬を撫でさすった。
「で、その薔薇は何の真似だ?」
「いえ、これは…その、カミューに…」
「花束もってプロポーズか、そうかそうか、とうとう決心したか」
その言葉に、遠巻きにしてさりげなく二人の会話に全神経を向けていた赤騎士団員及び、少数の他団員達にどよめきが走る。なかにははっきりと顔色が赤くなったり真っ青になったりしている者もいたが、そんなことは混乱の局地に突き落とされたマイクロトフの眼には入っていなかった。
「な、な、な、な、何をおっしゃるのですかっ!!!!」
「なんだ違うのか」
「当たり前です。これは城門の入り口で花屋から預かってきたものなのですっ!」
いきなり訳のわからないことを言い出した男に必死になって言い募る。
「ふーん…しかしあいつに赤い薔薇の花束ねぇ…つまらんな」
「は?」
何がどうつまらないのか、話について行けないマイクロトフは間抜けな問いを漏らした。
「だってそうだろう?カミューを花に例えてみろ、何が思い浮かぶ」
「…………薔薇…でしょうか?」
というか、花に詳しくないマイクロトフにはそれしか思いつかない。
「だろ?何のひねりも意外性もないじゃねぇか。もっとこうラフレシアだの極楽鳥花だの毛色の変わったものを贈れってんだ」
「極楽鳥花…………。確かに珍しいですけど、死者の埋葬の時に用いる花ではないですか。そんなものよりはよっぽど薔薇の方がカミューに相応しいのではないのですか?」
ロックアックスでは栽培されず、それゆえかなり値の張る彼の花は、葬儀の際に棺おけに入れ冥福を祈る弔事用の花であったはずだ。そんな縁起の悪いものを何故カミューに…。そんな言外の問いかけを知ってか知らずか、
「いいじゃねぇか、派手な所がぴったりだろう。で?何処のどいつだ、んなつまらん物を贈りやがったのは、貸してみろ」
「わ、わっ!ちょ、ちょっと待ってください!」
花束を奪い、漁りだそうとするアレフともみあいになる。
身長はどっこいどっこいだが、敏捷性や要領の良さにかけてはアレフの方が数段上手だ。しかしだからといって大人しく花束を渡すわけにもいかない。カミューやマイクロトフなどは自分の弟分と思っているこの男は、往々にして人格を無視してくれるきらいがある。彼の手に花束が渡ったら最後、未開封のメッセージ・カードもさっさと開けて、中のメッセージを音読するくらいやりかねないのである。そんな事態に陥ると、死守できなかったマイクロトフにも類は及ぶのだ。
情けない悲鳴を上げながらどうにか守ろうとするマイクロトフに、後ろから羽交い締めの態勢で花束を奪おうとするアレフ。
そんな二人の背後から、呆れたような声がかかった。
「マイクロトフ、それにアレフ殿何事ですか」
動きを止めて振り返ると、そこにはまさしく件のカミューの姿があった。
呆れたような表情を見せるカミューは、花束をめぐる大の男の攻防に気がついたのか、
「その花は一体?」
と眉を寄せて問いかけた。
「マイクロトフがお前にだそうだ」
あくまでも手を放そうとしないアレフは、後ろからマイクロトフの首を片手で絞める態勢で、なぁ?と答えを促す。
「マイクロトフが?…本当か?」
「そうだよな、カミューにぴったりの花だもんなぁ?」
「いえ、その…」
重ねて畳み掛けられる問いに、何をどう答えて良いのか解からず、マイクロトフはいつになく曖昧な返答を返した。
「何だ違うのか?さっき言ってたことは嘘だったのか、ふーん?」
「嘘など言ってはおりません!確かにこの花はカミューの為に作られたような…」
むっとして言い返すマイクロトフに、
「マイクロトフ、マイクロトフ…」
「な、なんだ?」
「挑発に乗るな、少しは黙ってろ」
呆れたようなカミューが溜息混じりに、そう嗜める。
「いくら照れてるからとはいえ、そう怒るなよ。こいつはお前の為にわざわざここまで持ってきてくれたんだぞ。感謝しても責められる筋合いはないだろうさ。なぁ?」
「なっ…」
一瞬顔色を変えたカミューに、息を呑んで興味深い寸劇を注目していた観客からざわめきが起こる。
常に笑顔を絶やさず冷静沈着と誉れ高い赤騎士団副長が赤くなることなど滅多とない。しかしその観客の反応にすぐさま我を取り戻したカミューは、その言葉を黙殺すると、いつものような穏やかな笑みを浮かべて見せた。
「…どういう風の吹き回しだか知らないけれど、ありがたく受け取っておくよ」
「あ、あぁ…」
「しかしお前が赤い薔薇の花束をね…」
そう呟きながら受け取ろうとするカミューに、大事なことを言い忘れていることに気がついたマイクロトフは、渡す前にこれだけは告げねばと、思わず花束を引いた。
「いや、その違うんだっ!」
「…何が違うんだ?」
怪訝そうな顔で、カミューが問う。
「それが、この花は俺が買ったのではなく、預かったものなのだ」
「預かっただと」
「あぁ、花屋の娘に頼まれてな」
そう罰の悪そうな顔で花束を差し出してくるマイクロトフに思わず動きを止めるカミュー。そんな二人の隙を大人しく見物していた男が見逃す筈もなかった。
「ロイセル・ドルトン卿か、こんな花束贈られるなんて何したお前?」
「ドルトン卿…先の園遊会の時にお見えになっていたソリストですね。特に深い交流はなかった筈ですが」
カードを抜き出し面白そうに訊ねるアレフに、カミューは手をさしだして返却を求めるが大人しく従うわけはない。それどころか勝手に開いて中身を読み始めた。
「なになに、『素晴らしきあの夜の出会いに感謝を込めて。今宵の演奏を貴方に捧げます』だってさ。演奏会のチケットも同封してあるな、気っ障〜な男〜。相変わらず野郎にもてもてだな、カミュー」
「アレフリィード殿…」
ニヤニヤ笑うアレフにツンドラもかくやと思わせる冷たい口調と、視線を向ける。
「カミュー、その演奏会行くのか?」
しかしそんなカミューの声色の変化に気がついていないマイクロトフは悠長にそう訊ねた。
現状を把握できずに地雷を踏んでしまったマイクロトフに、観客一同と相成っていた赤騎士団一同(プラスその他)は内心『馬鹿…』と突っ込みをいれるが後の祭である。
氷点下そのままの視線を親友に向けると
「お前には関係無いと思うが。あぁすまないこの花をそこら辺に飾っておいてくれるか」
そうそっけなく返したカミューは、近くにいた騎士に花束を手渡しさっさと自室に戻っていった。
いつになく冷たい親友の返答に思わず固まってしまい、後姿を呆然として見送るマイクロトフ。
その耳元に、いつの間にかまた背後から肩を抱いてアレフが囁いた。
「マイクロトフ、お前なんでカミューが機嫌を損ねたか分かったか?」
「……アレフ殿が怒らせたからではないですか」
カミューからあんなに冷たい視線を向けられるのはついぞ無かったマイクロトフである。
大好きな親友に嫌われたのではないかというショックで軽い放心状態に陥っている。
口調も弱弱しい。
「バーカ、俺があいつのこと揶揄うのはいつものことだろうが。そんなんでいちいちあいつが腹立てるかよ。これだからお前は青小僧っていつまで経っても言われるんだぜ」
「はぁ…」
「考えてみろ、あいつの機嫌が悪くなったのは花束を送ったのがお前じゃないと解かった時からだろう。確かにタイミングが悪かったのもあるが、伝わらなかったのは事実だ。要するにあいつは嘘をつかれたと思って怒ってるわけだ。お前からの花だと思って喜んでいた分ショックが大きかったんだろうさ」
「そ、そうなんでしょうか…」
なんだか違うような気もするのだが、動揺した頭に耳元で囁かれるとそうなのだろうか…と何とはなしに納得してしまうマイクロトフである。
首をかしげるその姿を見て、笑いをこらえながら、
「な、つまり人間隠し事はいけないという訳だ。思った事は正直に言わないと、いろんな誤解や曲解を招くことになるからな」
と、もっともらしい事をしかめっ面しい顔で言ってのけるアレフ。
「今お前がカミューにしなくては行けないことがわかるか?」
「しなくてはいけない…こと…ですか?」
「そう、お前が今しなくてはならないことはな、傷心のカミューにお前が花をもっていって、素直にお前の思っている事を伝えるんだ」
「…思っていること……ですか?」
「そうだ、お前はカミューのことをどういう風に思ってるんだ?」
どういう風にもこういう風にも親友以外に思ったことのないマイクロトフである。
「馬鹿だなぁ、お前カミューのことを可愛いとか美人だとか、好きだとか思ったことないのかよ」
確かに。
カミューは可愛い。
カミューは美人だ。
そんじょそこらの女性なんかより比べ物にならない。
それにいつも(は)優しい(筈の)カミューのことは大好きである。
「勿論カミューは可愛いし美人だし大好きです!」
「だろ?だからそこら辺の詩集でも買ってそこに書いてある言葉をもじって・・・というのは高等技術だから、そのままでもいいからな、とにかくあいつに綺麗だとか、好きだとか言ってやれば良いんだよ。綺麗な薔薇の花に詩的な誉め言葉!それさえあればカミューも大喜びだぜ」
『違う…それは激しく違う……そんな言葉を素直に受け取ったら酷い目にあうぞ…』
相手はあのカミューなのである。下手な誉め言葉など火に油を注ぐどころか、爆弾庫に松明を放り込むようなものである。
アレフの言葉を聞いていた赤騎士団(その他)達はその悪魔の囁きを、内心強く否定した。
が、しかしそんな言葉にならない諭しに気づく由もないマイクロトフは、耳元に囁かれる諫言に目を輝かせた。
「分かりました!助言をありがとうございます!さっそく花を買ってカミューに渡しに行きます!」
思いこんだら一直線、すぐさま花を買いに行くべく城門目指して突進していく。
「おう、頑張れよ〜」
後に残されたのは楽しそうに手を振るアレフと、マイクロトフの行く末を想像できて思わず同情を覚える赤騎士団員達(その他)だった。



さて。
嬉しくもない男からの花束を押し付けられそうになったり、他の団員達の目の前、天下の往来でアレフにからかわれた上、不覚にも赤くなって見せ、そんないつにない大失態を犯したカミューの機嫌が地を這っていたのは当然のことだった。
だが気分を落ち着かせる為のティータイムをとると下降気味の気分も少し浮上する。
幾分気分を落ち着かせたカミューが響くノックの音にも普段通りに答えると、
「カミュー!!先ほどは済まなかったっ!!」
いきなり顔が隠れるほど巨大な薔薇の花束を抱えたマイクロトフが扉の所に立っていた。
扉を開いた従騎士も、あまりの大きさに唖然としてかたまるほどの代物だ。
「いや、それはいいんだが…この花は一体…?」
あっけにとられて、思わず呟く。
「勿論お前のために買ってきたんだ」
「わざわざ私のためにか?」
一瞬呆然としてしまうが、薔薇よりも何よりもわざわざ自分の為に買いに行ってくれたというマイクロトフの心が嬉しい。
差し出されるがままに受け取ろうとする。しかし…
「お前の唇は薔薇よりも馨しく、その瞳は宝石よりも美しい…」
いきなり無表情で、なにかの呪文のように唱えられた言葉にあっけにとられるカミューである。
なにしろ言ってることが滅茶苦茶なのだ。
「ちょ、ちょっと待てマイクロトフ」
「お前の白魚のような…」
「どうしたんだいきなり?」
「どうしたも、ただの誉め言葉だが、気に入らなかったのかカミュー?アレフ殿は…」
不思議そうに首を傾げるマイクロトフの口から洩れた、不吉な単語に思わず待ったをかけた。
「ちょっと待て、マイクロトフ。お前、アレフから何を言われたって?」
「いや、その、嘘をつくなと…」
「確かに正論だがな、奴の言った言葉を正確に言ってごらん?」
強い瞳の色に気おされて細々言葉をつなぐマイクロトフ。
「あ、あぁ…『思った事は正直に言わないと、いろんな誤解や曲解を招くことになる』と言われて、それから…」
「それから?」
「『綺麗な薔薇の花に詩的な誉め言葉、それさえあればカミューも大喜びだ』と…」
やはりそうか。
その言葉を聞いてカミューは内心深く溜息をついた。
今までにマイクロトフがカミューに言ったことのある言葉と言えば、かわいいだの、すごいだのせいぜいその程度。無意識のうちに口についたという風な誉め言葉で、可愛いものである。そんなマイクロトフが、いきなりとってつけたような訳の解からない事を言い出し驚いたのだが。
あの男が絡んでるとなると、なるほどと納得できる。
しかし…他人から教唆された誉め言葉と思うと、これほどまでに腹が立つのは何故なのだろうか…。
「そしてお前はその言葉を素直に納得したわけだ」
「あ、あぁ…か、カミュー…?」
口元は柔らかく笑みを象ってはいるが、眼は据わりきっているその表情に飲まれたマイクロトフの声は、見事に裏返った。
「マイクロトフ、私はお前に美や詩情やロマンスを解する感性はさらさら求めてもいないし、求めても無駄だとは諦めているんだよ」
酷い言われようであるが、話されている内容を理解して異議を感じることなど、蛇ににらまれた蛙になっているマイクロトフには不可能である。視線を逸らす事もできず、ひたすらこくこくと頷くだけだ。
「……だがな、せめてTPOを弁えることを望むのは私の高望みかな」
内容も理解せずに機械的に頷いていたマイクロトフは、人を射殺せそうなほど冷たく底光りし始めた視線にあわててぶんぶんと首を振った。
「いや、違う、違うんだっ!」
「何が違うんだ?」
「高望みしてくれ!じゃなかった、高望みしても平気だっ!」
慌てふためいてそう言い募るマイクロトフに、
「分かってくれたのなら嬉しいよ」
とだけそっけなく返す。
「カミューしかし俺は…」
恐る恐る弁解を始めようとしたマイクロトフに、カミューは書類に落としていた眼を再び上げ、低く溜息をつく。
「ここは副長控え室。今は執務中。ついでに隣の部屋には赤騎士団長が来客中だ。…で、マイクロトフ。まだ何か用事があるのかい…」
疑問形ではあるが、強い反語の意思を含むその言葉に、マイクロトフは怯えた眼で頭をふった。
それに軽く頷くと、親指でくいとドアの方を指し。
尻尾の垂れた犬のような風情で、マイクロトフはその指示にしたがう。その姿が扉に隠れようとする時にカミューはその後姿に、ああそういえば、と声をかけた。
「いい忠告をしてやろう。口は災いの元って言うんだ。よく覚えとくんだな」
何事だと振り返ったマイクロトフはその言葉を聞くと、何ともいえず悲しげな顔をした。





「やれやれまったく…」
何度あの意地の悪い傍迷惑な男に玩具にされ、からかわれ続ければ気が済むのだろう。会うたびに玩具にされ、あることないこと吹き込まれた上にそれを信じて酷い目に遭わされるというのが、マイクロトフとアレフのパターンだった。そしてそれに望まずとも巻き込まれるのがカミューで。
少しは学習能力をつければ良いのに。
その度に思うのだが、これがマイクロトフだよな、と最近では諦めることにしていた。ただし釘はきちんとさしておくが。

 しかしいたいけな後輩をいたぶっては楽しむ癖のある幼馴染には、一度厳しく言っておかなければならないな…。

そう深く溜息をついたカミューは、背後でクックックッ…と笑う声にふと我に返った。
「アシュレ団長にフィールズ殿…」
振り向いたその先の団長室に続く扉が薄く開いていて、覗きこむようにこちらを伺う赤騎士団長のアシュレと第一部隊長フィールズの姿がある。
「見ておられたのですか」
「ああすまない、聞こえてしまったのだよ。」
「申し訳ありません。煩くしてご迷惑をおかけ致しました」
一瞬だけばつの悪そうな表情を浮かべたものの、すぐにいつもの顔を繕って見せたカミューは、ドアを開けて入ってきた二人にそう頭を下げた。
「いや、こちらの話は終わった頃だったから構わなかったのだがね。だがあんまり苛めると青騎士団長辺りから苦情が入るのではないかな」
「そういえばマイクロトフはキャラン殿のお気に入りでしたね」
そう笑いあう団長達は他団の団員であるマイクロトフのことを良く知る者達だった。
揶揄するような口調の端々からも、マイクロトフに対する好意的な感情が見え隠れする。
「いいんですよ、副長のキース殿からしっかり鍛えるように頼まれていますから」
そう肩をすくめるカミューに、
「成る程」
「ではこちらからも頼んでおくことにするか」
「そうですな」
そう目配せを交わす。そんな団長達にカミューは怪訝そうな色を覗かせたが何も聞こうとはしない。
あくまでも完璧な副長を演ずるその姿に、フィールズは思わず笑みを漏らした。
マイクロトフに対応している時のカミューは、いつもは笑顔という硬いガードで見せない色々な表情を見せる。
自分の感情を顕わにする術に関してはマイクロトフに対する以上に不器用な面を見せるこの青年を、内心深く気遣っている彼らにとって、この反応は喜ばしいものだった。
こうしてどんどんマイクロトフと付き合うようになって、感情を表すことを覚えてゆけば。その内マイクロトフ以外の人にも自分の感情を顕わにするようになるかもしれない。
フィールズのその考えは間違ってはいなかった。
が、しかし。
感情を表すようになったカミューがマイクロトフ相手に派手な喧嘩をやらかしてみたり、挙句の果てに騎士団を出奔してみたりして。
あの頃の完璧な副官振りが懐かしい…、とフィールズに遠い眼をさせるようになるのは数年後のことである。







■お題■「好きな人」の続編
青&アレフ話   



20000501/Fin

MODELED BY CAMUS&MIKLOTOV / GENNSOUSUIKODEN 2
LYRIC BY AYA MASHIRO



Simplism