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良く晴れわたった空に、秋のぴんとした空気が心地よい。
思わず大きく深呼吸したカミューの気配に気がついたのだろうか、先んじていたキニスンが振り向き微笑した。
「山の空気は気持ちが良いですね」
照れ隠しと気取らせぬ笑顔で、話しかけると少年は頷く。
「えぇ、この季節の晴れた天気は最高です。もちろんどの季節も晴れた日は気持ちいいですけどね」
振り仰ぐ空は雲一つない秋晴れだ。
思わず切り取って持って帰りたくなるような濃い緑と、青には優しい水色がかった透ける色だ。
やはり来て良かった。
この澄んだ空気と、綺麗な自然の色を味わえるだけで来たかいがあったというものだった。
急に仕事が入ったマイクロトフから休日の予定をキャンセルされた時には、さてどうしたものか、と楽しみにしていた分少々気落ちしたのだ。そして今朝、休日にも関わらずよりにもよって滅多にしない早起きなどしてしまったことに気が付いた時には、世界中を呪いたい気分になったが、散歩途中に声を掛けてくれた少年のおかげで朝の暗澹とした気分は嘘のようにどこかへ消え失せていた。
「カミューさん、山に来るのは久しぶりでしょう」
「えぇ」
不思議そうな顔をしたのが分かったのだろう。
足取りを見れば分かりますよ。
そう、笑った少年に苦笑いする。
確かに自分の足で山道を行くのは久しぶりだった。
勿論外にはよく出ているし、この城から少し離れたこの小山に遠駆けでくることもある。
だが馬を使わずにこんなに長時間移動するのは、幾年ぶりだろう。
もっとも仮にも騎士団長として鍛えた体では、この程度の移動など運動のうちにも入らないが。
道すがらの草木にのんびりと眼をやりつつ、のんびりと歩を進める彼につきあってか、数歩前を行く少年の視線は周囲の高い木の枝に向けられている。
「何か良い山菜でもありますか」
「今の季節だと目立った山菜はないですね。それよりこれからの季節は木の実のほうが楽しめます」
栗、柿、あけび、山ぐみ等々。
山道を行く道すがら、道端の木々を指さし色づく果実を教えてくれる少年に、カミューは感嘆の声を漏らす。
「すごいですね、キニスン殿、一見しただけでおわかりになるとは。春の山菜でしたら、少々採ったことはあるのですが、木の実はさっぱりですよ」
そう告げる彼に、慣れてますからと大人びた笑みを浮かべた少年は、不意に足を止めかがみ込む。
「カミューさん、これ食べてみませんか?」
好奇心にかられ、後ろからのぞき込んだ顔の目の前に差し出されたのは小さな実だった。
「なんですか、これは?」
「これはやまいもの実なんです」
手のひらに載せられた小さな粒は、すべすべとした銀色だ。 口に含むとしゃきしゃきとして、どこか糸をひくようなもったりとした感触が残る。
あっさりとした味は、山芋とも里芋ともつかぬ独特な物だった。
「芋類はだいたい地中になるでしょう。これは上の花に付くんですよ。でも味は一緒なんです」
不思議ですよね。
そう、笑う少年に頷く。
確かに、よく口にする野菜の存在すら知らない実を口にしているというのは、とても不思議な気分だった。
「あ、シロ。見つけてきてくれたんだ」
振り向くと狼のシロが真後ろにいる。姿も見えぬくらい先に行っていた彼は、気が付かぬうちに戻っていたらしい。
道をあけると、軽く、ぐるる、と唸る。
礼を言っているらしい彼の口には、小さな枝があった。
「シロ殿…それは?」
差し出すキニスンの手のひらにそっと乗せた、その植物を不思議に思い尋ねる。
ぐるるる、と答えるように唸ったシロに、
「これが今日の一番の目当てなんですよ」
そう、少年は笑った。




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「…というわけで土産だ」
無造作に差し出された袋を受け取り、マイクロトフは首をかしげた。
「一体どういうわけで、この実はなんなんだ?」
『今日はキニスン殿とシロ殿と山へ行って、有意義に時を過ごしてきたよ』と妙に上機嫌な様子で訪れた親友兼恋人は、その言葉だけでこの袋を押しつけたのだ。
毎度ながら眩暈を覚えるような少ない予算を、どのように効果的に振り分けるかに全精力を傾け悩んでいたマイクロトフには、唐突なその言葉が理解できかねた。
長時間に渡る苦手分野との格闘で、もしかすると自分の言語処理中枢がおかしくなったのかと自分の理解力を疑いながら、おそるおそる尋ねる。
そんな彼に返ってきたのは、愛想もへったくれもない簡潔な言葉だった。
「見ればわかるだろう」
その言葉に袋をあける。
「これは…」
中にあるのは小さな黒い粒。
小振りな袋の底にぎっしりと詰まった木の実を一つ、摘んで日に翳すと、それが濃紫ということに気が付く。
「野葡萄の実だよ」
「これが野葡萄か」
名は耳に挟むことはあったが、実物を見るのは初めてである。
慎重に袋を傾けると、確かに葡萄の房のような形をしたものや、楓のような形をした独特な葉も手のひらに零れてくる。
だがどれも果物として食す葡萄とは比べようもなく小振りで、初めて見る珍しい植物に、驚き感心する。
思わず一粒口にすると、口全体に野性味溢れる濃厚な味が広がった。果実として口にする葡萄とは、違う薫りに怪訝な表情が浮かんでいたのだろう。
「このまま食べることもできるが、やはり栽培された物とは趣向が違うからね。折角だから酒に漬けて味わうと滋養にも良いと薦められたよ」
そう説明する彼に、なるほどそうした方が良いかもしれないと頷いた。
「それに酒に漬けると重篤患者もそれを飲めば踊りあがるくらいの効き目になるらしいぞ」
タキ殿の言葉にホウアン医師は苦笑されておられたがな。
悪戯っぽく付け加え、笑う恋人に笑みを返した。
「何はともあれ珍しい物をありがたい。今日はここらへんで仕事を切って、この山葡萄酒を味わうことにするか」
「待て待て、気が早いぞマイクロトフ」
早速、と席を立とうとするのを押し留めて、カミューは含み笑いを漏らす。
「すぐには飲めないんだ。なんでも赤葡萄酒に漬けて三ヶ月くらい待たなければならないらしい」
そう肩をすくめる彼の表情と、手にした袋を思わず見比べてしまう。
少々気落ちした表情になっていたのか、
「折角だから今から漬けておけばいいさ。善は急げというしな」
慰めるようにそう恋人は声を掛けた。
確かにいつどんな急時でこののんびりとした時間が破られるか分からない。時間がとれるうちに、できることをしておく方が賢明である。
その言葉に同意し、気を取り直したマイクロトフは棚に並ぶ酒瓶を物色しはじめた。
ロックアックス時代とは打って変わって侘びしい感もある酒棚では、さして労もなく使う酒も決まる。
使いを頼んでいたカミューが、アレックスの道具屋から戻る頃にはマイクロトフは実をすべて洗い、水気も切っていた。
「道具屋には置いてなかったが、ヒルダ殿がジャムに使った瓶を貸して下さった」
「それはありがたい」
洗った山葡萄を入れ新しい赤葡萄酒を注ぐと、コルクの蓋をしっかりと閉めと蝋と蝋紙で口を固める。
「三ヶ月後…ということは年明け頃か」
できあがった山葡萄酒の瓶は、綺麗な赤に黒い粒が微かに底に沈んでいる。
「そうだな。年始の慶賀の祝献にでもあけるか」
「それは気が早過ぎるのではないか。しっかりと味が馴染んでからが良いだろう。…そうだな、この地はロックアックスより春の訪れが早いという。中庭の樹が一つ花をつけたらその時飲むというのはどうだろう」
それまでに封を切らねばならぬ、事態が起きなければ良いが。
気休め程度の役にしかならないであろう葡萄酒をあけるほどの事態はあまり想像したいものではなかった。
だがそんな彼の想像も知らず。
「それもいいな」
まだ遠い先の春の訪ないを思い浮かべたのか、遥を見る眼差しで恋人は頷く。
その姿に、マイクロトフは小さく頭を振った。
あまりに穏やかな部屋の空気にそぐわない、それは杞憂というものだった。
「その時は二人で一緒に飲もう、春を迎える迎え酒として。…それまではレオナ殿の酒場でゆっくりと待つというのはどうだ」
その提案に恋人は微笑し同意を見せる。
「ついでに先にテツ殿のところで湯をもらって、汗を流したいな」
つきあってくれるかい、楽しそうに尋ねる彼に頷いた。
部屋の戸を閉じる前に振り返ると、窓から差し込む夕焼けの赤橙色がすべてを支配している。
世界を彩る同じ色に樹の葉が染まる、それは秋の隙間の小さな夕刻のことだった。



 

Fruit of Fall
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MODELED BY GENSOUSUIKODEN2/MIKLOTOV&CAMUS
LYRIC BY AYA MASHIRO/20011022/Fin




Blue & Red * Simplism