休日の昼下がり、馬厩に用事があると出かけたマイクロトフを訪ね城庭を歩いていたカミューは珍しい人物をみかけた。
「テンプルトン殿、こんな所でお会いするとは珍しいですね」
「あぁ、カミューさん。せっかくの休みの日だから外で陽にあたってきなさいって、エミリアさんに図書館から追い出されたんです。ま、今日は図書館もお休みだからいいんですけどね。ところでカミューさんはどこへ?」
「マイクロトフが馬の様子を見に行ったので、そちらまで行こうかと思ったのですが」
「じゃあ、誘ったら悪いのかな、コレ」
そう言って持ち上げて見せた袋にカミューは顔を綻ばせる。
楠の大木の根元に座っている彼の周りには人馴れしているリスが数匹、袋の中の豆類を待っているようだ。
どうせマイクロトフも馬厩での用が済むとここを通る事になるのだから、それまでここでリス達と戯れているのも良いかもしれない。
日頃息つく間もない激務をこなしているカミューにとって、日溜りの中に座ってのんびりと過ごす時間はたまらない誘惑だった。基本的にのんびり過ごすのが好きな性質なのだ。
「では折角ですから、お邪魔させていただきましょうか」
柔らかい芝生の上に腰を下ろし、袋の中の豆をとりだす。
いきなり現れた新しい人物に、最初は様子をうかがうように少し離れた所から餌を待っていたリスたちも、やがて馴れたようで至近距離までやってきた。
大胆なものになると樹の幹を伝って、幹に背を預けているカミューの肩の辺りまで餌を催促しにくるリスもいる。
「ずいぶん馴れてるもんだ」
「よっぽどお腹がすいていたのかな。最近戦続きで休みの日なんかなかったから餌貰いはぐれてたんでしょう。あぁ、そうだ。そういえば人間用の餌ももらってきてるんですよ、食べませんか」
「ずいぶん準備が良いですね」
大きな包みの中から出てきた山のようなサンドイッチに眼を丸くする。
「エミリアさんに全部持たされたんですよ。図書館の整理をするから出ててくれと言われたので、じゃあ少し城外を散歩してくると言ったら、コレ、一式渡されて絶対に出るなと釘をさされてしまいました。これ全部食べて昼寝でもしておけ、だそうです。よっぽど信頼無いのかなぁ」
そうぼやくように言うこの少年。地図職人だけあって、実務を兼ねた野歩きを趣味とする。ここの野歩きとは文字通り何もない野原から、人里遠く離れた森の奥まで広範囲に含まれているわけで。彼の言う散歩が常人の言うところの散歩とは大きくかけ離れたものになることは、容易に推察できることだった。
だから彼の性癖を知っているカミューは苦笑するだけに留め、目の前に差し出された大きなサンドイッチに手を伸ばした。
「頂きます」



□■




保温瓶にいれられた紅茶もついでもらい、少年が行ったことのあるという遠方の地の話に花を咲かせていると、背後から声がかかった。
「あー、いいな、二人とも何してるの?」
見上げるとリーダーの少年とその義姉が覗きこんでいた。休日の為か、いつもは何処かしら張り詰めたものを感じさせる少年の雰囲気が寛いだものになっている。
「シュエ殿にナナミ殿。テンプルトン殿とリスに餌をやりがてらお茶をしているのですが、御一緒されませんか」
「うわー!リスに餌やってみたかったんだ!」
ウキウキとした様子のナナミに袋をわたす。
「シュエはこっち食べたら」
「ありがとう」
テンプルトンが差し出したサンドイッチにリーダーの少年はにっこり笑った。
「ナナミも食べなよ」
「紅茶もいかがですか」
「ん、…よっしコレでおっ終いっと」
ひとしきりリスに餌をやり終わったナナミに声をかけると、袋を逆さにふってみせ、残っていた豆をすべて芝生にまくとそこに群がるリスたちに少女は目を細めた。
「たくさん食べるんだよ〜」
嬉しそうに小動物に語りかける姿はとても幸せそうで、見ているものまで笑みを誘われる。
「ナナミ殿は動物がお好きですか?」
「うん、動物は皆大好き。カミューさんは?」
紅茶を受け取りながらそう答えるナナミに、首を傾げる。
「そうですね、身近にいる動物といったら馬くらいなものですが、愛玩動物も飼ってみたいですね」
「あ、なんかカミューさんだったら猫なんか似合いそう」
「そうですか?猫を実際に飼っていたのはマイクロトフでしたよ」
「えー想像つかない!マイクロトフさんだったら猟犬なんか飼ってそうだけどな」
「正確に言うと飼っていたのは彼の母君でしたけどね」
眼を見張って驚く少女にさもありなんと納得してしまう。見た目とは裏腹に小動物を可愛がるような優しさも持ち合わせている男なのだが、日頃あまり交流のない少女などからすると想像範囲外なのだろう。
「私は飼うんだったら犬が良いな、テンプルトンは?」
「犬。散歩に連れて行けるし、ある程度は身の守りにはなるだろうからね」
即答した少年の回答のらしさに苦笑してしまう。彼くらいの歳の少年だったらもう少し感覚重視でよいとも思うのだが、あくまでも自分の仕事と切り離して考える事のない思考回路はさすが職人と言うべきか。
「シュエ殿は犬と猫、どちらがお好きですか」
「飼えるんだったら犬でも猫でもいいけど。でも猫だったら…飼ってみたいというよりも…猫になりたいよね」
「そうですね、こんな良い天気の日に猫になって日溜りで昼寝したら気持ちいでしょうね」
「あー、シュエ眠そう」
「そうかな」
照れたような困ったような顔をする少年は、とてもあどけないもので。
本来ならばまだ誰かに守られて然るべき齢、相応の顔になった主君にカミューは言いようのない優しい気持ちになった。
「眠たいんだったら猫になってもいいですよ」
そう言ってそっと小さな頭を引き寄せると、驚いたように身を震わせてしかし大人しく頭を預けてきた。
余程眠かったのだろう、やがてすぐに聞こえてきた寝息に皆で顔を合わせ微笑しあう。
「ま、昼寝日和だよね」
そう言腹這いになったテンプルトンが頬をつついても、穏やかな寝息が乱れることがない。
「ナナミ殿も眠くないですか」
「シュエが寝てるのみたら眠くなっちゃった」
小声でそう答えた少女ににっこり笑って、反対側の膝を指差す。
「でも二人ものったら重くない?」
「大丈夫ですよ」
こんなに小さな頭など、普段膝を占領している大男の頭に比べれば軽いものだ。
「あのね、私ずっとカミューさんみたいなお兄さん欲しかったんだ」
おずおずと頭を預けてきた少女がそっと呟いた言葉に、カミューは手を止めた。
同盟軍のリーダーとしての重責を負わされた少年と義姉には、真の意味で庇護者になるべき大人の存在がいない。
もちろんリーダーである少年を慕って大勢の人間が集い、大事に扱ってくれる周囲の大人には事欠かないが、個人的な関心を向け無条件に愛してくれる家族のような年長者はいないのだ。
一人でリーダーとなった弟を支えるこの少女が自分を庇護してくれる年長者に憧れるのは当然のことで、その気持ちには自分自身覚えのあるものだ。
そう考えるうちにマイクロトフに対するのとも違う、この柔らかな感情に名状がつけられたような気がして。
無条件な信頼を寄せてくる二人の頭を撫でながらカミューはひっそりと微笑んだ。



□■




「おい、あれ」
仕事中毒症の軍師に言われて、にわか城内捜索隊と化したビクトールとハンフリーがその光景に気がついたのは探し始めて半刻を過ぎたころだった。
道場へ向かう道の傍らの大木の下。ビクトールが指差した先には彼らの探していたリーダーである少年の姿があった。
そっと近づくと、思ったとおり。
「あーあ、幸せそうに寝ちゃってまぁ…」
猫を思わせる体形でまるまっている少年は、義姉とともに暖かな日溜りの中でお昼寝中だった。
そしてその膝を貸している青年騎士団長の片割れはというと、こちらも普段部下である騎士団員たちに見せる、威厳の欠片も感じられない幼げな寝顔だ。
地図職人の少年までもが、いつも被っている帽子を傍らに転がして芝生の上で熟睡している。
「平和だな」
思わずと言った風に呟いた無口な大男の言葉に、ビクトールは苦笑すると、
「そうだな。ま、折角の休みだそっとしておいてやるか」
見つからなかったとでも言えばなんとかなるだろう。そう肩をすくめると、何も見なかったことにしてその場を立ち去ることにした。

そんな事も知らず。
日溜りの中で昼寝をしている彼らはとても幸せそうで。
偶然通りかかってその光景を見る僥倖にあずかった人々は自然に微笑みに誘われることになった。
やがて通りかかったマイクロトフがどうにか相方の機嫌を損ねぬよう起こすのに腐心することになるのだが、それはまた別の話。



穏やかな東風の吹く大木の木陰。
何事もない極普通の昼下がり。






20000208/Fin

MODELED BY CAMUS&MIKLOTOV / GENNSOUSUIKODEN 2
LYRIC BY AYA MASHIRO




Blue & Red * Simplism