Melty Kiss






彼は本当に美味しそうに甘い物を食べる。
甘いものが大の苦手な自分には信じられないような糖度の高い食物を、平気で口にする。
しかもとても幸せそうに。
甘いものが好きな男なんて軟弱な、などと思っていた頃もあったが、彼が甘いものに眼がない事を知ってそんな事を思わなくなってしまった。
もちろん、だからといって食べてみようなどとは思わないのだが。
でも、目の前で幸せそうな満面の笑みで食べられると、美味しいのだろうかとふと思う事もあったりするわけで。
だから見るからに甘そうなチョコレートを摘まみながら、机の上の大量のチョコレートを嬉しそうに選別している恋人に、マイクロトフは訊ねてみた。
「カミュー、それ全部食べるのか?」
「もちろんその気だけど?」
何故いきなりそんな事を?と言いたげな瞳に曖昧な返事をする。
「いや、…一人でそんなに食べたら歯を痛めるのではないかと思っただけだ」
「じゃあ、マイクロトフが手伝ってくれるかい?」
嬉しそうに訊かれて返答に困る。

今日は招龍月の14日。
この日、異国では好きな異性にチョコレートを贈る習慣があるとか、はたまた友人同士でカードを贈り合う習慣があるとか、ここ数日様々な情報が行き交い、城内は何時ものことながら熱気に包まれていた。少女達から成るチョコレート派と、男性陣(特に貰える当てのない者)のカード派で論争が続いていたのだが、結局は少女たちの役割モデルと化しているエミリアの鶴の一声で、少女達が全員にチョコレートを贈るという事で決着がついたのだ。
しかしそれを聞いた元騎士団員達もなぜかこぞって自団の団長達にチョコレートを贈りたがり、かくして二人の部屋の机はチョコレートの山に埋め尽くされる事となった。

「本当はね、このチョコレートの半分はお前の責任なんだよ。甘いものは嫌いだと思っていたから私が一年計画で片付けようと思っていたんだけど、食べてもいいって言うんだったら半分の権利をお前に返すよ?」
別に食べたくて言った訳ではないのだが。
「カミューが食べさせてくれるのなら食べても良い」
駄目元で言ってみると、意外にも快諾される。
「それはもちろん構わないけどね」
そういうと楽しげに山を掻き分け、
「これなんかどうだろう、熊の形していて可愛いだろう?」
「こんなものどうやって作ったんだ?」
「木の型があってそこに流し込むらしいよ、…はい、あーんして」
そう言って口の中に放りこまれ、マイクロトフは渋い顔をした。
「甘かったかい?」
口の中一杯にねっとりと広がるチョコレートの味。やけに甘ったるいそれに、凄い形相をしていたらしい。
じっと見守っていたカミューが耐え切れないといった風に肩を震わせる。
「これはこの城の女性陣からのチョコレートなんだが、ミルク入りはさすがにきつかったか」
「………食べさせてくれるって言わなかったか?」
恨めしげな眼をしているのだろうと自分でも分かる、据わった眼で見つめると、
「何を子供みたいなこと言ってるんだか」
上機嫌な顔でぽんぽんと頭をはたかれる。
こういう関係になって気がついた事だがこの恋人、自分が年上の立場を確認できる局面を思いの他気に入っているらしい。そういう所が可愛いんだよな、と思うだけに留めしかめっ面をしつづけて見せる。
「仕方ないな」
肩をすくめると、カミューは山積になっている袋の山から平べったい箱を取り出した。
「これなら大丈夫だよ、ビターチョコレートだからね。そんなに甘くないはずさ」
差し出された薄い欠片を摘み差し出してきた。
「はい、口を開けてごらん」
「……カミューが先に味見してくれ」
「味見なんかしなくても、大丈夫だよ。まぁ、いいけど」
そう言うと形の良い唇にカミューは茶色い塊を含んだ。

白い喉を嚥下する動きを辿るように指をはわすと、そっとその唇を塞ぐ。
閉じられた口唇を突つき、柔らかい口内に侵入し 舌を絡ませると甘いチョコレートの味がした。
しかしその味もさっきよりは不快ではない。
むしろ心地よいものに感じられ、いつもよりも長い時間その唇を味わった。
「ほら、甘くなかっただろ」
うっとりと閉じられていた長い睫毛を上げ、微笑むカミューの髪をそっと撫でる。
「チョコレートの味はそんなでもなかったな。でもカミューの唇のおかげで十分甘くて初めてチョコレートを食べて美味しいと思ったぞ」
そう告げると嬉しそうに破顔した。
「よかった、わざわざハイ・ヨー殿に頼んであまり甘くないチョコレートを作ってもらったんだよ」
「頼んで…ということはカミューが?」
「そう。大変だったんだからな、目立たないようにこっそり作ってもらうの」
だからちゃんと最期まで食べるように。
そうにっこり笑った恋人の命令に不服などある訳もなく。
「カミューが食べさせてくれて、ついでに後で口直ししてくれるのなら全部食べるさ」
そう囁くと、思ったより美味しく感じた茶色い塊の続きをねだった。



20000214/Fin

MODELED BY CAMUS&MIKLOTOV / GENNSOUSUIKODEN 2
LYRIC BY AYA MASHIRO




Blue & Red * Simplism