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SWAY

「お前、当分戦闘時には私の近くに寄るな」
 柔らかな髪がふと揺れて、後ろ姿の親友はそう呟いた。
 自分に向かって言った、と言うよりは独り言の様だった。誰にともなく落とされた言葉はしかし、確かに自分に向けられたはずのもので――――マイクロトフは思わず眉をしかめる。
「俺が邪魔なのか」
「ある意味邪魔だ。自分の『今』を良く見てから言え」
 振り返らない親友は、今度こそ自分に向かってそう言い放った。
 
 
 
 言われるまでもなく、今の自分の情けない姿は自覚している。
 広いとは言えない寝台の上で、上半身を起している自分のシャツの下には巻き付けられた白い包帯。今変えたばかりのそれだが、さっきまでは汚れ、血が滲んでいた。
 レベルアップの出先で魔物の襲撃に会い、終盤にカミューの前に出た。攻撃を受け膝を着いた彼を見た瞬間、身体は弾かれる様に突き出ていた。
 本来なら黙って受ける様な真似はしない。出来うる限り剣や鎧で受け大した怪我など負うはずがない。しかし受け切れないと知った時、最後に上げる楯は自分の身体。自分の命ごとそれを出す事に、躊躇った事などなかった。
 自分の身に宿る紋章は自分の心に顕著なまでに反応する。彼を傷付けようとする魔物に、向かう勇気を与えてくれるのはいつもそれだった。
 そんな中で唯一自分を苦しめるのは、敵の攻撃や怪我の痛みではなく、得物を受け倒れる瞬間に見る親友の琥珀の瞳。責める様な哀しむ様な一瞬の瞳の揺らぎは、彼の透明な石の奥に強い悲哀を伝えてきた。
 悪い、と思う。瞬時に心の中で謝ってみる。
 しかしいつも意志は伝わる事のないまま、カミューの手が自分を受け止め、喩えようもない罪悪感に駆られる。
 そうしてようようそれを伝える事の出来る段階になると、カミューはあの瞬間の哀しみを綺麗に隠して微笑んでくるのだ。
 
 ――――仕方のない奴だ。私がそんなに頼り無く見えるのか?
 
 苦笑する彼に、謝る以外の何も出来なかった。
 
 
 
 今日も同じ様に同じ事を繰り返した。
 いつも通りの答えが返るものと思っていた。
 
『すまなかった。カミュー』
 
 なのに答えはまっすぐには戻らなかった。
 
『お前、当分戦闘時には私の近くに寄るな』
 
 突き放された様な感覚だった――――
 
 
 
「……カミュー。悪いとは思ってる。お前を信用していない訳じゃないんだ。しかし身体が動くのは反射なんだ。許してくれ。怪我などしないと……」
「聞き飽きたよ、マイクロトフ。信用するには限度の回数だ」
 美貌の親友は、その整った顔を崩す事なく振り返った。
 これはもう『怒っている』などというレベルではない。何と言えば良いのか――――見放しているといった雰囲気だ。
 それは怒られるよりも恐ろしい事だった。誰より大切な、最愛の相手に見限られる事程怖い事はない。
 情けないとも思うが、それ以上に彼に対する執着の方が強いのだ。冷めた表情の親友にマイクロトフは身を乗り出す。
「カミュー! 俺は……!」
「動くな! マイクロトフ!」
 突然の叱咤に、マイクロトフは動きを封じられた。
 寝台から飛び起きそうだった勢いの身体を、存外柔らかにカミューの手が押し返す。
 優しい、手。
 マイクロトフはその奇妙なずれに訝んだ。
 カミューの顔は相変わらず冷めているが、視線までが冷たい訳ではない。よくその顔を覗き込むと、カミューの気配が何処かいつもと違う事に気付く。
 寂しそうな、気配――――
 彼は表情を消したのではなく表情を作れないのだと、マイクロトフはようやく気が付いた。
「――――カミュー?」
「……動くな、傷に触る。いくら紋章の力が及んでも、安定するまで無理はするな」
 さっきの激昂を孕んだ声は消え、震える銀鈴の様な声が落ちた。
 カミューの静かな気に押され、マイクロトフは上がりかけた身体を寝台に戻す。大きな枕とクッションに背中を落ち着けると、カミューの眉がほんの少し歪んだ。
 複雑な心境は表情からそれを読ませてくれない。困った様に眉根を寄せるマイクロトフに、カミューは大きく息を吐く。
「お前は……酷い奴だよ、マイクロトフ」
「……え?」
「何度私の心臓を止めかけたら気が済む?」
 マイクロトフの身体を押していた手を放し、長い指がくっと握られた。
「……お前の気性は充分理解してるよ。嬉しいとも有り難いとも思う。でも同時に迷惑なんだ」
「カミュー……」
「身代わりなんて頭の中で思っている程崇高なものじゃない。庇われた人間にとっては――――酷い拷問だ」
「崇高だと思っている訳じゃない! 俺は……」
「分ってるよ。だから嬉しくもあるんだ。しかしな――――マイクロトフ。お前の血を見る度に私がどんな思いをしてるか分かるか?」
「……っ」
「何度恐怖の中に突き落とされたか、お前は知らないだろう。あんまりだ――――お前はいつでも簡単に私との約束を破る気でいる」
「やくそく……?」
「私を看取ってくれると約束した。あれは嘘なのか?」
 細められる目に、マイクロトフの胸がきゅっと締め付けられた。
 
 もう二度と大切な誰かを見送るのは嫌だと、そのまま何処かへ行きそうだった親友――――それを繋ぎ止めたくて、剣と誇りに誓い、約束した。
 
『お前より先には逝かない。お前は俺が看取ってやる』
 
 彼はそうして自分の傍らに居てくれた――――
 
 それを破るつもりはない。偽りの誓いをした訳でもない。彼より先に逝く気はない。しかし――――
「こんな思いを何度もさせられたら、もう信じられないよ。マイクロトフ――――」
 彼の哀しみが、胸を突いた。
 謝るのも無意味だろう。言葉などでは証明出来ない。かといって身体が止まる訳でもない。彼より先には死なないが、彼を死なせるのも嫌なのだから。
 口下手な自分にどう言えようか。こんな複雑な二律背反をどう説明すれば良いのか。
 悲しそうな顔だって本当はさせたくない。なのに、追い詰めるのはいつも自分で――――
「だから。近寄るな。私の身代わりなんて、もう見たくない」
 伏せられる顔に、マイクロトフは思わず彼の腕を掴んでいた。
 
 思う様引っ張り、予期せぬ事にカミューの身体はマイクロトフの上に落ちる様に重なる。
「っ――――マイクロトフ!」
 ずきん、と傷が痛んだが、それより痛む胸のささくれに、マイクロトフはカミューをぎゅっと抱き締めた。
 自分の鼓動の音と同時にカミューの鼓動、そして傷の痛みのうねりが重なる。血の脈動に沿うそれは熱く、触れ合った場所から解け合っていく様な錯覚を覚える。
 カミューは抵抗しない。傷に触ると加減しているのか。されるがままに腕の中に収まり、静かに呼吸を落としている。
 表情を見るのが何となく怖い気もした。怒っているのだろうか、哀しんでいるのか――――
 どうせなら怒られた方が良い。マイクロトフは彼を抱え直し、自分の足の上に座らせた。
 向き合う顔に、カミューは眉をひそめた。困った様な感情と共にわずかに見える怒りの感情。哀しまれるよりましだとマイクロトフの顔が苦い笑みを浮かべる。それをどうとったのか、カミューは目を背けた。伏せられた目が銀の色を帯び、マイクロトフの胸を再び揺らす。
「……カミュー。俺は約束は守る」
「信じられないよ。もう――――」
「俺がお前を裏切る事など、ない」
「裏切られたって構いはしない。でも、お前を軽蔑するのは嫌なんだ」
「信じられないのか?」
「どうやって、信じれば良いんだ――――?」
 無理矢理正面を向かせた顔から、ぽつり、と雫がこぼれ落ちた。その水滴のもたらす振動が、マイクロトフの身体の芯を共鳴で揺らした様だった。
 思わずかき抱いた身体は、かすかに熱を帯びて震えていた。その熱に、マイクロトフはカミューも怪我を負っていた事を思い出す。
「――――カミュー。お前、手当は?」
 身体を放し両腕を掴んだまま問うと、親友は曖昧な笑みを漏らした。
 思わず裂く様な勢いで上着を開ければ、下に着ていた白いシャツに見える赤い、染み。
「カミュー!」
「驚いたか? これがいつも私が感じている思いだ」
「何を馬鹿な事を――――! 脱げ! 手当を……!」
「あらかた紋章で塞がってる。熱はそのせいだ。お前程の怪我じゃないしな」
 笑うカミューに、マイクロトフはぎゅっと腕を掴みその胸に顔を埋めた。
 そっとカミューの手がマイクロトフの頭を撫でる。あくまで優しい感触にマイクロトフは責め立てられる。
 どう伝えれば良いのか分からない。どうしたらこの思いが伝わるのか――――
 
「……すまない。困らせるつもりはなかったんだ」
「……カミュー」
「子供みたいに、ただ怖いだけなんだ。それだけなんだ――――」
 
 顔を上げたそこには、カミューの悲しそうな笑顔があった。
 
 
 
 口下手な自分は多くを語れないが、溜め込んでしまう親友は多くを『語らない』。思いの全てを伝えて欲しいのに、彼は必要以上を語らない。
「カミュー――――俺はお前よりは先に死なない」
「信じられない……のは、私の弱さだ」
「違う――――俺はいつだって自分が死ぬなんて思った事はない」
「それは酷い思い込みだよ、マイクロトフ。死程平等なものはないさ」
「それでも――――俺はお前より先に死ぬはずがない」
「やれやれ……何処から来るんだ? その自信は」
「お前がいるからだ――――」
 
 落とす言葉に、カミューはふっと表情を崩した。
 
 掴んだ腕に感じる彼の熱。確かに存在するそれに、マイクロトフは胸の中の飽和した言葉を繋ぎあわせる。
 この力の中に彼は感じてくれるだろうか。繋ぎ合わせた言葉は、そのまま力となって彼を拘束する。
 
「お前との約束を果たすために俺は死なない。お前を裏切る事があってはいけないと思うから俺は死なない。お前が俺の最大の枷だ。どんなに死神が俺の上に鎌を振り上げようとも、俺はお前が生きている限りその下をかいくぐって戻ってくる。カミュー――――お前が俺の命だ。俺の生きる目標なんだ」
 
 両手を取って呟く言葉に――――カミューの目が見開いた。
 
 
 
 硬質な琥珀の瞳は、時に熱で溶かされた黄金の様に滑らかで、また時にはその甘さを伝える蜂蜜の色に変化する。
 その僅かな変化が喩えようもなく心を絡め取る。この瞳を見るために自分の目は開くのだと思える程に。だから自分は生きているのだと思う程に。
「……勝手な言い種だな」
「すまん……俺は言葉遣いが下手だから……しかし……」
「最高に憎たらしいくらい上手いよ。お前の言葉は」
「……え?」
「丸め込まれる自分が、情けない――――」
 いつも通りの困った様な笑みが、マイクロトフを見返した。
 ふわりと上げられた手に微かな熱の余韻が宙に揺らぐ。その体熱を孕んだ空気に、マイクロトフは甘やかな気配を感じ取る。
 軽く触れる唇同士が妙にくすぐったい感じがした。強く合わせるのも躊躇われた。そうして再び見えた黄金の瞳に、マイクロトフはふと、目を閉じた。
 彼の醸し出す熱が、自分を守る力の様に、思えた――――
 
 
 
 
 
 
「馬鹿。抱き締めたりするからまた血が滲んでる」
「え? ああ。胸から腹の皮は薄いから……」
「腹筋で止めてるあたりがお前だけどね。シャツがよごれない内にもう一度止血しなおそう」
 足の上に乗ったままのカミューの手がふいと伸び、マイクロトフのシャツの釦を簡単に外していった。
 空気に晒される肌が、ふと妙な感覚を伝える。釦を外すと言う行為は何処か気恥ずかしいものだ。つい目を背けるマイクロトフに、カミューは首を傾げる。
「……どうした?」
「いや……何となく、変な感じがしてな……」
「変? いつもお前が私にしてる事だろう? 役割が逆になった様で落ち着かないのか?」
「カミュー!」
「馬鹿――――レディなら兎も角、私がお前みたいなごつい男を抱けるか。変な想像をするな」
 開かれた前に、マイクロトフはつい視線を上に向けた。
 ふと、止まる気配。言葉の消えた空間に、マイクロトフは不思議に思い視線を戻す。
 じっと自分の包帯を見つめるカミュー。その白い長い指がそれに触れ、そっと滲んだ血を指先に付ける。
「……カミュー」
「私が……お前の命だと、言ったな」
「あ……ああ?」
「なら、私の命もお前に預けてやる。せいぜい、大切にしろ」
 言いながらそっとカミューが屈み込む。包帯を免れた露出した腹部に、柔らかな感触が押し付けられた。
 鍛えられた硬い腹筋に小さなくすぐったさを感じ、マイクロトフは片目を瞑る。ちゅっと小さな音が聞こえ、カミューは顔を上げる。
「私の祝福は皆お前にやる。忘れるな――――お前が死んだら、私も死ぬんだぞ?」
 にやり――――と不敵に笑う親友――――否、生涯の恋人は、反論など許さぬ口調でそう言った。
 その大天使の微笑みにマイクロトフは手を伸ばす。腰を引き寄せ重なる唇に、新しい誓いを注ぎ込む。
 熱い呼気が生の証に思えた。目眩のする様な力強さに、どんな不安も掻き消えていく。
「……こら。手当すると言ったろう?」
「服を汚さなければ良いんだろう?」
「お互い怪我人なんだがな?」
「混じり合ってしまえば良い――――」
 お互いの血も、肉も。
 シャツを脱ぎ捨て、乾いた肌が重なる。包帯の感触がする違和感も、さして自分を止める力にはなり得なかった。
 
 
 
 選びだした唯一無二の相手に誓う。
 
 貴方が、自分の生きる意味。
 この身の祝福を、全て貴方に。
 
 矛盾を含んだままの誓いが、不条理な確信を帯びてそこに立つ。静かな空気が流れ、やけに神聖な空気が教会のそれを思わせた。
 肌寒い空気の中に、一筋の熱い空気を立ちのぼらせる。
 シーツから滑り落ちた二枚のシャツが、柔らかな音を立てて床の上に絡み、落ちた。


ましろあやさま
 ……こんなんで、お題クリアで良いでしょうか?(汗)お題を頂いた瞬間「一歩間違うとエ◯……間違えちゃいかん!」と奮い立った私です(笑)。
 サイト開設初期の頃に踏んでいただいたものだったので、サイト開設の時のスローガン『色っぽい赤、かっこいい青』をひたすら目指しました。出来は……判断はお任せします(汗)
 仄暗い話ですいませんでした〜!


結城那州さま
 まったくもってクリア&感激でございますっ!想像した通り、感涙ものなお話にむせび泣いてしまいました(←いや、むしろほくそえんで、邪笑いを漏らし周囲から恐れられたと言うのが正解。)
結城さまの赤さんの色っぽさにメロメロな私…。素敵な赤さんをありがとうございます〜!
下心ありまくりの非道なリクエストを、あせった顔をしつつ受けてくださって嬉しかったですv本当にありがとうございましたv

Simplism *  naked