天使の買い物
「絶対そっちの方がいい、それにしろ」
こんな小さくて古ぼけた茶屋にはそぐわぬ涼やかな声に、彼女は顔を上げた。
耳に覚えのある、甘く張りのある男性の声は、たまにこの店にやってくる青年のもの。彼女の知りうる限りの中で最も美しく整った人の姿が、やはりそこにはあった。
少し歪んだ古い硝子越しの冬の日差しに淡く光る黄金の髪。神秘的な緑碧色の瞳。すっと通った鼻梁の角度も、薄く容の良い唇も、まさに完璧の一言に尽き、きっと神様が美しいものを集めて作ったらこんな人になるのだろう、と姿を見るたびに感心してしまうその彼だ。
いつもは一人でやってくるのだが、今日は珍しく連れがいる。
「確かに女性が好みそうな包装だし、冬らしいものだな」
金髪の彼より少しだけ背が高い黒髪の男は、砕けた口調からすると友人のようだ。意志の強そうな凛々しい印象に眼を奪われるが、よく見ると顔立ちは整っている。金髪の彼と並び立っても見劣りしないくらいだからかなりのものだろう。
「だが、茶葉タイプの方が良くないか? お前はいつも茶葉を使っているだろう?」
「私は茶葉から入れる方が好きだけど、贈答品は相手に負担をかけない形のほうがいいんだよ。ティーバックだったらお湯さえあれば楽しめるだろう」
「確かにな」
並び立ち新作の紅茶セットを手にとり矯めつ眇めつする二人の様子は、さほど広くない店内でとても目立つ。女性客が皆、こっそり視線を向け、聞き耳を立てている様子が窺え、彼女は微笑を押し殺した。
黒髪の青年は決断したのだろう。個包装の紅茶を手にやってくる。会計をしようと受け取ると、長い手がひょいとカウンターの横にある同じセットの茶葉版をとり、それに加えた。
おやおや、とちょっとした予想に思わずちらりと金髪の彼に視線をやるが、その彼は離れた所で新作茶葉の香りを確かめている。だがきっと彼女の予想は当たっているのだろう。彼女の視線に気づいたらしい黒髪の青年は、照れたようなばつの悪そうな表情を見せた。
互いに素知らぬ顔で会計を済ますと、大股で友人の元に向かった黒髪の青年は、金髪の彼に無造作に紙袋の中の一つを渡した。
「私にかい?」
驚いたように眼を瞠り、次の瞬間、ふんわりと微笑んだ金髪の青年の笑顔はまさに天使のようなと形容できる美しい笑みだった。思わず息を飲むその美しさに、だが黒髪の青年は慣れているのか、驚いた風もなく会話を交わしている。
「一緒に飲もうかと思ってな。明日の朝にでもいれてやる」
「ということは今晩は泊まると言うわけだ。しかし泊まるのはいいけど・・・・・・」
そのまま二人が店を出て行くと、誰からともなくため息がもれた。見回すと、同じように驚きを表情に残した女性達の姿がある。「びっくりしたー・・・」という誰かの呟きは、そのまま皆の心情を表したものだろう。
「この時期に相応しい天使の笑みね。なんとも眼に麗しい贈り物だったわ」
常連の老婦人の言葉に、
「そうですね」
と深く同意すると、彼女は類稀なる思いがけぬ幸せに感謝し、そんな喜びをくれた彼らにも神の加護を願ったのだった。