Beaujolais nouveau
蝋燭の光に、深い血色の液体を翳す。グラスの底に少しだけ継がれた高貴な色のワインを少し揺らしてから、口に含んだ。感想を待ち焦がれる闇色の瞳がグラスの縁越しに視界に入って、ふつり、と笑みが零れる。
「…いい出来だ」
ほっと、表情を崩す親友の前に、空になったグラスを置いた。友人がおもむろに空になったグラスと、自分のグラスになみなみとワインを注ぐ。ことん、とワイン瓶が置かれたのを合図に、グラスを再び手に取った。
「何に?」
低い声で尋ねる親友に、片目を瞑って見せる。
「勿論、今年のボジョレーに」
神妙な顔で頷いた親友のグラスに軽くグラスを合わせる。クリスタルのグラスが合わさり、独特の澄んだ金属音が部屋に響いた。
「乾杯」
声を合わせて、再びワインを口に含んだ。舌の上で転がすと、ボジョレーにしてはしっかりしたボディに、若々しい酸味が混じり合い、独特の風味を醸し出す。悪くない、と心の中で呟く。
「…恵みの味だな」
神妙に呟いた親友に、思わず笑いが零れる。
「そうだね。今年も何事もなく実りが得られたことをデュナンの女神に感謝しなければね」
大地の女神のご機嫌が少しでも傾いて、雨が足りなくなり、あるいは風が強くなるだけでも、この豊かなワインを口に含むことは許されない。我々は神々の慈悲で生かされ、また楽しみを与えられている小さな存在にすぎない。
豊かなロックアックスで恵まれた人生を約束されてきた親友が、そういった大切なことを忘れないでいることを知り、改めてこの男を選んだのは間違いではなかったという感慨と共に、少し胸が熱くなる。もう一度ワインを喉に流し込むと、胃の上が同じように熱くなった。
「さて、女神の恵みはワイン以外にもある。冷めないうちに食べよう」
チキンの香草焼きとホワイトアスパラは、城下の知り合いの飲み屋の女将に包んでもらったものだ。女将が出来たてを何重にも紙で包んでくれたお陰で、まだ若干の温もりが残っているのがありがたい限りだ。城内の料理人がふるまう料理とは比較しようもない程簡易だが、この野性味溢れる料理こそ、デュナンの女神の恩恵を感謝する夜には相応しい気がした。
「…カミュー」
低い声で呼ばれて、チキンを切り分ける手を止めて顔を上げた。親友は闇色の瞳を何度か瞬かせて、意を決したようにグラスのワインを飲み干してから、グラスをテーブルに置いた。逡巡する様子を見せる彼の瞳を覗き込んで、無言で促す。
「…ありがとう」
何度か唇が空虚に動いた後、呟くように囁かれた言葉に、呆気にとられる。親友は照れたように笑って、少し早口で続けた。
「今年も、俺とボジョレーを楽しんでくれて、ありがとう。年に一回だけの大切な日をカミューと過ごせてうれしく思う」
ワインの所為か、あるいは口に出した言葉の所為か、頬を染めるマイクロトフに、一瞬どきりとして、その後笑みが零れた。
「こちらこそ」
ナイフを置いて、ワイングラスに添えられた親友の手にそっと触れる。大きな暖炉で暖められているとはいえ、冬の気配に包まれた部屋の中で、触れ合ったところだけが、とても温かかった。
「ありがとう、マイクロトフ」
来年もよろしく、と囁くと、親友は大きく頷いた。
■ 久しぶりの友人とヤフメをしていた時、女神の恩恵を堪能していた彼女がさらさらと書いてくれた作です。
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