『 元気な手紙どうもありがとう。 』 マイクロトフが酒場に入ると、彼は熱心に何かを読んでいるところだった。 「なにを読んでいるんだ、カミュー」 薄い紙片になにか彼の興味を引くようなことが書かれていたのかと、酒を頼んだ後に顔を寄せると、紙を差し出された。 「これは…」 思いがけぬ懐かしい文字に眼を見張って、彼の顔を思わず見返すと頷きが返る。 「そう、彼女からの手紙だよ」 便箋と封筒にに書かれている署名は、小さな頭文字で、中身にも具体的な固有名詞など何も書かれていない。何も知らない者が読めば、故郷を離れた少女が家族に宛てて日常を報告するような他愛のないものにしか取れない内容だが、彼ら二人にとってはかけがえのない便りだった。 共に旅している義弟と幼馴染の話。 珍しい土地の感想や、そして合間には少女らしい恋の悩みもさらりと書かれていたりする。 そのどれも彼女からの言葉だと思えば、限りない愛しさを感じるものだ。 トラン大戦終結後、マチルダ騎士団を再建させた二人が選んだのはカミューの故郷であるグラスランドを旅することだった。 気ままに旅する二人が定期的に立ち寄るのが、このカマロの街で、彼女からの手紙もこの街で毎回受け取っている。 初めてこのイニシャルだけの手紙を受け取ったときは、生死すら偽って自ら身を隠すように自分達の前から消えた彼女の生存を知って間もない時期だったからとても驚いたものだった。同盟軍での責のある地位を鑑みて ―― 彼らのためにも ―― 彼らと接触を持たないようにという軍師の言葉に迷ったものの、繰り返される謝罪の言葉に筆をとったのは、当時から彼女に甘かったカミューだった。 さりげなく書かれている彼らの行き先へ出した手紙に、半年後返事が返ってきて。 それからぽつりぽつりと交わされる書簡はもう数通にも及ぶ。 「それにしてもタイミングの良い方だな」 小さく笑う親友の表情に、今日の日付に思い当たったマイクロトフも小さく笑みを浮かべた。 「そうか、今日は二月の十四日か。…あの頃はチョコレートを頂いたな」 彼女の破壊的な料理の腕前を知っている周囲を戦々恐々とさせながら、それでも渡されたチョコレートの意外な美味しさに眼を見張ったのが昨日のようだ。 「懐かしいね。さすがにチョコレートというわけには行かないが、それでも手紙を送ってくださるあたりあの方らしい」 来年もあげるねというかわいらしい約束が果たされることはなかったが、それでもこの日に彼女の手紙を受け取れたのは、偶然でないと思いたい。 「返事を書かなくてはいけないね」 「そうだな…一ヶ月後に間に合うように出さないとな」 文面を考え出すカミューの横で、酒を受け取ったマイクロトフは店主にチョコレートを頼む。 顔を上げて見つめると、 「あの方の代わりにな」 そう照れくさそうに呟いたマイクロトフに、カミューは微笑んだ。 例え遠く離れて二度と会えなくても、受け取ったものは生き続けている。 皿に並べられた小さなチョコレートから、二人にはそれは確かに感じ取れるものだった。 |