時計は日付けがつい先ほど変更したことを告げている。 こんな時間に電話をかけてくる知り合いはそう多くない。 『もしもし ――――― 』 『もしもし、高槻さんですか。慎吾です』 電話口から聞こえてくるのは予想通りの相手だ。 『あぁ慎吾君。お久しぶり』 寝てましたか、と恐縮する声に、笑って構わないよ、と告げると、電話の向こうからほっとした雰囲気が伝わってくる。 『昨日チョコレート、届きました。わざわざありがとうございました』 『気に入ってもらえたかな』 『はい。初めて食べました、紅茶の味のするチョコレートなんて』 嬉しそうな弾む声から喜んでくれている気持ちが真っ直ぐに伝わってきて、高槻の顔も笑顔になった。初めて慎吾と会ったのは彼が16歳のときだったか、17歳のときだったか。小柄でやせた姿に高校生だと聞いて驚いたものだった。 ただの親友の義弟出終わるはずの彼の付き合いが、縁あって共に働くようになって。そしてはじめて知った可愛げな見かけによらぬほど頑固で一途な性格は、何年たっても変わらない。 愛すべき素直で真っ直ぐな性根と共に。 『買い物に出た時に目に付いてね。アールグレイ風味のチョコレートを見て慎吾君の顔が浮かんだから買ってみたんだ。美味しかった?』 所用で出かけたデパートで見かけたチョコレートを見て、思い出したのは富士見ホテルで出していたチョコレートと、紅茶だった。 忙しい日々に流され思い出さなかった、あの日々を思い出し懐かしい気持ちに包まれて。その時に自分と同じ位上手に紅茶を入れてくれていた慎吾にこのチョコレートを贈ることを思いついたのだ。 『とっても美味しかったです。…でも高槻さん、買うとき目立ちませんでしたか?』 絶対目立ってましたよ、きっと。 そうくすくす笑いを漏らした慎吾は、そういえば、と続ける。 『俺、気がつかなくてチョコレート準備してなくて、すみません』 『構わないよ、普通は準備しないものだよね。あぁ、でも兄貴にはあげなかったの?』 『あげませんよっ。貴奨はいろんな人からたくさんもらってるから。同僚とかお客さんとかから山ほどもらってたんですよ。あぁでもさっきチョコレート食べてる時に、誰からかって聞かれて高槻さんって答えたら面白くなさそうな顔してました」 言外にあげなくて良かったのかと問い掛けるような彼の後ろから、余計なことを言うな、と親友の声がした。 だってほんとのことじゃん。 そう電話の向こうで言い合う兄弟のやり取りに、笑いがこみ上げる。 『す、す、すみません、高槻さん』 電話向こうで慌てふためいたように謝ってくる慎吾に、 『いや、君達は本当に仲が良いんだね』 と返すと複雑そうな声が返った。 『芹沢が機嫌が悪かったのは、自分が君にチョコを渡してないのに、私が抜け駆けするように送ったからだよ』 あながち冗談でもなくそう続けるも、返ってくるのは力ない笑いばかりで。 いまだにかわらない二人の距離に内心の苦笑を押し隠し、 『何はともあれ、ホワイトデーのお返しを期待して良いのかな?』 尋ねた問いには嬉しそうな即答が返った。 2002年の2月の夜のことだった。 |