hot chocolate
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チョコレートの甘い匂いが部屋に充満している。
甘い甘いこの匂いは嫌いではない。むしろ好きなほうなのだが、まだその匂いを箱に封じ込めたままのものが一山も二山もあるとなると話は別だろう。
「どうした、藤代?」
じっと渋沢の今年の戦利品を眺めていた自分に気がついたのか、不思議そうに声をかけられる。
「いえ、こんなにたくさんチョコをもらって先輩は人気者だなって」
「人気者?」
不思議そうに尋ね返す彼に頷く。
「昨日たまたま風祭と話したんですけどね、チョコをもらう数は人気者のバローメーターなんだそうですよ」
季節柄バレンタインの話を口にした時に、意外にも将の口から出た言葉。
女の子にもてるか否かの観点しか持っていなかった自分に、それは新鮮な発想だった。
でもそう言われてみるともらったチョコレートの山ももっとうれしくなるような気がするから不思議だ。
「へぇ、…水野なんかはたくさんもらってそうだけどな」
「ああ、言ってました。でも先輩のほうがきっと多いですよ」
そうかな、とあっさり答える彼に、そうですよと頷く。
渋沢がもらうチョコレートの数は、校内でもダントツに多い。サッカーの名門武蔵森でキーパー件キャプテン、その上都代表キャプテンも務めている彼の元にはいろんな所からチョコレートが届く。
それはそうだろう。水野なんかより、先輩のほうが何倍も格好よくて、頼れて、みんなから慕われているのだから。
あのあくの強い代表メンバーをまとめられる存在など彼以外いない。彼の良さを分からない奴は眼が節穴なのだろう。
とはいえこんなに大勢から注目を集めているというのも、それでなんとなく面白くないのだが。
これは子供が感じる独占欲に近い。
強請って強請って、やっと買ってもらったおもちゃを、兄達に使われた時の気持ちに似ている。自分のおもちゃの所有権で感じる優越感と、取られてしまうのではないかと恐れる焦燥感。
誰よりも近い場所にいると自負している先輩との距離で感じる優越感と、いつかその場所を譲らなければいけないかもしれない、そう想像するときに感じる微かな焦燥感。
どちらもこの鍋の中のチョコレートと牛乳のように交じり合っているものだ。
ま、仕方ないよな。先輩は本当に格好良いんだから。
「ほらできたぞ」
そんなことを考えていると、あっという間にホットチョコレートが出来上がっていた。
慌ててマグカップを差し出すと、優しい茶色の液体が注ぎ込まれる。
「ん〜良い匂い」
たくさんもらったチョコレートを、そのまま食べていたら飽きると彼の前でごねてみたのは正解だった。
料理の得意な渋沢は、それならばとチョコレートを溶かして牛乳を入れてほっとチョコレートを作ってくれたのだ。持つべきものは料理上手な先輩。来週はチョコレートケーキを作ってくれるようにしっかり約束を取りつけている。
「あ、そうだ先輩。これ先輩のチョコをつかってますよね。それ先輩から俺にもらったチョコということで換算させてくださいね」
ふと思いついてそう言うと呆れたような眼を向けられた。
「なにいってるんだ、そんなことしなくても、お前も山のようにチョコレートもらってるじゃないか」
「んーでもいいじゃないですか、その代わり来週のケーキは俺の分のチョコレートを使って、俺から先輩への人気者の証に加えといてください」
今年は贈れなかったけど、来年はしっかり準備して自力で彼の人気者のバロメーターをあげてやるのだ。もちろんその暁には彼に自分の分も強請り倒すつもりなのだが。
そんな野望をにへらという笑みに隠してそう言うと、何も知らない渋沢は苦笑して分かったよと呟いた。






20020214/Fin
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MODELED BY FUJISHIRO&SHIBUSAWA / WHISTLE
LYRIC BY AYA MASHIRO






 *  Left Eye  *  Simplism  *