「…というわけでオスカーに視察に行ってもらった惑星γ‐kUは…、おや、ジュリアス来ていたのですか」 先月までの恒星群の成長を報告しようとジュリアスが女王謁見の間に訪れると、そこには先客がいた。 「ご機嫌麗しゅう女王陛下。…ルヴァ、そなたも来ていたのか。何か火急の用でもあったのか」 「いえ、まぁ…。ジュリアス、あなたこそお急ぎなのではないのですか?」 妙に歯切れの悪い返事を返すルヴァに用件を伝えると、 「続けてください、ルヴァ」 と女王が促し、ほっとしたようにルヴァは報告を再開し始めた。 本来ならば女王補佐官と守護聖の長であるジュリアスしか謁見できない女王に、在任期間が長いとはいえ一介の守護聖にしか過ぎないルヴァが直接報告に訪れているのには、とある原因がある。 そして妙に歯切れの悪いルヴァの返事もそれに関係している。 その原因は…端的に言えば女王補佐官だ。 とは言っても通常そのような報告を行うべき補佐官と女王との仲が悪いからではない。明るく素直で愛くるしい金髪の女王補佐官は、女王の大のお気に入りだ。むしろ公私にわたって手元に置きたがるほどの猫かわいがりに一部の守護聖から不満の声も上がっているほどなのである。 また能力的にと言えば、現女王とその座を争ったこともある彼女はその任に申し分のないほどの頭脳の持ち主だ。なんせ潜在的能力で言えば現女王より能力があるのではないかと噂されていたほどなのだ。 ではなぜその彼女が女王の座につかなかった、もとい、つけなかったというと…。 とろかったからである。 それはもう天然に。どうしようもない程に。 何をするにしても彼女の仕事はテンポが悪い。一つ一つの行動が丁寧なせいもあるが、それ自体で見ると他人にそう引けを取るというわけではない。しかし一貫した流れで見ると無駄な時間が多いのだ。 ルヴァの今日の報告をアンジェリークが取りに行くとしたら、まずルヴァの部屋へたどり着くまでに2,3人の守護聖につかまる。もちろん彼女に仕事を頼むものもいるが、中には仕事の息抜きに彼女と話をしようとする者、もっと酷い者になると職務をサボるのを誘う者までいる。 アンジェリークがその誘いに乗ることはないが、彼女はその一人一人に丁寧に相手をするのだ。 首尾良くルヴァの執務室にたどり着いたその帰りも同じようなことが起こるとなれば、下手をすると報告が女王の元に届くのはそれを受け取って軽く一時間後だ。 きっと今も彼女はがんばって仕事をしながらもどこかで油を売っているのだろう。 初めのうちはそれでもアンジェリークを立てる意味で、守護聖一同及び女王で必死に融通を利かせてきたのだ。しかしあまりの仕事の停滞ぶりに王立研究所主任がやんわりとクレームをつけてきた時、ついに新女王は守護聖に限り火急の報告は謁見を許す旨勅令を出した。こうなるとジュリアスが異議を挟む段階ではない。 しかしいつもいつもこのような状態では、火急でない用件でも慣例を曲げてでも直接女王に謁見したくなるのも無理もない。いくら火急の用ではないといえど職務に熱心な守護聖にとって、無為に仕事が滞るのなすがままにしておくのは忍びないことなのだ。 そういえば。 女王試験の時も彼女はテンポが遅かった。ロザリアが建物を十軒立てているうちにアンジェリークが建てたのはたったの三軒。要領良くとか効率的にとかにとかいう言葉とは縁遠い彼女に郷を煮やした守護聖達が自発的に力を送ってやったおかげで終盤でロザリアと競り合うほどにはなったが、自力で建てた建物は数えるほどだ。 しかし別に手を抜いているとかいうわけではない。それどころか一生懸命に他の人よりも頑張っているのが端から見ても良く分かるのだ。だから大勢の守護聖が彼女の為に影となり日向となり支えてきたのだが…。 もしかしたらそれが彼女の自立を阻む要因になったのだろうか。なんでも自分の力だけでせねばならないとなったら少しは彼女も学習能力というもので成長したかもしれない。 今更そのようなことで思い悩んでも仕方ないことでジュリアスが内心溜息をついていると、突如ものすごい悲鳴と水飛沫のような音が聞こえてきた。 報告途中だったルヴァもそしてそれを聞いていた女王も驚いたように顔を見合わせる。 「どうしたんでしょうかねぇ」 「この窓の外で物音がしたようだが…」 守護聖二人で窓を開け下を眺めると果たしてそこには補佐官と鋼の守護聖の姿があった 。ちなみに二人ともどんな訳か噴水の中に座りこんでいる。およそ執務時間中の守護聖と補佐官の本来居るべき所から程遠い所だ。 「あ〜大丈夫ですか〜二人とも〜」 「何をしているのだゼフェル!そなた執務中のはずであろう!なぜそんな所に居るのだ!」 「うっせーなー!俺だって好き好んでんなとこ居るわけじゃねぇ!こいつがっ・・・!」 「だってゼフェルが後ろから脅かすから大事な資料が落っこちそうになったんだもん」 「あ〜、ゼフェルに驚いたアンジェリークを助けようとして二人とも噴水に落ちてしまったんですね」 困ったような顔でそれでものほほんと地の守護聖は状況分析をした。 おそらく研究所帰りのアンジェリークに、こちらはエスケープ中だったと思われる鋼の守護聖が声をかけ、それに驚いて噴水に落ちかけた彼女を助けるはずが二人とも一蓮托生という所なのだろう。 あまりといえばあまりな二人の醜態にジュリアスは思わず言葉を失った。 「ねぇロザリア〜、ドレス濡れちゃったから着替えに帰って良いかしら?ゼフェル、あなたもそのままじゃ風邪ひくわよ、一緒に着替えに帰りましょうよ」 そんなことも知らぬアンジェリークはのんきにゼフェルの腕を引っ張っている。 そして…呼びかけられた当の女王陛下はといえば…。 「アンジェリークッ!!なにやってるのあんたわっ!!さっさと帰ってきなさい!!」 その言葉を聞いて怒りの余り己の立場も忘れ、窓から下に向かって怒鳴るという暴挙にでた。 本来ならば正殿の奥深くで敬い称えられるべき女王の行動の余りの外聞の悪さに、守護聖の長は額を押さえ苦く溜息をつく。 とりあえず――――今日も聖地はこれ以上ないくらい平和だった。 |