手紙
  



曇り空を見上げて、カーテンに手をかける。
締めるか否か、ふと迷い、そして結局そのままで手を放した。
先程まで降っていた雨は止んだようだった。だが、空は変わらず鈍色を刷いたようで、見ていると気がめいってくるように感じる。

最近火村と話していない。

神戸方面のフィールドワークへの誘いがかかったのは、先の珀友社の雑誌締め切りの前だったから、確か二週間くらい前のことになるだろうか。
目の前までせまった締め切りの為、その誘いはことわざるを得なかったアリスに、火村は「そうか」と答えただけだった。
優先させるべき仕事の為に、フィールドワークの誘いを断るのはよくあることだ。 少し疲れた声が気になったが、それも自分の切羽詰った締め切りで頭のすみに追いやられたのだ。
その後、当面の締め切りを乗り切った後も、連絡はとっていない。
互いに社会人で、それぞれの生活を抱えている身だ。
作家という自由業であるアリスの活動時間と、曲がりなりにも教職についている火村の活動時間は、重なっているようで微妙に異なる。
電話をしようと思って受話器を取ることが数回。でもいずれも番号を押すまでに至らず受話器を戻した。
相手の生活のペースを乱してまで連絡をとる必要性は今のところ生じていないからだ。そう呟いたのは、強がりだと自分でも気がついている。
大人しく電話の一本でもかければ良い。折角誕生日という口実もあるのだし。ぼんやりとディスプレイの右下を眺めるとそんな考えも浮かんだ。
電話をかけて「また一つ歳を取ったな」と軽口を叩いて、それから ――――
その先を思い描いて、ああ、でもプレゼントも買っていないなと考えた所で、小さく笑みがもれた。

彼の声が聞きたい。
でも声を聞くと湧き上がる衝動はかける前から分かっていて、みすみすそれに身を任せるのもひどく癪に触るのだ。たとえそれが子供じみた意地だと分かっていても。
ぼんやりと思いにふけっているアリスの視界に、壁に張られた絵はがきが過る。
たまには手紙を書くのもいいかもしれない。
ふと浮かんだ考えは、試すがえすうちに妙案のように思えてきた。
今から書いて、局まで持っていけば明日には届くだろう。
誕生日プレゼントには一日遅れだが、もともとそのつもりではないので勘弁してもらえばいいか。
そう一人ごちると、机の中をかき回し、レターセットらしきものを脇の書棚の端から発掘した。
少し色の褪せたトリコロールの縁取りの、エアメール用の封筒。

さてなんと書こう。
声を聞くだけで、すぐにでも飛んでいきたくなるなんて正直に書くつもりはないけれど、素直に「会いたい」の一言だけ書いて送るのも良いかもしれない。


また静かに降り出した雨を眺めながら、アリスはペンを手に取った。

 

20020415/Fin
  
MODELED BY HIMURA&ALICE / ARISUGAWA ALICE
LYRIC BY AYA MASHIRO





  *  Left Eye  *  Simplism  *