二月の、とある夕刻。 休日であるにもかかわらず資料室で文献を調べていた火村は、施錠していっていた筈の研究室の鍵が開いているのに気がつき眉を寄せた。熱心な学生でも来ているのかとドアを開けると、自分の席に座る親友の姿に軽く眉をしかめる。 「よう、火村。遅いお帰りやな」 「何しに来やがった」 舌打ちせんばかりの苦々しげな口調に、アリスはにこやかな笑みを崩さない。 「何しにきたとはご挨拶やな。たまたまこっちに用事があったから、せっかくやし親友の様子でも見にいこかと思っただけやん」 「だったら大人しく家で猫どもの相手でもしておいてくれたらいいじゃねぇか」 昨日も自分が気がつくまで大家の御婆さんと電話で長々と話していた彼が、火急の用で来たわけはないだろう。 休日には館全体が施錠され、その上研究室にも鍵がかけてあるのだ。いかに卒業生といえど、入れるかどうか分からないリスクを犯してまでやってくるほどに、社会人になって仕事で駆けずり回っている親友が暇だったとは初めて知った。 「まぁ、そうはよう追い出そうとせんでもええやん。しっかし相変わらずもてとるな、君」 机の上に山に積まれた大小取り合わせた箱を指差し、感心してみせる親友にあまり見つかりたくなかった物を見つけられた火村は鼻を鳴らした。 「ガキども相手にもててもちっとも嬉しくないな。あいつらの狙いは単位だけだって分かってるんだ。」 「すべての行為は単位へ通ずるってわけか?」 「その通り。ついでにすべての会話は単位へ通じるとでも思ってるんだろう。姦しいことこの上ない」 「その割にはこんなに大量に受け取ってる辺りまんざらやないんちゃうんか?」 からかうような笑顔の親友に、きっちりと訂正をする。 「それはボックスに勝手に突っ込まれただけだ。別に受け取った訳じゃない」 「なるほどじゃあ君が受け取ったわけやないんなら、俺がもらっていってもええんやな」 色とりどりに包装された箱はもらったままの状態で一度も開封もせず、無造作に山にされている状態だ。もって帰るのも面倒だが、そのままにしておくわけにもいかず、そろそろ今日あたりどうにかしようと思っていたのではあるが。 「持っていってどうするんだ」 「食べるにきまっとるやん」 「他人がもらったものでもいいのか」 バレンタインとやらのチョコレートは、確か受け取ることに意義があるはずだったのだが。自分には何の意味もないそれは、この友人にも同様なのだろうか。 「チョコレートには罪はないからな」 首を捻る火村に、親友は理解不能な返事を返す。 「どうせこのまま持って帰っても婆ちゃんのおやつになるだけやろ。誰がもって帰っても一緒やん」 あぁ、心配せんでも婆ちゃんにはチョコのお返しにのさかぐちのあられをあげといたから。 「ごちそうさん」 そう確信犯的に微笑まれ、用意周到な親友に火村は降参の意を示した。 数年後、アリスが職業作家になり火村の比ではなくチョコレートを受け取るようになってからも、同じような会話は続き。それがアリスの屈折した感情の表れだと火村が気がつくのには、今暫くの年月が必要だった。 |