SCC無配 じゃけぐにの本  








 最初にその話が来た時、日本はなんの冗談かと思ったのだ。
「というわけで国の皆さんにですね、CDを出してもらうことにしました」
 関係者内々に配るだけなんですが、一種のイメージ戦略です。ほら、最近いわゆるゆるキャラですかね、地方自治体や企業さんのキャラクターが人気という話をした所、あんな感じでCDでも作ればより親しみをもってもらえるのではという話になりまして──。
 と言い出した上司に日本は胡乱な目を向けた。
 この人はゆるキャラを正しく認識しているのだろうか。ゆるキャラはあのデフォルメされた愛らしい、もしくはキモ可愛いフォルムが、一部マニアを熱狂させているのだ。
 赤いリボンがついたネコや、口がバッテンなうさぎ、白いカバもどきの妖精、そんなシンプルなラインのキャラクターの系譜を受け継いだデザイン。そう、デザインが命である。
 デザインは関係なく、単なるイメージを売りたいならゆるキャラじゃなくて擬人化ですよ。
 ──という言葉を日本は飲み込んだ。
 何もこんなところで無駄にオタクを匂わせる発言をすることはない。
 日本が個人の趣味で、夜な夜なにっこにこな動画サイトで嫁を愛でていることも、増設してもすぐにHDDの容量が上限に達する勢いで各種アニメを漏れなく視聴していることも、夏冬GW更に大祭に薄い本を引っさげて皆勤していることも、もしかすると、いや、もしかしなくてもこの上司には筒抜けだろうが、公式な場では「オタク? ああ、アニメ好きのことですか、宮崎アニメは世界に誇るうちのアニメーション文化の雄です、はい」とにっこり白を切り知らん顔をするのが正しいオタクの嗜みだと日本は考えている。
 だから、曖昧に濁してみたのだが。
「CDですか、出すのは結構かと……は? え、わ、私がですか? 私が歌うんですか?」
 意味が分かりません、そこは本職を使うべきでしょう、プロに頼んでくださいよ! だいたいなんでCDなんですか! という意を八つ橋で包んだ至極もっともな日本の反論を、上司は当然想定していたのだろう。
「G8で国のイメージ向上と親しみやすさを持ってもらうために何かできないかという話が出た時にはですね、ヌード写真集かヌードカレンダーでも出しますかねという意見が出たんですよ。まぁ、あちらは、なんといいますかね……脱ぐのに抵抗がないといいますか、公職の消防士や軍人が慈善寄付を集める為に脱ぐこともあるらしくそちらに流れかけたんですが、でも流石にそれはうちではどうかと思いましてね……」
 CDを提案した自分に感謝してくれ、いやならヌードいっときますか? と笑顔で笑わない政治家特有の視線を向けられた日本は沈黙した。
 ヌード……と聞いて反対するメンツが浮かばない。むしろ皆嬉々として脱ぎそうな面々ばかりだ。
 だって頼まれなくても普段から脱いでいるし。
 しかし日本はヌードなど晒す気はさらさらない。
 見栄えのする体格を誇る国仲間の中で一人だけ貧相な躯は悪目立ちするに決まっているし、何よりも付きあっている恋人の反応が読めなくて怖い。
『お前のこんな姿も、この肌も誰にも見せたくない。いっそ見せられないようにしてやる』と宣ってベタベタとキスマークをつけることもあれば、逆にこんな所でこんなことをしたら絶対に他の人に見つかりますよね、露出狂ですかあなた! というところで盛ってくれたり。
 その場によって反応が違いすぎる彼がどっちに転んでも──キスマークをつけられても、ノリノリで際どい絡みのツーショットを要求されても──自分には罰ゲームである。
「……謹ンデオ受ケ致シマス」
 些か棒読みが過ぎた承諾の言葉に上司が頷き、そのイメージCDとやらのプロジェクトは開始された。
 なんだって一昔前の書生の格好なんですかね、これでイメージアップになるんでしょうか。それよりもこんな爺の代わりにミクたんとかさくらたんとかのきゃるんな笑顔をばーんと乗っけた方がよほどもらう人も嬉しいでしょうに。歌だって神職人渾身調教のボカロでコンテンツ売り込みを謀った方がよくありません?という内心を押し隠し、言われるがままに笑顔を作り、歌を歌い、最後の方には自分からリテイクを頼んでしまうくらい無駄に力を入れた結果できあがったCDは、配布された関係者の間でそれなりに好評だったらしい。
 日本としては、自分のCDはともかく、イギリスのCDは気に入って延々リピートしてしまった。
 ふと気がつけば「パブってGOパブってGO♪」とくちずさんでイギリスにギャーッと照れ隠しで怒鳴られるくらいで、これはこれで良かったのかもと良い思い出の一つとして処理したのだった。
 そんなわけで第二弾を出しますよ、と言われた時は、
前回程の抵抗感はなく、はいはい、と諦めた風を装って、その実内心楽しみにしていたのだ。
 何を、ってそれはもちろんイギリスの曲とジャケット用の写真を、である。

 ──前回イギリスさんは、少年っぽいコーティネートでギャップ萌路線を狙ってきましたよね

 しかし今回のコンセプトは正装、というよりも王子様ルック。まるでイギリスのためのような趣旨だ。
 そんなわけで自分のジャケット取りは監督の指示通り、人形になった心構えでさっさと済ませた日本は、終わると同時にイギリスの控え室へと急いだ。
「失礼します、イギリスさん。日本です」
「──入れよ」
 その言葉に中に入ろうと扉を開けた日本は、イギリスの姿に動きを止めた。
 絵本の中から出てきた王子様がそこにいた。

 ──なんですか、このキラキラ!

 躯にぴったり合ったデザインの衣裳は彼のスタイルの良さを際立たせ、床に届くほど長い紫黒とも紺藍ともつかぬ深い色のマントがそれを緩やかに包んでいる。
 そのマントの縁や衣装の袖には遠目にもはっきりと分かる凝った模様が数種の金糸で織り上げられ、全体の品格を上げていた。
 並の人間では確実に衣装負けするであろう服を普段着のようにさらりと着こなしたイギリスは、戸口に立ち尽くす日本に驚いたように腰を上げる。
 その動きにさらりと揺れた髪が、採光窓から射し込む陽光にキラキラと輝く。
「日本……?」
「すごい…ですね……」
 思わず漏れた呟きに、イギリスは首を傾げる。
「なにがだ?」
「い、いえ、その……イギリスさんのその服が素敵だと思いまして」
「そうか?」
 怪訝そうな彼にとっては、この程度の服は特別ではないのかもしれない。あちらではガーター騎士団の会合などで似たような格好をしているのだろう。
 ぼんやりその姿に見蕩れていた日本は、ふと気がついた。
「もしかして、その刺繍、イギリスさんが?」
「ん? ああ、最近は機械で刺繍もできるからパターンを起こしてくれと言われたんだが、書き起こす方が面倒でな」
 大きな柄を作る線は、色合いが微妙に異なる複数の金糸が描く曲線を縒り合わせた緻密な模様でできていて、その細かさといったら目眩を起こしそうになるほどだ。
 
 ──細かい、細かいです、流石イギリスさん!

「まさかと思いますが……その衣装もイギリスさんが作られたんですか?」
「服はさすがにいつもの店に頼んだ。自分の服なんか仕立てても楽しくないだろう。お前のその衣裳はどうしたんだよ?」
「ああ、これですか? イタリア君に作って頂いたんです。皆さまのように立派な衣裳が似合う顔ではないので何を着ようか困っておりまして。そうしたらイタリア君がさほど華美でない服を作って下さると申し出てくださったんです。私が昔着ていた軍服をモチーフにしているので違和感なく着ることができました」
『王子様コンセプトなんて無理です似合いません、いっそ黒詰め襟でいいですかね』とオンラインゲーム内でぼやいた所、それを聴いたイタリアが『それならせめて白詰め襟にしようよ〜。日本に似合う服をおれがデザインしてあげる〜任せて!』と請け負ってくれたのだ。細工や徽章がイタリアらしいテイストで爺が着るには可愛過ぎやしませんかね、と思うものの概ね気に入っている。
 なにしろドイツやイタリア、そしてイギリスみたいなこんなきらきらしい格好は自分には無理だ。
「イタリアが……」
 といささか機嫌を損ねた顔をするイギリスは、
「おれに言ってくれればお前に一番似合おう服を作ったのに」
 とぼそりと呟いた。
 その言葉に、もしかしてこの服はあまりに似合っていないのではなかろうか、という今更ながらの不安に日本は襲われた。
 桜モチーフや赤の飾緒などを使っているせいか、ぱっと見、コスプレのようになっている。確かに冷静に考えれば二千云百歳の爺が着るにはちょっと、いや、かなり痛い。
「すみません、自分でもちょっと派手かなと思ったんですが、やはりお目汚しでしたよね……」
 友人達や部下は褒めてくれたけどあれは身贔屓だったのかもしれない。悄然と肩を落とした日本に、イギリスは慌てて大きい声を出した。
「ち、違う! その格好も別に悪くない! 清楚な感じがよく出てて、でも凛としたお前の雰囲気をよくとらえた、まぁあのヘタレにしてはまぁまぁなデザインだけど、でもッ、おれの方がお前のことをよく分かってるんだから…だから……」
「あ、あの、ありがとうございます……」
 最後の方は我に返ったのか、顔を赤くして口籠もるイギリスに、日本も少し赤くなって礼を言った。
「次の機会があればぜひ、お願い致します。といっても私はイギリスさんみたいな本物の王子様のような格好は似合わないと思いますが」
「……王子?」
「はい、今のイギリスさんはまるでお伽話に出てくる王子様のように、品があって美しくて実に眼の保養かと惚れ惚れしております」
「なっ……! そ、それは、おれの…ッ…!」
 口をぱくぱくさせておもむろに顔を片手で覆い、宙を仰いだイギリスの耳は真っ赤だ。
 
 ──おや、照れさせてしまいましたかね。
 
 あんまり褒めると照れ隠しでか明後日の方向に暴走してしまうことがあるイギリスだから、賛辞は控えめにを心がけ、今だって思ったことの半分も伝えていないのだが。
 そんなことをぼんやり考えていると、心を立て直したのか、それでもまだほんのりと頬が赤いイギリスは、
「別に王子なんて柄じゃねえよ。ヒゲからもお前のそのぼさぼさで王子とかねぇって馬鹿にされたし。だから王子じゃなくて、魔法使いのイメージだったんだ」
 と照れ隠しのように苦笑してみせた。
「刺繍も呪がこめられたものにしたし、これで術書を持ったらそれらしい感じだろう。まぁ、王子よりその方がおれらしいしな」
 肩を竦めてそう否定してみせるが、充分今のイギリスだって王子だと思うのに、と日本は思う。
 イタリアの明るい庶民派な王子も、ドイツの重厚な王子というよりも王の貫禄も、いいなぁすごいなぁ、と感心するばかりだが、でもやはり日本の眼からすれば、イギリスが一番正統派の王子様だ。これは己の惚れた欲目というわけではないと思う。

 ──ぼさぼさで自己評価が低くなってるのであれば、それを改善したらいいわけですかね

「あの……でしたら、髪を少しさわらせていただけませんか?」
「え? まぁ、構わないが……?」
 不思議そうに首を傾げるイギリスに、日本は内心握り拳して問いただした。
「魔導師でも魔法使いでも良いと思うのですが、どうせなら魔法を使える王子というコンセプトでまいりましょう。ぼさぼさがダメなら、さらさらにすればいいんですよね?」
「いや、でも…おれの髪けっこう癖があるから無理だと思うんだけどな……」
「私にお任せ下さい。我が国の科学力と製品開発力の誇りをかけて、イギリスさんを魔法王子にイメージチェンジさせていただきます!」
 そう宣言するなり、すぐさま部下に手配させ、一番効果が高く、かつ髪にダメージを与えない製品を持ってこさせる。
 幸い場所が専用スタジオだけに、プロ仕様のムースが手に入った。
 その間に服を濡らさないように髪を洗い、優しくブロー。この辺りは世界にも誇る日本美容技術の面目躍如だ。その間も、ストレート用のワックスを使い、ムースで整えて。
 そうして出来上がった姿は、世界のどこに出しても恥ずかしくないさらさら髪だった。
「すげえ……な、なんだかおれじゃないみたいだな」
「気に入って頂けてなによりです」
 鏡を見て、すごいすごいと上機嫌になるイギリスに、日本も笑顔になる。なんだかいつもより更に美しさがまして、少し緊張すら覚えるが、本人が気に入っているのならこれはこれでいいだろう。

 ──いつもの姿の方が、私のイギリスさんという感じがして好きなんですけどね

 ちらっとよぎった思いに、我が儘ですよ、と内心で己を諫め、日本は笑顔を浮かべる。
「ありがとうな、日本!」
 だが、いつにないストレートな言葉と満面の笑みを向けられ、思わず息が止まりそうになり。
 そして更にジャケット撮影の時には「その髪どうしたんだよ」「似合ってるよ、坊ちゃん」と他の国仲間に構われ赤くなるイギリスの姿にらしくもなく嫉妬など覚えてしまった日本は、
 ──心臓に悪いので今後さらさら髪は封印してもらった方がいいかもしれませんね……

 と内心で溜め息を吐いたのだった。  
 




祝キャラソンCD! でジャケット絵に滾って書いてみました。
イギリスさんのあの世界のさらさらはすごいと思う。
そしてお友達の歌に今からドキドキが止まりません…。茶色いもじゃもじゃ……



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