2013夏無配 花火  


※ 『観用英国少年』を激しくネタバレしています。









『夏は夜』とかの有名な女流歌人が綴ったのは、もう千百年は昔のこと。けれどもいくら年月が過ぎても、この地では確かにその通りだと思う。
 昼間のうだるような強烈な熱さが収まる宵の口になると、ようやくどうにか外に出る気にもなる。逆に日中はとてもではないが外に出る気にはならない。
 人形でも熱中症になるものだと気づかず庭遊びをさせ、一度炎天下で倒れさせてからというもの、アーサーも遊んでいいのはもっぱらクーラーを効かせた家の中になっている。そのせいか久しぶりに庭に出た人形はいつもよりご機嫌のようだ。
 夏の夜といえばやはりこれだろうと用意した花火に最初はびっくりして足にしがみついていたが、すぐにその鮮やかな美しさに心を奪われたのだろう。
「持ってみますか?」と差し出したすすき花火を恐る恐る握りしめ、自分に害を及ぼすものではないと悟るや、にこにこ笑顔になった。
「アーサーさん、ぽち君に火花が散らないように気をつけて下さいね」
 人にも犬にも向けてはいけませんよ、終わったらこのバケツの中に、という指示に大人しく従う人形は、本当に人の子供のようだ。
 ひとしきりススキ花火やピストル花火、ナイアガラで遊んだ後、危ないからと縁側の上に上がらせネズミ花火に火を付ける。驚き、目を丸くする人形は不規則な動きにびっくりしたのか、ぎゅっと浴衣を握って、足の陰に隠れるようにしてその動きを凝視している。
 恐いのだろうか、と花火よりも人形の様子が気になってその姿を見下ろしていると、はっと視線に気がついたアーサーは、顔を上げて視線が合うなり怒ったような顔で着物の裾から手を放し、庭に降りようとした。
「ダメですダメです、今はお庭に降りたら危ないですからね」
 怖がっているように思われたと人形は感じたのだろう。意地っ張りなところのあるアーサーらしい行動だが、今降りられては危ない。慌てて抱き上げると、拗ねたような顔をする。
「ネズミ花火は上から眺めて楽しむものなんですよ。ねずみは臆病な動物だから急に近づいたらダメなんです」
 そういうと、「そういうものなのか?」という風に首を傾げたアーサーは花火を眺める。どうやら機嫌は直ったようだ。
 初めて見るネズミ花火なのだから怖がって当然。むしろ怖がらないのは危なっかしいくらいなのだけれど。それを蒸し返すとアーサーはまた拗ねそうなのでやめておいた。
 ひとしきり遊んで、最後はやはり線香花火。
 ちりちりと小さな音を立ててレースのような火花を散らす花火をアーサーは気に入ったのだろう。飽きもせずじっと眺めていた。
 花火がよほど楽しかったのか、お風呂に入って甚平に着替えた後はいつもならお気に入りの熊のぬいぐるみを両手で抱えておやすみなさいのキスをするのに、今日は熊と一緒に落下傘花火から降りてきた万国旗も一緒に握っていた。
 これは枕元に飾りましょうね、と枕の近くに置いてやると嬉しそうな顔をする。
「おやすみなさい、アーサーさん」
 そう言って頭を撫でると、人形はすぐに目を閉じた。



「おれも、花火がしたい」
 人形と花火をしたと言ったら、画面の向こうの恋人はそうのたまった。
 一時期ばっさり交流を絶っていた地球の裏側の恋人との連絡は、あの無断入国以来なしくずしに再開した。最初は人形の服だのお菓子だのと理由をつけて連絡してきていたのだが、最近はもはや定時連絡のように向こうの昼、こちらの夜に互いに連絡を入れるのが恒例となっている。
「はぁ、でしたら送りましょうか? 親書扱いで外交ルートに乗せれば届くかと──」
「なんで一人でやらないといけねぇんだよ!」
「なんでと言われましても……」
 くそう、なんでこんな時に会議が入りやがるんだ、髭もジャガイモ野郎も爆発しろ! ギギギと唸る恋人に、あーそれはエスケープできない会議だなぁとぼんやり思う。
「お前、たまにはこっちに──」
「善処します」
「即答かよ!」
「ただいま鎖国中です。ご用の方はピーッとなりましたらご用件を……」
「鎖国中でも恋人のおれのところには来てくれてもいいだろう!」
「いやですよう。出たらこれ幸いと何言われるか分かったもんじゃありませんし」
 面倒なことはさらさらごめんである。さっくり断ると、画面の中の恋人も悔しそうに歯噛みをするものの、それ以上は出てこいと言わぬ代わりに、不穏なことを口走る。
「そっちまで七時間、いや、七時間半か……」
「え? ちょ、まさか会議休むなんて──」
 眉を顰めた瞬間、肩に軽い衝撃があった。
「あら、アーサーさん。ごめんなさい、起こしてしまいましたか」
 話し声で人形が起きてしまったらしい。なぜか恋人にも懐いている人形は、珍しく自分からいそいそと膝に座って画面に笑顔を振りまいている。
「お、Jr、元気にしてるか?」
 対する恋人もデレデレ顔。同じ顔の相手なのに嫌じゃないのだろうか。自分なら見たくないのだが。
「会いたかったか? ダディもお前に会いたくて会いたくてお前らと一緒に住みたいくらいだぞ」
「……ダディじゃないですよね」
 この子は人形で、あなたは他国!
 そう力説してもどこに吹く風なので、最近はツッコミも疲れ果てて投げやりだ。
「すぐに会いに行くからな、いい子に寝てるんだぞ」
 そう言うなり、おっと時間だと立ち上がった恋人は「じゃあ、またな」と手を振り、人形も名残惜しそうに手を振る。
 まさか……ねぇ……と思ったものの、案の定。次の日の夕暮れに、「会議終わらせてきた!」と山のように服やおもちゃやお菓子を抱えて恋人は玄関のブザーを押し。
 それに呆れて小言の一つでも言おうかと思ったが、満面の笑みで飛びついた人形に、その気も削がれ。
「お疲れさまでした」
 という言う言葉に返ってきたのは、
「その……ただいま……」
 という照れたような笑顔。
 同じくらい照れた顔を隠して、入るように薦めたのは恋人に気づかれていたのか否か。
 結局連日になった花火は、昨日よりも楽しいものだった。
 
 




大人二人は人形にめろめろだと思います。
そのうち菊ちゃん人形を手に入れた眉毛の話を別バージョンで書いてみたいんですが、犯罪の匂いがする…。



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