1940/9/27 枢軸




「おーい、お前ら、ちゃんと笑えよ!」
「ねぇねぇ、ただ三人並んで撮るのってつまんなくない? なんかこう工夫しようよ、旗振ってみたりとかさ」
「なっ! 記念写真で白旗を振ってどうするんだ! 縁起が悪すぎるだろう! せめて国旗を使えーーー!」
「えーそんなの持ってないもん」
「なんで、白旗は持ってるのに国旗がないんだ……」
「んーじゃあ投げキッスとかはどう?」
「キッスはさすがに……。我が愛刀で構えをとって宜しいのでしたら、私はそうさせて頂きますが」
「イタリアに乗せられないでくれ、日本。いいから少し落ち着け、イタリア! 普通だ! 普通が一番だ!」
「えええ〜そんなのつまんないよードイツー」
「おーい! いい加減にしないともうとっちまうぞ!」
「ヴェ〜、じゃあこれで我慢する〜」
「ルート、お前顔が硬いぞ、笑顔だ、笑顔!」
「いいから兄さん、さっさと撮ってくれ」
「よっしゃ撮るぜ! せーの、ビール!」






* * *


「おい、日本! 懐かしいもんが出てきたぜ!」
 いきなり押し掛けてきたプロイセンと掃除と一緒に倉の掃除をしていた日本は、柳行李の山の陰から叫ぶ声に顔を上げた。
「ほらよ、見てみろよ!」
 差し出されたのは一葉の写真だ。
 セピア色に変色しているものの、経年の劣化はさほど見られない。
 見た瞬間甦る懐かしい記憶に、日本は笑みを浮かべた。
 明るいイタリアの笑顔に、少し緊張した面持ちのドイツ。
 二人に友として迎え入れられたことが誇らしく、いつにない満面の笑みを、自分も浮かべている。

(こんなものまだあったんですねえ。フェリシアーノくん、かわらないです)

 しみじみと眺める日本は、ふと写真の中のドイツの手の動きに気がついた。
 左手ではがっしりとイタリアの肩を抱いているが、右の手は日本の肩から浮いている。
 そういえばあの当時自分は、スキンシップ過多なイタリアの行動にいちいち眼をまわしていた。この不自然な手の位置は、そんな自分に憚って手を置くに置けないといったところか。
 そう気づけば、このドイツの表情は、緊張ではなく逡巡しているもののように見えてくる。

(この時は本当に同盟を結んだ初日でしたからねぇ)

 その同盟自体はほんの数年という短命で消滅したものの、あの時結ばれた友誼は今も変わらず、いや、時を経ることによってより深くなり、今や日本の心の拠り所といってもよいほど大事なものとなっている。
 ささやかな言葉や、小さな気遣い。
 連絡を取り合うことすら困難な時期もあったけれど、そんな水と養分を三人ともが手間を惜しまず与え、友情を育ててきたのだ。
 互いに国である以上、国益や目指すものの違いから必ずしもいつも同じ方向を向くことはできない。それにこの混沌とした世界では、明日互いに対して武器を取り争うようなことが起きないとも限らない。
 だが、たとえこの先どんなことがあったとしても、もはや家族の自然さで傍にある彼らの友情を疑うことはない、と日本は確信している。
 そして同じ確信を、他の二人も抱いているはずだった。
 今ならば、ドイツは迷うことなく日本の肩に手を乗せるのだろう。
 70年の時を経て、当時は気づかなかったことを伝えてくるセピア色の写真に、日本はそっと微笑んだ。

 




 



日独伊三國間條約が結ばれたのは、70年前の9月27日でした。





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