11/8 After Hallowe'en 



「お前、名前は?」
 傲岸な響きを帯びた声に、黒耀の瞳を不快げに眇めた彼は、小さく答えた。
「菊…」
「言葉遣いがなってねぇ奴隷だな、『菊です、ご主人様』だろ? 言ってみろ」
「……菊です…ご主人……さま」
 機械的に反復した言葉が気に入らなかったのか。
「なんだ、その反抗的な目は。お前を買ってやったのはこの俺だろうが」
「……ッ!」
 金髪の青年は、手にした鎖をぐいと引いた。
 細い首にくい込む首枷が苦しかったのだろう。顔を歪めながらも、しかし声を上げず反抗的な眼差しを止めない黒髪の奴隷の姿に、一瞬憎々しげな色がペリドットの瞳に過ぎる。
 だが、すぐに貴族然としたその容貌に実に似つかわしい酷薄な笑みを浮かべた。
「躾のできてない奴隷には、教育が必要だな。ご主人様に対する挨拶の仕方からたっぷり仕込んでやる。喜べ、俺の躾は厳しいが、一週間もすればお前はどこに出しても恥ずかしくない、身も心もご主人様に従順な奴隷に生まれ変わるからな」
 あからさまに性的なニュアンスを含んだその言葉に、痩身がびくりと震える。
 それにようやく愉悦を覚えたのだろう。
「さあ、まずは基本のご挨拶からだ。ご主人様のここに、お口でご奉仕だ。……おっと、手は使うなよ。全部口でやるんだ。ご主人様に対する口の使い方から仕込んでやるよ」
 陰性の笑みを浮かべ己のトラウザーズの前立てを意味ありげに指す主人を、奴隷は今にも射殺しそうなぎらぎらした瞳で睨め付ける。
 しかし彼我の絶対的な立場の上下に逆らえないことを知る彼は、のろのろと男の下肢に顔を寄せていった。

 







「……で、ご満足いただけましたか?」
「ま、まぁまぁだな」
 情事の気怠さを纏った声で訊ねる日本に、イギリスはさりげない風を装い、軽く頷いてみせた。――が、その心は充足感に満たされていた。

 実に素晴らしかった……

 鴉天狗の仮装をしていた筈なのに、いつの間にか奴隷姿になっていた日本の姿をハロウィンパーティで見た時、「そうか、このプレイがあったじゃないか!」と天啓のようにご主人様&奴隷プレイが閃いたのだった。

 奴隷姿の日本に、ご主人様の命令であんなことやこんなことさせちゃったり……
 うお、なんだこれ! 想像だけでエールが進むぞ、オイ! 

 期待のあまり、その晩は酒が過ぎ、いつの間にか自分も奴隷姿になっていたハプニングもあったが、日本を拝み倒し懇願して実現した奴隷プレイは、予想以上に素晴らしかった。
 意外と芝居の達者な日本は奴隷になりきっていて、そんな彼の口から「ご主人さま」という言葉が出るだけで、ゾクゾク全身に快感が走り、妙なアドレナリンが出まくった。

 うわ、なにこの背徳感!
 俺、これ、どこまでやって許されるの?
 ていうか、どこまでやっちゃうの、俺?!

 ノリノリでご主人様役の台詞を言いながら、やり過ぎた時の日本のお仕置きをちらっと考えなくもなかったが、むしろそれすらもスリルになり、イギリスは奴隷プレイに燃え滾った。
 まぁ最終的には、いつもと変らないアレコレで、むしろ奉仕されるよりする形であったような気もするが、満足感は半端ない。
 つまりセックスに想像力は必要なのだ!
 ビバ、イメージプレイ!
「反抗的な奴隷をお望みということでしたので、幾分口調もそれらしくしてみたんですが、なんだかいまいちツンデレ成分が足りなかったような気がします。やはり計算したツンデレと天然は違いますねぇ」
「いや、お前の奴隷、すんげー良かったと思うぞ! もしお前が国じゃなくて奴隷で競りにかけられてたら、200億ポンド、いや、400億ポンドでもそれ以上でも出す!」
「……はぁ、国防予算以上ですか。そんな金があるなら人身売買よりもっとマシなものに使った方が良いと思いますが」
「え……?」
 そこは感動するところじゃないのか?
 肩すかしを食らった感覚で、あれ? と首を傾げるイギリスに、
「おや、イギリスさん、スーツはちゃんとハンガーに掛けておかないと皺になりますよ」
 勢いのまま脱ぎ投げた服を日本は目敏く指摘する。
「あ、うん」
「ああ、ついでに私の鞄の中からサ○ンパスとってください」
 大人しくベッドから降りもそもそとハンガーに背広を掛けていると、立ってる者をこき使う日本から指令が飛ぶ。
「意外とあの首輪重たくて、肩が凝ったんですよね。鎖を引っ張り上げてくださった時に重さを実感しましたよ。もっとも角度が急すぎて、首に食い込んで苦しかったので、今度は上に引っ張り過ぎないようにお願いします」
「そ、そうか、分かった」
 ぐでんと伸びきった元奴隷役の指示の通り、背中にペタペタと特有な刺激臭のするサ○ンパスとやらを貼っていきながら、胸を過ぎった疑惑をイギリスは恐る恐る訊ねた。
「なぁ……日本は俺が奴隷で売られていたら…その、買ってくれる……のか?」
「奴隷ですか? うちは人身売買禁止ですし、他人と暮らすのが好きじゃないので奴隷はいらないです」
「……え」
 固まるイギリスに気づいてか気づかないでか、何かを思い出したようにくすりと笑った日本は続ける。
「でも……そうですね、奴隷姿のイギリスさんは大層可愛らしくておられたので、他の方に買われないように落札すると思いますよ。買った後は写真だけ撮って自由の身にしてあげますけど」
「そ、うか……」
 なんだよ、奴隷にしてくれないのかよ!
 ちょろっと膨らみかけたご主人様な日本に性奴隷として仕える妄想を、その初っぱなから否定され内心がっくりする。
 妙な所で現実的な恋人にファンタジーを壊されたものの、それでも買わないと言われなかっただけマシか、と自分を納得させたイギリスは、サ○ンパス臭に負けず恋人を抱き締めたのだった。

   




にったんが奴隷でイギんち来ても、きっと一年立てば主従が逆転するんじゃないかと妄想。
「こんなまずいご飯食べられませんー!」で反乱を起すか、閨で籠絡するか・・・・・・。
もしくは上手く使われている振りで、ご主人様を操縦する秘書に成り上がるとか、そういう妄想妄想。



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