10/1 Indian summer



 つい数十分前までの賑やかな歓声に、肉の焼ける食欲をそそる音、香ばしい香りを運んだ煙が消えると、10月の青い空は静けさを取り戻していた。
 赫灼と燃える豆炭はいつの間にかとろ火となり、大きな肉の塊が鎮座してした幾つものトレイはすっかり空になっている。
 紙皿の上に山と積まれた豚肋骨の半分は、満腹感に笑みを浮かべるアメリカが出した残滓だ。
「やっぱり天気がいい夏の日はバーベキューだよな」
 普段は紳士たれと礼儀に煩いイギリスだが、こんな上天気では気分も開放的になる。上半身裸で自堕落にウッドチェアーに背を凭れかけ、舌で舐め取った口の端のBBQソースを缶ビールで流し込んでいると、こちらはTシャツをきっちり着ているアメリカが呆れたような顔で揶揄した。
「天気はいいけど、もう夏じゃなくてどう見ても秋じゃないか。もうこんなに葉が色づいてるくせに」
「バァカ、 Indian summer っていうのはお前んち発祥の言葉だろう。嘘だろうが偽物だろうが、夏は夏だ」
「Indian summer というにはまだ早いよ。まだ9月が終わったばかりだぞ。少なくとも10月半ばにならないと Indian summer とは言えないね。それに90F(32℃)もないのに、君、よくそんな露出狂みたいな格好できるよな」
「露出狂言うな! 陽が出てるうちは目一杯陽光の恩恵を享受する、それが正しい夏の過ごし方ってもんだろうが」
「恩恵は結構だけど、下まで脱いだら俺も日本も即帰るよ」
「はぁ? 帰るならお前だけ帰れよ。大体お前は呼んでねぇだろ!」
「人に全部肉を焼かせて、用が済んだらお払い箱かい? しかも肉は全部俺が持ってきた物だよね」
 じろりと向けられる冷たい視線に言葉が詰まった。確かに今日焼いたベビーバックリブは全てアメリカが用意した物だ。しかしそれはうちでもそれくらいある、というのを「君んちの食べ物は不味いじゃないか!」と大層失礼なことをぬかした挙げ句、検疫など無視して持ち込んだ物で、アメリカに焼きを任せたのも「君に任せたら折角の肉が台無しになるよ!」と言い放ったからである。・・・・・・本当に空港で入国拒否してやればよかった。
「そ、それは・・・だってお前が焼きたいって言うから焼かせてやったんじゃねぇか」
「全く君は信じられないね! Hey、日本聞いてくれよ! イギリスのヤツ、散々人に肉を焼かせて食べ終わったら帰れって言うんだぞ!」
「・・・・・・そんなこと仰ったんですか、イギリスさん?」
「ち、違、だって、こいつが生意気なこと言うから!」
 屋敷の中から出てきた日本に、黒々とした目でじっと見詰められ、慌てふためいて否定するが、
「俺はただ、下まで脱がないでくれよって言っただけなんだぞ!」
 とんでもない言葉を添えるアメリカに日本は呆れた色を浮かべた。
「うちの家には働かざる者食うべからずという言葉がありましてね」
 トレイに載せたアイスクリームをアメリカに渡した日本は、イギリスにはくれず、仕方なく自分で取る。
「だから俺が焼くっていうのを自分が焼きたいって言い張ったのはアメリカだろうが!」
「だって折角もってきた肉を炭にされるなんて、とんでもないじゃないか! それに君が脱がなきゃ良いだけの話だろう。俺も日本も汚い物なんか目に入れたくないんだぞ」
 心底嫌そうな顔をしながらアイスを頬張るアメリカにぐっと言葉に詰った。
(そりゃアメリカも日本もヌーディスト文化がないけどさ……)
 それはあまりな言いようではなかろうか。
「き、汚い言うな! 俺のは日本を満足させるだけの立派な――」
「立派な、なんですか?」
 静かに問い直され、舌が止まる。
 首を傾げる日本の笑顔が怖い。
 笑顔で目が笑っていない時の彼は要警戒なのである。
 ここで気づかず突き進み、地雷を踏みまくって大怪我したことは数知れず。苦い経験から学習したイギリスは必死で発言の着地点を探す。
「いや、だから、厳しい日本の審美眼に耐えるだけの立派なシェイプアップした身体だと、言いたかっただけだ、どこぞのメタボと違ってな!」
「えー君のどこがシェイプされてるんだい?」
 己への揶揄はスルーして、AHAHAHA! と笑うアメリカに殺意を覚えるが、「アイスを食べたら暖かい物が食べたくなったんだぞ」と、マシュマロを出せと騒ぐ姿に殺意は脱力へと変わった。
「お前マジでヤバイだろ・・・・・・この上マシュマロかよ、しかもそれ全部焼くのか?」
「ん? BBQの締めは焼マシュマロに決まってるだろう? それにアイスの上にトフィーかけまくってる君に言われたくないよ!」
「バニラにトフィーソースは絶対だ!」
「BBQもマシュマロがないと終われないんだぞ!」
 バチバチと火花を散らす睨み合いを止めたのは、呆れたような日本の仲裁だった。
「お二人とも、食べるのは結構ですがほどほどにというのが一番の解決法だと思いますよ」
「うん? でも俺は君と違って大きいから、少々食べても大丈夫なんだぞ?」
「ジーンズの丈は変わらないのに、サイズが上がっていくという恐怖を再度味わいたいならご自由に」
「ちぇーなんでそんな意地悪なこと言うんだい! ALL Right、分ったよ。本当ならクラッカーとチョコでサンドして食べるつもりだったけど、トフィーソースだけで我慢するんだぞ」
「・・・・・・そこで何もかけないという選択肢はないのか?」
 心底呆れるイギリスを無視して、トフィー瓶を半分近く空ける勢いでマシュマロを食べ続けたアメリカは、さすがに大袋半分で満足したのか。食べ終わるとイギリスの狩猟犬を誘って、庭でフリスピー投げをはじめる。
 ご丁寧にもポータブルスピーカをつないだiPodで大音響でかける激しいビートのリズムは、目前に広がるイングリッシュガーデンに似つかわしくない。
「アメリカさんは若いですね」
「体力馬鹿だからな。それにあんだけ食ってるんだ、少々動くべきだろ」
 それに返る同意はなく、振り向けば彼の視線は物言いたげに己のウエスト辺りに注がれている。
「お、俺はいいんだよ! あいつほど食ってねぇ!」
「そうですか」
 感情のこもっていない相槌に、むっとなる。
 今日の日本はどうも自分に冷たくないだろうか。BBQに誘ったのは日本だけなのに、なぜかアメリカまで引き連れてくるなんて、そりゃ、別にアメリカがいても良いけど、まぁBBQだから人数多い方が楽しいし、本場と言えばアメリカだが、それにしたって二人きりになりたいとかねぇのかよ、とアイスをガシガシとつつきながら内心口を尖らせる。どうにも日本は冷たい。
「・・・・・・働かざる者食うべからずなんだろう、片付けで忙しくなるから遊んでる暇ねぇよ」
「私も食べてばかりでしたから一緒にお手伝いしますよ」
 だがその不満は、目許を緩ませて柔らかい表情になる日本の控えめな笑顔を向けられると、一気に吹き飛んだ。
 やっぱり日本は俺に優しい。
 それは俺のことが好きだからだ!
 一瞬で浮かれたイギリスは、
「それにわざわざ芝生なんか駆け回るなんて、お前が夜の運動につきあってくれるなら必要ないだろう」
 調子に乗ってそんなことを口走り。
「なんだってあなたは一言余計なんですか!」
 耳まで赤く染めた日本にひそめた声で怒鳴られる羽目になった。
   




「Indian summer, barbecue weekend」
ガーディアン誌 9/30 BLOG
http://www.guardian.co.uk/lifeandstyle/wordofmouth/2011/sep/30/indian-summer-barbecue-weekend
「上天気! 週末にバーベキューを予定してない人なんていないよね?」という副題がついてて苦笑。



+ Home +