Advent Kalender 2010 3






   Dezember 17

 呼び鈴の音に、宅配便でもきただろうかといそいそと応対に出ると、サンタクロース姿のフィンランドが玄関に立っていた。
「日本さん、こんにちは」
「これはフィンランドさん、ご無沙汰しております」
「この間の世界会議ぶりですよね、寒くなりましたが、お元気ですか?」
「ええ、おかげさまで。フィンランドさんは?」
「元気ですよ! この季節は一番忙しい時期ですからね! 風邪をひいてなんていられません」
 にこにこ笑うフィンランドは確かに元気そうだ。
「今日うかがったのは、日本さんのクリスマスプレゼントの件でなんです。先ほどイギリスさんの所にうかがったら、日本さんはイギリスさんちでクリスマスを過ごすから、プレゼントを預かっておくと言われたんです。ドイツさんやイタリアさんから日本さんへのプレゼントを見せられて、思わず僕渡しちゃったんですけどよかったんでしょうか?」
「ええまぁ・・・そうですね、はい」
 思わず視線を泳がせてしまうのは、なんとなく気恥ずかしいからだ。
「ならよかったです!」
「あーところでフィンランドさんはこんなに早くからプレゼントを配っておられるのですか?」
 例年24日に配っていたような気がするのだが。首を傾げる日本に、
「欧州の方では、ツリーの下にプレゼントを飾る風習のあるところも多いので、そういう所には早めに配ることにしてるんです」
 とフィンランドはにっこり笑った。
「それはお仕事お疲れさまです。あ、少々お待ち下さい」
 ぱたぱたと家の中に入った日本は、玄関の棚に置いていた物をとると、フィンランドに渡した。
「良かったらこれをお使いください」
「なんですか、これ?」
「ホッカイロです。握ったら暖かいんです」
「わぁ、ありがとうございます。では日本さん、少し早いですがよいクリスマスを!」
「フィンランドさんも良いクリスマスを!」
 手を振るフィンランドはトナカイの橇に乗って、空へと上がっていく。
 手を振りかえしながら、
「あの姿、他の人には見えないんですかね?」
 と日本は首を傾げた。





   Dezember 18

「日本〜いるあるか?」
 がらっと玄関を開けて怒鳴る声に、日本は眉を顰めた。
 ありがたくないこの声は、隣国中国のものだ。
「おや、これは中国さん。何のご用件で?」
「用は特にねぇあるよ、ただ可愛い弟の顔を見に来ただけある」
「左様で。しかし私あなたの弟ではないんですが」
「どうしたある、日本? なんか機嫌悪いあるか?」
 八つ橋破れ気味で心なしかいつもより冷たい目を向ける日本に、中国は首を傾げる。
「昨今のあなたとの関係を鑑みて、機嫌良く迎えられるとお思いですか」
「ああ、そんなのいつものことある。それにあれもこれもうちの上司が勝手にやったことある、我には関係ないことある」
「……まぁ、あなたはそう仰ると思いましたけどね」
 溜息を吐く日本に、中国は「それよりも」と話題をかえた。
「日本もあどなんとかカレンダーをやってるあるか?」
「はぁ、ドイツさんからいただきまして。毎年やっております」
「そうあるか。それで我にもくれたあるね、お前は本当に優しい子あるな!」 「はぁ……まぁ…」
 なんとなくプレゼントが思い浮かばず、とりあえず目についたカレンダーを送ってみただけなのだ。そんなに喜ばれると少々罪悪感を感じるのだが、などと思う日本に気がつかない中国は、アドヴェントカレンダーの開けてしまった扉を興味津々でいじっている。
「それで今日は何がでてきたある?」
「革細工の兎でしたよ。中国さんはいかがでした?」
「おお、兎あるか! 来年は兎年あるからなー! 我は肉包の形のストラップあるよ。これを見て日本に食べさせたくなったあるね」
 じゃーんとかざす肉まんの形のストラップはなかなかよくできている。
「もしかして持ってきてくださったのですか?!」
「今から作ろうと思ってスーパーに寄ってきたあるよ。材料は日本の家のが美味しいある」
「よくおわかりで、中国さん!」
「うちにも日本のスーパーあって人気あるからな。ちょと待つよろし、すぐ哥哥が美味しい肉包つくるあるよ!」
 腕をまくり上げる中国の姿に目を輝かせる日本は、一瞬のうちにさっきまでの不機嫌を吹き飛ばしていた。





   Dezember 19

 私、今カーネギーへ来てるんです。そう電話向こうのオーストリアに告げられても、日本はすぐになんのことか察知できなかった。
「カーネギー……ですか?」
「NYのカーネギーですよ……その様子では分っていないようですね」
 何をだろう? オーストリアに関係することならば音楽のことではあろうが、音楽に彼ほどの情熱を傾けない日本には彼が何を言いたいのか分らない。そんな日本の困惑が伝わったのだろう。呆れたように溜息を吐いたオーストリアは、物わかりの悪い子供に対するような口調で告げた。
「あなたの国のオーケストラが公演したのではありませんか」
「そうだったのですね」
「うちの歌劇場の監督をしていた、あなたの国の指揮者が指揮をするというので鑑賞に出向いたのです。実に素晴らしい演奏でしたよ。1階席から最上階までほぼスタンディングオーベーションだったのも頷けます」
 言葉少なに語るオーストリアの口調には、興奮の熱が滲む。きっと心底感動し、その興奮を日本にも伝えようと電話をしてきてくれたのだろう。
「あのわざわざお知らせ下さって、ありがとうございます。嬉しいです」
「いえ、私も良い演奏を聴くことができ、とても嬉しかったものですから。新年の公演、今年もチケットを送りますからご都合がつけばどうぞいらしてください」
「ありがとうございます」
 ひょんなことから毎年贈られるようになったチケットは今年も残念ながら使うことはできないだろう。さすがに新年を余所の国でというのはこの立場では難しい。
 だが、それを承知で贈ってくれるオーストリアの気持ちが嬉しい。
「少し早いですが、素敵なクリスマスを」
「あなたも良いクリスマスを」
 暖かい季節の挨拶を交わしながら、日本はそっと賛美歌集を手に歌う天使の小さな絵をそっと撫でた。




   Dezember 20

「クリスマスは英国先生と過ごすんですか?」
 クリスマスの歌番組を録画して欲しいと電話してきた台湾が、ふと話の途中でそう言い出した時、日本は内心ドキッとした。
「なんと情報が早いですね」
「美国先生から聞きました。私も日本さんとクリスマスしたかったです! 日本のクリスマスケーキとコンビニディナーでクリスマスパーティーしたいです!」
「あー・・・・・・、今年はイギリスさんちに招待されておりますので、日本のクリスマスケーキは食べない予定なのですが。ところでコンビニディナーとはなんですか?」
「日本さんちのコンビニで売ってる、クリスマスにぴったりな食べ物らしいです。前菜からメインディッシュまで全部買っても1000円くらいになるってこの間ネットニュースで読みました!」
 ともすれば日本より日本の情報に通じている台湾に内心苦笑する。
 心底残念そうな彼女にさてなんと言葉を返せばいいのだろう。そう頭を悩ませる間もなく、彼女は明るい声を出した。
「日本さんとクリスマスできないのは残念ですけど、代わりにクリスマスプレゼント送りますね。お茶と、カラスミと、それからあとは秘密です」
 嬉しそうに笑う台湾の気遣いがいじらしいような、愛おしいような心持ちがして、日本も優しい声で返した。
「私もプレゼントを贈りますね。この間台湾さんが来られたとき、美味しいと言われていたお店の新作クッキーと、可愛いアクセサリーとそれから後は楽しみにしておいて下さい」
 二人でふふふと笑いあう。今日飾ったばかりの天使の人形も、閉めた扉の力で笑うようにゆらゆら揺れていた。





   Dezember 21

 トントントンと均一な音を響かせながら、カボチャを切る日本はラジオの音を少し上げた。
 宣伝の時に心持ち大きくなる音が煩わしくて音量を下げたものの、DJのおしゃべりはそれでは少々聞き取りにくい。
 軽やかな声の女性DJが、今日は冬至だとしゃべっている。
「……そうですよ、今日は冬至。だからかぼちゃを食べるんですよ。小豆は食後のお茶請けにおぜんざいを作りましたし、んがつく食べ物ということでうどんを入れた、小田巻き蒸しにしてぎんなんににんじんにれんこんまで入れちゃいますよ」
 一人暮らしだと独り言が増える。
 ラジオのトークに呟くのはいつものことだ、それを侘びしいと思う気持ちもとっくの昔に――
『そうそうそれから今日は12月21日ということで、遠距離恋愛の日でもあるんですよ〜! リスナーの中にも恋人と遠く離れて暮らしてる人もいるかもしれませんね。そういう人からもメッセージ募集しちゃいます。この番組、一応全国津々浦々で聞ける、はず!、ですので、もしかするとあなたのメッセージが遠くにいる恋人の耳に届くかも?! 奮ってメッセージお寄せください。メールアドレスは……』
 流れるような説明でメールアドレスを告げるラジオを、ぼんやりと眺める。
「……まぁ、あれです。イギリスさんには届きませんし…ね」
 トントントンとまたかぼちゃを切り始める。
 とりあえずあとでイギリスに電話してみようか、そうふと思った。




   Dezember 22


「えーじゃあ、折角の皆既月食見れなかったのかい?!」
「生憎こちらは晴天に恵まれませんでしたもので」
「冬至と皆既月食が重なるのは400年近くぶりって喜んでたのにね!」
 400年前なんて、俺本当に子供だったよ! そう電話向こうで笑うアメリカに日本は苦笑する。
「じゃあ俺んとこで撮影した皆既月食の映像を送るから見てくれよな!」
「ありがとうございます」
「それとは別にミラクルでスペシャルなクリスマスプレゼントを送っておいたんだぞ」
「ありがとうございます。・・・・・・ええと、いつ頃送られたのでしょう?」
 留守中に着くのはまずい、と恐る恐る尋ねれば、返ってきたのは「いつだったかなー?」と暢気な答えだ。
「もう着いてるかも?」
「いえ、まだ受け取っておりませんが・・・?」
「ああ、違うよ。今年はイギリスんちだろ? だからあっちに送っておいたんだけど良かったんだよね?」
 なんとアメリカにしては手回しの良いことだ。気恥ずかし気持ちを堪えて笑みを返す
「それは重ね重ねありがとうございます」
「HAHAHA!! まぁ代わりに、俺にはビッグなプレゼントを頼むよ!」
「ええと、もう送ってしまいました・・・」
「ええええええー!」
「あ、でもきっとアメリカさんに喜んでいただけるものだと思いますよ」
 新作どころか発売前のソフトまでとある筋から入手して送るのだ。気に入らないはずはないだろう。
 自信たっぷりの日本の電話向こうで、アメリカは「そうかい?」と首を傾げていた。




   Dezember 23

「迎えの車、朝7時にいくそうだ。べ、別にお前が乗り遅れる心配をして俺がわざわざ頼んだわけじゃないぞ、そういうサービスがついてるんだ、うちの航空会社には」
 早口で告げるイギリスに、ああなるほどファーストクラスですか、と日本は苦笑した。
 そこまで気を遣ってくださらなくてもいいのに、と思えど、そんな遠慮を彼は喜ばないことを熟知している日本は「ありがとうございます」と伝える。だが、つい言い添えてしまうのは、性分だ。
「あの、わざわざ良い席をご用意いただかなくても、私普通の席で充分・・・・・・」
「別にこれくらい招いた方の当然のことだ。それよりしっかり暖かくしてこいよ、今年は寒波がすごいからな」
「あー・・・ヒースローが閉鎖というニュースを見ましたが、大丈夫でしょうか?」
「だ、大丈夫だ! 明日は雪が降らないようにするから!」
 するからといってできるものなら苦労はしないだろうと内心思えど、勢い込むイギリスが可愛くて、くすくす笑いながら日本は「よろしくお願いします」と告げた。
「空港に迎えに行くから、そのままお茶でもして、それからミサとクリスマスディナーでいいか?」
「はい、お任せします」
「トラファルガーのもみの木が大きくて立派だからそれも見よう」
「毎年ノルウェーさんから送られると仰っていた木ですね」
「ディナーはデリバリーを予約してる。い、一応、あの髭も悪くないって言ってたとこだから・・・その・・・」
 口ごもるイギリスに、「楽しみです」と告げると、ほっとしたように「そうか」と返る。
「こっちは雪が積もって真っ白で、なんかロンドンじゃないみたいだ」
「ホワイトクリスマスですね」
「ああ。・・・・・・早くお前にも見せたい」
 囁く声に、そっと電話の横に飾ったミニチュアの人形を撫でる。
 橇に乗ったサンタクロースと、それを引くトナカイたち。
 3日がかりのアドヴェントの贈り物で完成した彼らのように、空を駈ける力があればすぐにでも飛んでいけるけれど。
「明日が楽しみです」
 それでも『明日』と言えることが嬉しくて、声を弾ませれば、同じように喜色を滲ませたイギリスも、
「俺も楽しみにしている」
 と答えた。





   Dezember 24

 暗い朝の廊下で、日本は最後のアドヴェントカレンダーの扉を開けた。
 中に入っているものは、毎年同じもの。開ける前から分かっている。
 けれども、ドキドキする気持ちも毎年同じで、そっと日本は扉の中から小さな光る星を取り出した。
 ツリーのてっぺんに飾る星。闇に近い暗い廊下で鈍い光を放っている。
 去年はイギリスと二人でこの扉をあけ、星を取り出したのだった。
 懐かしさと愛おしい気持ちがこみあげて来て、日本は星を両手で閉じこめるようにして胸に抱きよせる。
 今年ももう残り僅かで、そして今年もイギリスとクリスマスが過ごせる。
 そのことが本当に嬉しい。
 旅行鞄に星をしまうと、日本は玄関へと向かった。
 送迎の車が来る時間にはまだ早いが、玄関の外で車を待ちたい。
 そんな気分だった。


おつきあいありがとうございました! よいクリスマスを!




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