Advent Kalender 2010 2






   Dezember 9

 トルルルル……
 私用電話が鳴った瞬間、それがイギリスからの電話だと日本は反射的に分った。
 イギリスからもらった紅茶を飲んでいるこの瞬間に、電話がかかってくるといえばいえばもうイギリスからしかない。
 ただの勘と言われればそれまでだが、不思議とイギリスは狙ったようなタイミングで電話やメールを寄越すので、ほぼイギリスからと確信しながら日本は受話器をとった。
「はい」
”Hello”
 雑音がたまに混じりあまり良くない音質ながらも、それでもその一声で日本の胸を陶然とさせる声の主は確かにイギリスだった。
”菊か? アーサーだ”
「アーサーさん、お電話ありがとうございます」
”手紙を今受け取った。すまない、外出先で手元に届くまでに時間がかかったんだ”
「いえ、急ぎではありませんでしたので。それよりもそちらはすごい雪だそうですけど、大丈夫ですか?」
”ああ、一週間前はロンドン以外は大雪で、酷いところは家から出られないような所もあったんだが、今は少し落ち着いてる。飛行機も動くようになったしな”
 彼の背後から聞こえる耳に馴染のあるアナウンスと喧噪は、空港のものなのかもしれない。さしずめ移動中に折を見て電話をかけたというところか。
”それで、あー……冬の休暇の話なんだが――”
「ええ」
 早口で、それでいて躊躇いがちに間を開ける声は少し照れたような響きで、日本に期待を抱かせるものだ。
”その、もしお前が――”
 だがその続きはなにやらイギリスに話しかける性急な響きに止められ、日本の耳には届かない。
「ええと、アーサーさん……?」
 必死な色すら帯びる相手に心底嫌そうに早口で捲し立てるイギリスだったが、とうとう根負けしたのか。本当に緊急の用だったのだろう。
”すまない! また電話する!”
「あ、え、アーサーさん?!」
”Sorry Love!” と慌てた声で彼らしくもなく性急に電話を切られ、唖然とツーツーと無機質な電子音を聞く。
 すぐにかけ直されるのか、それとも時間をおいてか、とそわそわと子機を視界の中に入れながら動く日本は、何をしても落ち着けず。
 折角作ったおからハンバーグを焦がし、何もない廊下で転け、湯たんぽに入れるお湯を手にかけと普段からが考えられぬ醜態を晒し地味に落ち込む。
 そんな時こそ今日のプレゼントのポプリの効用で、と袂に入れるが、心落ち着くはずのハーブの香りは残念ながらこの日の日本の役には立たないようだった。




   Dezember 10


「……というわけでして、本当にすみません。折角誘って下さいましたのに」
「そうか。残念だが、そういう事情なら断れないだろうな」
「本当に申し訳ないです。私がちゃんと早めに確認をしていれば良かったのですが」
「いや、イギリスの独断専行なのだろう。日本が謝る事じゃない」
「はぁ」
 呆れたようなドイツの物言いに、日本も苦笑するしかない。昨夜、昼に途切れた続きでとかかってきた電話で、開口一番『すまないが、今年もうちに来てもらって構わないか?』と尋ねられたのだった。(えええ! 一緒に過ごすことはもう決定事項なんですか?!)と驚いた日本だったが、続けられた言葉には耳を疑った。
『一応24日と27日でエアチケットの手配はしてある。別の日付が良ければ変更も可能だから言ってくれ。――うちの航空会社で悪いけどな』
 別にお前のためじゃないぞ、俺が手配した方が到着後の手続きがスムーズに行くからであって……などとごちゃごちゃ照れ隠しを言うのはいつものことと聞き流しながら、(これはもうドイツさんたちに謝るしかありませんね)と日本は喜びの中に一抹の罪悪感を覚えながら肚を決めたのだった。
「まぁイギリスの気持ちも分らないでは……ああ、すまない、先ほどから兄さんが替われと煩いんだがいいか?」
「ええ、もちろんです」
 ドイツの背後からはっきりと漏れ聞こえてきていた兄の大声に耐えかねたのか。
 日本の了承に間髪入れず、プロイセンの癖のある声が響いた。
「よう! 日本! 俺様の小鳥、見てくれたか?!」
「木彫りの小鳥さんの置物ですね。とっても可愛いので飾っております。どうもありがとうございました。あれはプロイセンさんが作られたのですか」
「そうだぜ、俺様が作ってやったんだ! まだ置物だけなのか? だったらまだあるから楽しみにしとけよ!」
 言いたいことだけ言ってさっさとドイツに受話器を押しつけたのだろう。ガサガサと雑音を経て、「騒がしくてすまない」と謝るドイツに戻る。
「ところで折角こっちまで来るのなら帰りにうちに寄らないか?」
「あー……お誘いは嬉しいのですが、実は次の日から予定が入っておりまして」
 年末にはオタクにはけして欠かすことのできない冬の祭典があるのだ。
「そうか。残念だが、年が明けたらまた会う機会もあるだろうしな。兄さんもそちらに遊びに行きたいと言っていたし、こちらにもぜひ遊びに来てくれ」
「ええ、私もぜひお会いしたいです」
 最近はスカイプなどでコミニュケーションをはかる機会はあるものの、時差の関係上ゆっくりと話すというわけにもいかない。どうしても近況報告で終始してしまう。
「そういえばドイツさん、アドヴェントカレンダー、今日はピンバッチの日でした。早速鞄につけました」
「そうか。使ってもらえるならよかった」
「毎日楽しませて頂いておりますよ。本当にありがとうございます」
「どれも小さなもので礼を言われるほどでもないのだが、クリスマスまで楽しんでくれ」
「はい」
 ドイツの言うとおり、一つ一つはささやかなものだが、それら小さな贈り物に友との繋がりを感じられてこの時期は毎日が楽しい。
 ああ、やはりドイツやイタリアともまた近いうちに会ってのんびり一緒に過ごしたいものだ。
 そんなことを思いながら、日本は電話を切った。




   Dezember 11


 照明を落とした部屋で、日本はマッチで火を付けた。
 今日のカレンダーに入っていたのはもみの木と赤い模様の刺繍が入った布でできたマッチ箱だった。
 念のためにか、マッチ棒は入っていなかったので常備のものを移して使っている。
 数年前にスウェーデンからもらった蝋燭に火を灯す。蜜蝋でできた蝋燭の炎は暖かい色で、光が普通の蝋燭よりも広がり部屋を照らす。
 「綺麗ですね、ぽち君」
 キャン、と応じる愛犬の背を撫でる。
 ここ数十年、電気の人工的な光で夜をしのぐようになったけれども、やはり古来よりの灯の方がこんな静かな夜には似合う。
 国内では眩暈を起したくなるような問題は山積みで、国同士でも経済に環境にと問題や摩擦は常に起きている。
 何も考えずにぼんやりと炎を見つめながら一人でお茶を飲む時間もたまには必要だ。
 微かな蜂蜜の香りを感じながら、暖かいチャイを含む。
 まろやかな温みを目と喉で感じながら、ほぅと満足の溜息をついた。
 



   Dezember 12


 12の扉をあけて、小鳥の木彫りスタンプを見つけた時、『ああ、プロイセン君が言っていたのはこれでしたか』と日本は微笑んだ。
 飴色の小さな木片に彫られた小鳥は、プロイセンがよく連れている鳥と似ていて可愛らしい。
 折角ならこれもクリスマスカードの封緘に使えば良かったかもしれないと思えど、友好国へのクリスマスカードは、11月中に既に書いて送っている。
 今頃ドイツの所へ出したカード(今年は切り紙でウサギと雪の立体になるものだ)は、クリスマスツリーにぶら下がっているのだろう。
 クリスマスカードには使えなかったが、Winter Greeting のカードを別口で書き、プロイセン宛に送るのも良いかもしれない。
 ふとそう思い立った日本は、クリスマスカードのあまりがないか、仕事部屋へと足を向けた。
 シンプルな雪のイラストのカードにドイツ語の定型文をしたためると、鳥のスタンプを散らす。
 そして仕上げに鳥の絵の切手を貼り、間違えないようにゆっくりとドイツ語でプロイセンの名前と住所、同じく自分のものも記し、近くのポストへと向かったのだった。



   Dezember 13


「いらっしゃいませ、お客さま。イギリス屋へようこそ」
「イギリス……屋ですか?」
いつもの背広姿のイギリスが、優雅に一礼する。
(イギリスさんがやる店だからイギリスなんですかねぇ)
そんなことを考えていると、いつの間にか大きな箱を手にしたイギリスがにっこりと営業スマイルを浮かべた。
「さて、お客さま、本日はどのイギリスをお求めでしょうか?」
(どのイギリス???)
「本日入荷しておりますのは、七つの海は俺のもの超攻攻モードな海賊イギリス、ほあたで恋してなブリ天、アフタヌーンティは紳士の嗜み戦場でも欠かせないぜな軍人イギリス、それから来年が兎年ということで、特別にうさりすも仕入れております。こちらはシリアルナンバー入りの限定商品となっております」
 立て板に水の流れるような説明とともに、箱から飛び出してくるのはミニマムサイズのイギリス達だ。
「オレをえらぶとななつのうみもついてくるぞ!」
「ほあた☆したらにほんはオレをえらぶのか?」
「オレをえらべっていってるのはおまえのためなんかじゃないんだからな! お、オレのためなんだからな!」
「うさぎはさびしいとしんじゃうんだぞ」
(えええええーイギリス屋ってつまり本当にイギリスさんを売ってるからイギリス屋さんなんですね!)
 同じ声でてんでばらばらに叫び出すイギリス達に取り囲まれ、騒がしいことこの上ない。しかしなんだかとっても可愛い。
(いいですね、格好良い人は小さくなっても格好良いし可愛いんですね。ああ、なんと目の保養、幸せです・・・!)
 わらわらと寄ってくるちびイギリス達に頬が緩み相好を崩すが、その背に無情な声が響いた。
「当店でお求め頂けるイギリスは、お一人様につき一人だけ。さぁ、お客さま、どのイギリスをお選びになりますか?」
「ええええええええええー! 一人だけなんですか?!」
「ええ、当然です。同じ人間が存在してしまうと競合して世界が崩壊いたしますので」
(なんと!世界の崩壊までいってしまうのですか・・・!)
 壮大な話にびっくりするが、ああ、しかしどのイギリスも捨てがたい。
「さぁ、お客さま……お選びください」
「私は…私は……私が選ぶのは………」
 つぶらな瞳で見上げてくるイギリス達と決断を迫る背広姿のイギリスに、交互に視線を向ける。
 意を決して口を開こうとした時――


 かくんと軽い衝撃に、むくりと日本は頭を上げた。
 うつらうつらしているうちに、頬杖をついていた手から頭がずれてしまったらしい。
 しょぼしょぼした眼を瞬かせながら窓をみると、外は力を失した冬の太陽が傾く夕暮れだ。
「あー……妙な夢を見てしまいました」
 あんな夢を見てしまったきっかけは分っている。
 目の前の星形キャンディーだ。素朴な色合いのカラフルな飴は今日のアドヴェントの箱に入っていて、どの味を食べようか目移りしているうちに眠り込んでしまったのだった。
 しかしなんともおかしくて可愛い夢を見てしまったものだ。
 選べなくて焦りまくった焦燥感は夢の中のもの。そう思えばあのちびイギリスの可愛らしさだけが残る。
「まぁ、私には本物のイギリスさんだけで充分ですけど」
 思わず呟いて赤くなり、慌てて周囲を見回した日本は、語る言葉の恥ずかしさに一人暮らしで良かったと胸を撫で下ろした。





   Dezember 14


”おはよう、日本”
「こんばんは、イギリスさん」
 早朝の日本時間に合わせて挨拶をするイギリスにくすりと笑った日本は、同じようにして挨拶を返す。電話口の向こうのイギリスは、今頃夜の9時をまわっているはずだ。
”クリスマスカード、届いた。ありがとう”
 クリスマスを祝う国、祝わない国があるので、11月になると日本は各国へ冬の挨拶状という形でカードを送っている。
 宗派に関係なく、クリスマスも新年も全部ひっくるめて挨拶できるそれとは別に、明確なキリスト教国へはクリスマスカードを送ることにしていた。
 既に幾人かから数日前出したカードの到着の知らせがあったので、そろそろイギリスにも届くだろうと思っていた頃であった。
 カードの紙質が、印刷の色目がなどと丁寧に賛辞の言葉を挙げていくイギリスの言葉を聞きながら、くすりと内心で笑う。
 たいした用件がない時のイギリスは、おかしいくらい礼儀正しくて社交辞令的な言葉を重ねる。相手との距離を測りかねたようなもってまわった言い方は、彼の癖なのだと気づくまでには時間がかかった。そして言葉を重ねる彼の真意をもだ。
「喜んで頂けて嬉しいです」 
そう告げると、照れたような声で”そ、そうか”と咳払いが聞こえる。
”そういえばお前のところの〜” と毒にも害にもならない他愛のない話題を挙げるイギリスは、まだ話を続けたいのだろう。
 なんでもいい、同じ空間を共有したい、そんな気持ちは日本が抱くものと同じだ。
「ええ、そういえば」と相槌をうちながら、長電話用の椅子に腰を下ろす。美しい発音のブリティッシュイングリシュを聞きながら、先ほど壁にかけたチェック柄にフェルトを編んだハートのオーナメントを日本はそっと撫でた。




   Dezember 15


 フランスと最新アニメについて、Skypeで話をしている最中、日本はふとそろそろ年賀状を出さないといけない時期だと気がついた。
 彼と話をしている途中に、関係のないことが思い浮ぶことがたまにある。
 けして話に集中していないからではないのだが、と以前釈明したこともあったのだが、「単にいろんな話をして脳が活性化してのことだよ」と表情の変化に敏い友人は軽く笑ってくれたのだった。
「どうかした、日本?」
 今も自分でも自覚のない表情の変化に気づいたのであろうフランスは、主人公のスカート丈への熱弁を止め、首を傾げた。
「ああ、すみません。年賀状をださなければならないとふと気づきまして」
「ネンガジョウ……新年の挨拶状だね! あの一月一日に必ず着くという、驚異のカード! しかも消印がないんだったよね!」
「よくご存じですね」
「前に年賀状トリックを漫画にしたミステリジャンルの同人誌を読んだことあるんだよ。一月一日に必ず配達しなければならないって話だけど、お前さんとこの郵便局員はよくそんな苦行に耐えるよね。お兄さんとこだったらストライキよ」
「ははは……まぁうちの伝統ですから」
「日本も出すの?」
「上司とか部下とか、個人的にお世話になっている人たちには出す予定です。あと、好きな絵師さんの年賀状交換企画にも参加する予定なので・・・」
「なにそれ?」
「Pixivなんかで流行りだした、絵師さんとの年賀状交換です。まぁ原型のようなものは大昔のアニメ雑誌のペンパル募集とかでもあったんですけどね」
似たようなことはいつでもやるんですね、と笑っていると、
「ねぇ、俺も年賀状! 日本の年賀状欲しいよ!」
 とフランスが眼を輝かせた。
「フランスさんへ……年賀状ですか?」
「無理? 無理かな? 日本のイラストの年賀状、ぜひ欲しいんだけど!」
「あー・・・元旦に届く保証がなくてよいのでしたら構いませんが」
「Merci beaucoup! 年賀状! 切手シート以外のお年玉を当てないとね!」
 やけに詳しく喜ぶフランスに苦笑しながら、なぜ年賀状のことを思い出したのか、理由らしきものを思い当たる。
 今日のアドヴェントの中身が古い切手だからだったのだ。
(そういえば、少し前にドイツさんの半分になった切手がすごい高値でオークションで落札されましたけど、関係ないですよね?)
 高かったら嫌だなぁと思いながら、フランスへオタク絵な年賀状を送るのならちゃんと封筒に入れて送ろう、とも考えた日本だった。



   Dezember 16



 レース編みの雪のオーナメントを16日の箱の中で見つけた日本は、どこへ飾ろうかと考え込んだ。
 日本の家にはイギリス手製のレース編みや刺繍の施された品がたくさんある。日本はあまりそういうものを飾るのを好まない性質なので、「べ、別に飾らなくて良いからな!」というイギリスの言葉をまっすぐそのまま受け止めることにして、一切飾らないことにしている。(でないと、日本の家は今頃ファンシー館だ)
「飾ったら…角が立ちますかねぇ・・・」
 イギリスが実際に眼にすることはないだろうとは思えど、彼の作品は飾らずに、ドイツのものだけ飾るとなると、少々良心がいたむ。
「クリスマス時期だけですけど……」
 じっと繊細なレース編みの雪をみつめる。少し考えた日本は、ドイツからきたクリスマスカードの下にそれを敷くことにした。
 これならば心がいたむこともなく、ドイツの心尽くしも無駄にしないというものだ。
 にっこり笑うと、朝餉の支度に立ち上がった。




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