Advent Kalender 2010 1





   Dezember 1

 毎年一年の最後の月が訪れる頃に、日本の家に航空便が届く。
 ドイツの消印が押された小包がやってくると、今年も年の瀬が近づいたのだなと日本は感じるのだった。
  12月の初頭の午後、ピンポーンと呼び鈴が鳴り、郵便配達員から小包を受け取った日本は、ああ、いつものアドベントカレンダーだとすぐに察知した。ペーパーナイフで丁寧に封を開け、丁寧に潰されないようにと補強がしてある覆いをとって重みと厚みのあるカレンダーを取り出すと、それはやはり予想通りの可愛らしい冬の風物詩だ。
 例年より少し明るい柔らかな色使いのクリスマスツリーの絵は、イタリアと一緒に作ったからだろうか。数週間前、「今度ドイツの家に行く時に、一緒に作るつもりなんだ!」と言っていた、賑やかな友人を思い出す。
 どこへ飾ろうかと算段しはじめた日本は、ふと封筒の中にカレンダーとは別に手紙が添えられているのに気がついた。クリーム色のドイツのLという頭文字がエンボス模様で付されている便箋には、端正な字を書くドイツらしくもなく、やや乱れた筆跡がある。首を傾げ眼を瞬かせた日本は、書斎に戻るとドイツ語の辞書を引っ張り出した。いつものようにドイツの手紙用のノートに訳を書き出していくと手紙は次のようなものだった。

「親愛なる友 菊
今年もアドヴェントカードを送る。今年のカードはフェリシアーノが色を選んでくれたものだ。何度か作り直すうちに、すっかり時間をとられてしまい、この分では降臨節の始まりに間に合いそうもない。その時は過ぎた日にちをまとめて開けてくれ。
クリスマスはこちらで過ごせるのだろうか? 俺たちはお前と過ごせることを楽しみにしている。また予定が決まったら教えてくれ。
では神の加護があらんことを。
                            お前の友 ルートヴィッヒ」

 絵に一家言あるイタリアと、素朴な色合いを好むドイツとが一緒にああでもないこうでもないと言いながらこのカレンダーを作ったのだろう。
 納得がいくまで何度でもやり直すドイツの横で、飽きたらシエスタやおやつを食べていたのだろうイタリアを想像し、日本はにっこりと笑った。
 二人にお礼を言わなければ。そんなことを思いながら、日本は廊下の一番目立つところにアドベントカレンダーをかけた。





   Dezember 2

 朝の洗顔と歯磨きを終えた日本は、冷たくなった手を擦ると、アドヴェントカレンダーの前に立った。
 2の字の窓を開けると、中に入っていたのは小さな袋だった。前日とそれ以前の日付の窓には手作りのクッキーや、キャラメル菓子が入っていた。今日は何だろう。
 わくわくする気持ちを抑え、朝ご飯を済ませると、いつものほうじ茶の代りにイギリスからもらった紅茶を淹れ、包みを開いた。
 油紙の包みにかけられたリボンを解くとそこには親指ほどの小ささのジンジャーブレッドマンがいた。愛嬌のある笑顔でマフラーまでしている。
 本来ならばツリーにでも飾っておくべきなのだろうが、残念ながら日本の家ではツリーを出していない。
 これを作ったドイツもそれは承知で、昨日電話をした時も「最初は食べ物が多いから」とすぐに食べることを念頭に入れたのだと教えてくれた。
 一口で食べられるサイズのクッキーをゆっくりと味わう。
 そういえば昨年イギリスの家でもジンジャーブレッドマンを食べたなと思い出す。あれはイギリスのお手製だった。煎餅の類を食べ慣れている日本にとってもものすごく固く、こんなものなのだろうかと疑問だったが、どうやらあれはイギリス仕様だったらしい。少なくともこのジンジャーブレッドマンとイギリスの作った物は別物の味と堅さだ。
 イギリスは紅茶でふやかして食べていて、自分も次はそうしようと思ったのだった。去年のクリスマスを懐かしく思い出し、不意にイギリスの声が聞きたいなと思った。




   Dezember 3

「そうそう、アマレッティは俺が作ったの! どうだった?」
 電話向こうの弾んだ友人の声につられ、日本は笑みを浮かべた。
「とっても美味しかったです。味ももちろん食感も軽くてもっと食べたいと思ってしまいました」
「今回はアーモンド粉じゃなくて、生のアーモンドを砕いて作ったんだよ。レモンも入れてみたし。あ、メレンゲはドイツが作ってくれたんだ! 今度来る時にまた作るね! クリスマスは一緒に過ごせるんだよね?」
 やはり聞かれた質問に、日本は一瞬言葉に詰まった。一昨日ドイツに電話をした時も、同じことを聞かれたのだった。
 クリスマス時期には、イタリアやドイツと過ごすのが恒例となっている。だが、イギリスと恋人同士になってからは、イギリスからも誘われることがあり、去年はイギリスと過ごした。
 欧米ではクリスマスは家族と過ごす日だという。ひょこんと浮かんだ隣国達をぶんぶんと頭を振って追い払い、むしろ家族のような感覚はイタリア君やドイツさんですから! と内心力説した日本だが、日本流からすればクリスマスは恋人とのイベントの日。となればイギリスから誘われたらそっちを優先したい気もする。
 迷う時は先約を優先がセオリーだろうが、去年のクリスマスに「来年もこうして過ごせたらいいな」と言ったイギリスの言葉は、今年のクリスマスの誘いとみていいのか。いや、それを言うなら、「毎年こうして集まろうね! 日本もドイツも俺にとっては家族だもん!」とその昔に言ったイタリアの言葉も約束と言えば約束……。
 だいたいこの時期になってもイギリスさんがなにも言ってこないということは、何か約束があるのかもしれませんし。なんだかんだ言って英連邦の国々や、アメリカさん、それに自国内のお兄さま方と、イギリスさんにはご家族のような存在は多いのですからね、と日本は眉を寄せる。家族優先の欧米のクリスマスに、恋人の自分が割り込める隙間などないのかもしれない。だが、イギリスに確かめないうちに勝手に予定を決めるのも……
「んーじゃあ、決まったら教えてねぇ〜。日本が来るならたくさんお菓子と美味しい物準備するから!」
「も、申し訳ありません!!」
 電話口ということも忘れ思い耽っていたことに気付き、日本は慌てて頭を下げる。下げた後で相手には見えない上に、その行為が相手に意味のない身振りということに気付き、本当にボケていると頭を振った。




   Dezember 4

 便箋を前に、日本は裕に三十分は悩んでいた。
 雪の透かしと南天の枝模様の和紙に記した英文は、書き出しの言葉で止っている。
 英語で手紙を書くこと自体苦手だし、そもからして書く内容は日本語でも書き辛いものだ。かといって、電話で尋ねるのも気が進まない。もし日本がクリスマスを一緒にと誘えば、イギリスは(ツンデレを発動させつつも)二つ返事で快諾し、いかようにも無理難題を処理して、万難を排し、一緒に過ごしてくれるだろう。
 (無理をさせたいわけじゃないんですよね)
 ただのイベントの日本とは違い、欧米にとってのクリスマスはそれはそれは大事なものだという。軽い気持ちで誘って迷惑をかけるのは本意ではないのだ。しかし彼の意向を確かめなくては、ドイツやイタリアに迷惑を掛けてしまう。
 ぼんやりと万年筆のペン先を眺める。電話が嫌なら、EメールやTwitterで尋ねることもできるのだが、優美な模様が入った黄金の輝きを今日の日付の小窓で見つけた時、「これでイギリスさんの手紙を書けという天啓ですね!」と閃いたのだった。しかし天啓であったはずのその考えは、どうにもうまくいかない。
 いい加減思い悩むことに疲れた日本は、ままよ! と思っていることを書くことにした。
「親愛なる アーサーさん
寒い時期になりましたがお元気でしょうか? 私もぽち君も元気に過ごしています。
新しい万年筆のペン先を見て、あなたに手紙が書きたくなりました。そろそろクリスマスカードの時期ですが、これはその事前告知のようなただの走り書きです。
東京はまだ雪は降っていませんが、北の地方ではもう積雪があります。あなたの所ではかなりの雪が降っているようですね。
また二人で一緒に冬の季節を過ごせたらと願っています。予定を教えて頂ければ幸いです。でもお忙しい時期ですのでご無理はされないでくださいね。
また会える日を楽しみにしています。
愛をこめてあなたの 菊より」
 My Dearest とか、Adoringly yoursとか、日本語の手紙では気恥ずかしくて絶対書けないようなことが普通に使われるという所に、彼我の文化の違いを感じてしまう。
(まぁ相手に届ける言葉ですから、イギリスさんに喜んでもらえる様式じゃないといけませんしね!)
 頭の中で日本語に訳し頬を赤くしながら、日本はがさごそと切手の箱を漁った。




   Dezember 5

「やあ、菊!」
 河原の道を歩いていると、背後から聞こえた大声に日本は肩を竦め恐る恐る振り向いた。
 辺り憚らぬ大声は、アメリカだった。なぜ彼がここに、という疑問は年に何度思い浮かべるものなのか最早数える気もしない。
 今寄ったコンビニの店長よりもよほど顔を突合わせる機会が多いんじゃないか。フットワークの軽いアメリカはいつものことだが、正直今日来られるとは思っても見なかった。年の瀬も近づいているというのにこんな所まで呑気に遊びに来ていいんでしょうかね、この人。そんなことを思っているとはおくびにも出さず、日本は笑顔を浮かべる。
「これはアルフレッドさん、どうしてこちらへ?」
「新作のゲームが出たから遊びに来たんだぞ! GT5とモンハン3、両方買ってくれてるんだろう?」
「ああ、あれでしたらちゃんとご用意しておりますよ。そんなに楽しみならお送りしますと申し上げましたでしょう」
「菊んちでやらなきゃ意味ないじゃないか!」
「それはそうですが」
 確かに複数人でプレイした方が楽しいとはいえ、その為に遙々10時間以上もかけてやってくるのもなんだかなぁと思う。よほどアメリカは暇なのだろうか。情勢を見ればのんびりゲームをしに来る暇などないように思えるのだが。
「それ、買い物かい?」
「ええ、今日のご飯の買い物です。でもあなたが来られると思わなかったので、到底足りません。追加で買い足しますのでお付き合いください」
「そんなのいいよ、あとでネットスーパーでデリバリーしてもらってもいいし、ピザをとってもいいじゃないか! それよりも早く帰ろう!」
「ああ! ちょ、ちょっと待ってください」
 ぽち君の散歩紐も買い物袋も奪われて、手を引っぱって走り出すアメリカに引き摺られるようにして走る。
 朝のヒーロータイムとアニメの視聴、洗濯と買い物も済んだ後で良かったですよ。折角の休日がゲームと大きなお子様の世話で終わるのは癪ですが、まぁ最低限の用務は済ませましたからね。しかし老人を容赦なく走らせるのは勘弁して下さい、とは心の中でだけ思う。以前抗議して、では、とばかりに問答無用の力技で抱えられたり担ぎ上げられたりで家まで運ばれてからというもの、そんな羞恥プレイよりも体力をすり減らす方を選ぶことにした。しかし体力自慢の若者の早さを引きこもり老人に求められたら瀕死体験をする羽目になるというもので。
 ああもう! これだから外で会うのは嫌だったんですよ!
 早くも息切れ眩暈を感じながら、心の中で悪態をつく日本だった。



   Dezember 6

 6の印の扉を開けようとしたそのタイミングで鳴り出した電話に日本は慌てて踵を返した。
 仕事用の黒電話ではないので緊急性は低いが、待たせるのは主義ではない。
 子機を取り上げ「もしもし」と応じると、躊躇する間の後おずおずと話し始めたのはカナダだった。
「Bon soir、そっちではBon jourかな? オハヨウゴザイマス日本さん」
「Bon soir、こんばんは、カナダさん。この間はお越し下さりありがとうございました」
「こちらこそお世話になりました。遅くなったけど、この間のメイプルシロップ、追加で送ったから知らせようと思って」
「それはわざわざありがとうございます。嬉しいです!」
 先月遊びに来てくれたカナダのお土産のメイプルシロップがとても美味しくて絶賛したのを覚えていてくれたのだという。その心遣いが嬉しくて声を弾ませると、照れたように彼も笑う。
「ふふ、喜んでもらえて僕も嬉しいです。そういえばお土産でもらったあのお菓子……」
 一頻り和菓子談義に花を咲かせ、ではそろそろと話を終えようとすると、思い出したようにカナダが言い添えた。
「そうそう、数日前にアルに会った時、そのうち日本さんのおうちに遊びに行くって言ってましたけど……」
「ええ、お越しでしたよ」
「え? もう?!」
 電話向こうの驚いた声に苦笑する。
「はい、昨日のお昼にお見えで、さっき朝ご飯を食べて帰られました」
「えええええーー!」
 それは驚くだろうな、と日本は思う。通常国同士の行き来は前もってのアポイントメントがあるのが普通で、先のカナダの来訪も上司レベルでの許認可の末のものだった。唐突の往来が許されるのはよほど個人的に親しいか、上司が何も言えない大国であるかだ。
(アメリカさんは……まぁその両方ですかね、少々不本意ではありますが)
「元気だねぇ…アル……。僕はこの間帰ってから時差ぼけで大変だったのに」
「私も海外に出るといつも時差ぼけに苦しみます」
「普通そうですよね」
 二人してしみじみアメリカのタフさに感嘆しながら電話を切る。
 アドヴェントカレンダーの所に戻って、そういえばカナダにクリスマスの予定を聞いてみれば良かったと思い出した。アメリカが居た時に彼に聞けばよかったのに、そちらも失念していた。まぁそのうち肝心のイギリスから連絡があるはずだから、それを待てばいいのだが。
 そんなことを思いながら小窓を開けると、中にはおすわりをした犬の形のブックマーカーが入っていた。



   Dezember 7

 ツイッターのTLに流れてきたリツィートを日本は無表情で眺めた。
 この春から一部ネット界を騒がせている都の条例案に反対する発言は、早くも100以上の公式リツィートが行われている。
 少し悩んで公式リツィートのボタンを押した日本は、「はぁぁぁ」と深く溜息を吐いた。

(あれですかね、私がアメリカさんやフランスさんにオタク文化を伝えちゃったからですかね)

 アメリカの所へ遊びに行った時、彼の国の本屋で日本のBLコミックスの翻訳版が棚に並べられていて居たたまれない気分になったものだが、かような自国のオタク文化の流出が、海外の一部の勢力を刺激したのだろうか。
 今回のアニメや漫画の表現を規制する条例案の内容は、どうにもアメリカ中南部の厳格な純潔思想のそれを連想し、よもやその方面の圧力ではないかと罪悪感を抱いてしまう。
 一部では官僚キャリアの出世の道具だとか、某宗教団体がバックにいるだとか色々漏れ聞こえてはいるものの、昨今の己のオタクライフが上司の覚えにめでたくなく、それも遠因になったのではあるまいか。
 しかしそれにしても今回の条例案は日本古来の文化を真っ向から否定する内容でどうにも気持ちが悪いものだった。

(こちとら古代から近親婚・衆道は当たり前、江戸では触手春画だってありましたし、南総里見八犬伝なんて獣姦ですよあれ)

 18歳以下が当事者となっているならともかく、行為者の年齢制限なしで架空の犯罪行為を描いてはならないとする今回の条例案は荒唐無稽で、広げようと思えばどこまででも広げられる対象範囲に空恐ろしい物を感じる。
 日本も気に入っている漫画家が、古事記を題材に漫画を描こうと思っているが連載先の雑誌に迷惑をかけることを恐れていると発言していたのを思い出し眉を寄せた。
 とっくの昔に書き手の現場では自主規制は行われているのだ。それに輪をかける形の今回の規制は、どれだけの意欲と表現を作家から奪うのか。
 今回のターゲットはBLや少女漫画、レディースコミックらしく、某動画で一気に知名度が上がったとある18禁BLゲーム作品のCDの発売中止はその余波かと穿った憶測もあるそうだ。確かに法案が成立し、販売差し止めになったらその損害は計り知れない。ならば生産中止を決め込んだ方が賢いに決まっている。「ほのぼのギャグなCDだけ販売って、それもう作品の趣旨として違ってるから!」と吠えていた同人仲間を思い出す。
 学園ものだの無理矢理だの鬼畜だのはもはやBLの様式の一つだが、条例で禁止されたら残る要素はなにがあるのか。いや、都知事は同性愛者を攻撃する発言をしていたので、BL自体を潰す気だろうか。

(同性愛は厳格なキリスト教では死罪ですからね) 

 さしずめ己もイギリスも石打の刑辺りか、と皮肉げな笑みを浮かべる。
 条例が通ったらコミケは沈むんであるまいかとまことしやかに囁かれているが、幕張を覚えている身からすればあながち冗談には聞こえない。
 縦割行政の官僚も、外国勢力の色が濃い宗教団体も、オタクの経済効果など慮外であろうし、日本のアニメ漫画産業の輸出を煙たく思う向きにとってはむしろ喜ばしい条例だろう。
「そろそろ潮時なんでしょうかねぇ……」
 まぁそれならそれで仕方あるまい、と日本は思う。
 同人活動は千年以上続く日本の趣味だ。もはや思考の一部。今更やめることなどできない。
 規制がかかればその枠の中で目立たぬよう地下に潜り、ごく内輪のリアル界の同好の士で作品を見せ合えばいい。
 同じ趣味志向の仲間内で、それぞれが書いた作品を持ち寄り見せ合う。元来同人とはそういうものだ。
 これから出会うであろう神作家の作品を眼にすることができなくなるかもしれないことが心残りではあるが、ゆっくりとゆっくりと気がつかぬ間に言葉が殺され、表現に枷がつけられ奪われる。それをこの国の民が望むのであれば、自分はそれを受け入れるまでだ。
 戦前の日本での言論統制の初手は、 「卑猥俗悪ナル漫画」への取り締まりで、当時の知識人達はむしろ善意からそれを歓迎したのを日本は覚えている。だが、それからすぐに昭和38年の「紙芝居検閲制度」や「児童読物改善に関する指示要綱」と矢継ぎ早に普通の娯楽子供の児童書に至るまでその取り締まりは範囲を拡大し、時の権力の意に沿わない書籍が発禁となった。続く戦時下の言論に対する抑圧は、歴史を紐解けば誰の目にも明らかだ。
「……歴史の事実は嘘をつかないんですがね」
 ひっそり呟くと、肩を叩いて風呂へ向かう。
 今のように身も心も重たい時は、友人の心尽くしの浴用剤がなによりもありがたいものだった。




   Dezember 8


 何かおかしい。
 その違和感に気づいたのは、窓の桟に木彫りの小鳥の置物を飾ろうとした時だった。
 数日前カレンダーに入っていた茶色い熊の編みぐるみ(恐らくドイツが作ったものだ。彼は手芸も得意である)を飾る時、そういえばと思い出して数年前フィンランドからもらったニッセという妖精を象った小さなフェルトの赤いぬいぐるみも引っ張り出してきたのだが、あの時右に置いたのはニッセ、左に置いたのは熊だった、筈だ。
 だが今見れば、右と左が入れ替わっている。
 気のせいか? とも思うが、「緑の横に赤を置いた方がクリスマスらしいですよね」と独り言を言いながらポトス鉢の横にニッセを置いたので間違いない。
 泥棒でもはいったのだろうか?
 慌てて貴重品を確認するが、異常はない。それによく考えてみれば、こんな小窓から泥棒は入れない。
 傍にある椅子にでも登らねばぽち君が届く距離ではないし、よしんば登って誤って落としたところでこうしてまた並べなおす芸当などできないだろう。
 これはどういうことなのか。
「勝手にお人形さんが動いたんでしょうかねぇ……」
 つぶらなビーズの瞳が可愛い人形達を眺め独りごちる。
 まぁ実害はないことだし、と深く考えないようにして木彫りの小鳥を左端に置く。
 
 左端に置いた筈の小鳥がいつの間にか真ん中に鎮座しているのに気付き、内心日本がパニックを起したのはその翌日のことだった。




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