7月17日



「Ok guys, じゃあ会議をはじめるぞ! 今日の議題はこれだ!」
 会議用の大机の上にアメリカが広げた地図を覗き込んだ面々の反応は、まちまちだった。
「我にはこのちっちゃな島だけあるか? しかも遠いあるよ!」
「僕はこれで構わないよ。うふふ」
「お兄さんは異議なーし」
 あからさまに不服を述べる者もいたが、概ね場の空気は賛成で占められている。その中、一人口を開かず紙面を凝視するイギリスに、アメリカは声をかけた。
「どうしたんだい、イギリス? このヒーローが作った分割案に、何か不服でもあるのかい? 君の取り分は本島の南と、それにこの大きなkyushuuって島までつけたんだぞ。これ以上よこせって言ったって無理なんだからな!」
 ココとココも、と長い指でアメリカが指す先は、色とりどりに塗り分けられた、日本の国土地図だ。
 降伏は時間の問題と思われる日本の戦後処理の為にたてられた分割統治案が、そこには示されていた。
「そうある。なんでお前がこんなに取るある? 文句あるなら我と変えるアヘン!」
 口を尖らせて不服を述べる中国に、いつもなら皮肉か罵声で応酬するはずのイギリスは無視を貫く。ややあって躊躇いがちに口にした言葉は、およそ彼らしくないものだった。
「いや、……フランスの名前が入ってないけど、いいのか?」
「へぇ、お前が俺のことを気にしてくれるなんて、珍しいねぇ。夏に雪でも降らす気か?」
「俺はただ、公平を期す……」
 硬い表情でそう言いかけたイギリスに、フランスは薄笑いで「アメリカからは、」とその言葉を遮った。
「…… 日本の本島の南をどうかって話はあったんだけどね。うちも正直極東になんか色気出してる場合じゃないのよ。もともとうちは日本とは縁もないし興味もない。それにイタちゃんとこはまぁだ揉めてるし、余分な力があったらドイツの馬鹿押さえつけたいからねぇ、そんな無駄にお金使うようなことって上司も嫌がったんだよな」
 だから俺はパス。
 両手を上げて、不介入の意志を示すフランスに、ロシアはにこにこと笑いながら強請った。
「ふーん、じゃあ君の取り分、僕にくれないかな? 僕は日本君には縁も興味もあるし、お金だって惜しくないよ」
「それを言うなら我だって……」
 気色ばんだ中国が参戦しようとしたところで、パンッとアメリカが机を叩いた。
「それはダメなんだぞ! 今回の分割案はこれまでどれだけ日本との戦いに貢献してきたのかという点も考慮して作ったんだからな。日本と戦ってない上にイタリアとドイツの面倒を見ないといけないフランスはともかく、ロシアなんて参戦もしてないのにこれだけあげるんだから、サプライズなプレゼントだろう。各自、報償も負担も平等に! それがジャスティスなんだぞ!」
 アメリカのその言葉に、「確かにうちはまだ参戦してないからね」とロシアは矛を収める。
「まぁ、あとは日本がこれを受け入れるかってことだな」
 一人呑気に傍観者を気取るフランスの呟きに、中国は険しい表情を浮かべた。
「あれは頑固だし、一度火がついたら誰も止められないある」
「日本のことは心配しなくて良いよ。そろそろヒーローの俺が本気を出すつもりだからね」
 だが、そんな危惧を受け流したアメリカは、「以上、なにか質問や意見はあるかい?」と実質的には議論の打ち切りを宣言する。
 短期間のうちに名実共にリーダーの座に就いた若き大国の言葉に、否を唱えるものはそこにはいなかった。




 執務室に入ってきた部下は、鼻唄を歌いながら書類をめくるアメリカの姿に、笑いながら声をかけた。
「アルフレッドさん、珍しいですね。今日の外出はなしですか」
 まだ宵の口ではあるものの、いつもの彼ならば今頃は社交界のパーティに顔を出し美女に囲まれるか、プレイルームで葉巻や酒を片手に政策論議でも行っている時間であった。砲火や銃弾の嵐は東の海でのこと、この国の首都の夜は平時と変わらぬ盛栄を誇っている。
「ああ。電話をね、待ってるんだ」
 事務仕事を嫌うアメリカが、こんな時間に機嫌良く仕事に勤しんでいるのだ。相手はどんな美女なのか。興味津々の部下は軽口で相手を誰何するが、やがて響いた電話の音に一礼して部屋を出る。古式ゆかしきベルの音は、国同士の連絡専用の電話機のもので、彼らの内密にはたとえ高位とはいえ一介の事務官が立ち会うことは許されない。
 暫くその音を響くがままに放置していたアメリカは、やがておもむろに受話器を取り上げ、「Hello! アメリカだぞ!」といつものように声を張り上げた。厭そうにその大声にケチをつけたのは、アメリカが予期していた相手だ。
「やあ、イギリス。君から電話だなんて珍しいね。何か用かい?」
 固い声で切り出された言葉は、こちらも予想通り。会議で決定された議題の白紙撤回についてだった。
 自分の推察に違わぬ彼の言動に笑みを浮かべたアメリカは、しかし言葉ばかりは不機嫌そうな声色で返した。
「おい、ちょっと待ってくれよ、あれはさっき話がついた筈だろう。……そりゃ君に先に話をしなかったのは悪かったけど、単なるタイミングの問題だよ。それとも何か問題でもあるのかい? ……ああ、ロシアね、ロシアのことは俺だって分ってるさ。でもそのまま放っておいたら勝手に戦争始めちゃいそうだろう。だからあえて四人で分割するって話を出したんだぞ。……えええー、ちょっと待てよイギリス! 今更君に抜けられたら、それこそロシアの取り分が大きくなるから逆効果なんだぞ!」
 現行案では承伏できないと言い張るイギリスの強硬な姿勢も、彼がこの案から身を引くと言い出すことも立案の時点から予想していたことだった。
 そしてそれを彼が内密に伝えてくるということも。
「……Ok, つまり君が言いたいのはこういうことかい? とにかくロシアの極東における勢力を押し止めたい。だから俺一人で日本の面倒を見ろ、と。つまりそういうことなんだろう? ……Hey, 君は俺にエゴイストになれっていうのかい!? ……まぁ、確かにね。そりゃ戦績だけで考えると、俺の主張は通らなくもないだろうさ。でも正直なところ、今回の分割案は日本の統治にはコストがかかりすぎるって試算が出たから、皆で均等に負担する意図で立てられたんだよね。もともとうちの国民は今回の開戦には反対だったし、予想以上にこっちの被害も大きいしさ。ここでコストも人員も膨大にかかる日本の面倒を一人で見ろって言われても皆納得しないよ」
 用意していた言葉を口にすると、彼は狼狽えた声を出した。普段は上からの目線で横柄な態度を崩さない彼の周章狼狽する様子は、耳に心地良い。
 一頻り堪能したアメリカは、実に渋々といった風情で口を開く。
「……All right. 君がそこまでいうんなら引き受けるよ。困難に立ち向かう、それがヒーローの務めさ。……ただし、日本の件は俺に一任してもらうよ。今後一切口出し無用だ」
 きっぱりと言い切ると、躊躇いがちに返ってきたのは諾の言葉。
 彼にそれ以外の言葉は許されないからには当然であった。
「ああ、それから中国とロシアにはそれなりの対価を支払わないと二人とも納得しないだろうからね。ある程度の……ああ、彼らに日本を傷つけさせたりしないよ。そこは心配しなくていい」
 気色ばんだ声を宥めるが、一体彼はあの二人を納得させるのがどれだけ大変なことか分っているのだろうか。
 らしくもなく溜息をつきそうになるアメリカは、予想していたこととはいえ面倒になった気持ちをそのままに、邪険な声を出した。
「ただし、君は日本から手を引いてもらう。当然だろう? それから今回の件はすぐに撤回というわけにはいかないからね。多分タイミング的には…そうだな、日本が降伏してからになると思うけど、それでいいよね。……ああ、俺は約束を守るよ。君は何も心配しなくてもいい。――日本を彼らに殺させたりしないよ」




 電話を切ったアメリカは、受話器に手をかけたままの姿勢で動かなかった。
 そしておもむろに顔を上げると、自分に言い聞かせるように大声を張り上げた。

"Good! Gadget works well, and I'm gonna make end to these foolish wars!"
(「道具はちゃんと動いたし、さっさとこの馬鹿げた戦争を終わらせるさ」)

 "殺す" という単語に、息を飲むのが電話越しにもはっきりと分った。
 日本の分割統治、それはイギリスが愛するあの国の死を意味する。
 あの国がこのような分割案を受け入れるはずもなく、強要すれば最後の一兵になるまで戦いかねない。
 あるいは万が一にも受け入れ、日本という国の名は残ったとしても、恐らくあの小柄な青年の姿は消える。
 それをイギリスが承伏できるはずがないのは、この計画を立てた時から折り込み済みだ。

(……可哀想なアーサー、君がその恋心にもっと早く気づけていたらね)

 あるいは歴史が変わったか。それともいっそ心が引き裂かれ、狂いでもしただろうか。
 今頃自室の執務机で青褪めているであろう兄を思い、小さく笑う。
 そして世界を敵にまわし、今も一人戦場に佇む黒髪の彼の姿をも。

「――大丈夫、日本を彼らに殺させたりしないさ」

 昨夜届いた電報を人差し指で弾く。
 これからの戦局を、そして世界を変える報にしてはあまりにも短いその文言。
 空を舞う紙片から目を反らし、アメリカは部屋を出て行った。






付記


「日本の分割統治計画」 - Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E3%81%AE%E5%88%86%E5%89%B2%E7%B5%B1%E6%B2%BB%E8%A8%88%E7%94%BB

連合国による分割占領案

北海道・東北 ロシア
関東・中部・北陸 アメリカ
四国       中国
中国・九州    イギリス
沖縄       アメリカ
東京       アメリカ・イギリス・ロシア・中国
近畿       アメリカ・中国


「英、北方領土のソ連支配に肯定的 日本に同情と機密文書」
2010/07/05 18:08 【共同通信】
http://www.47news.jp/CN/201007/CN2010070501000441.html
『79年12月20日付文書「日ソの北方領土問題」は外部からの質問への回答として作成。「(英国は)日本に同情を示すかもしれないが、ソ連のこれら全地域の支配は、国際的諸合意で認められているとの見解に傾いている」と記述。』


Gadget - Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AC%E3%82%B8%E3%82%A7%E3%83%83%E3%83%88_%28%E7%88%86%E5%BC%BE%29

とある旅行先のビール工場跡に貼ってあった日本分割地図から思いついた話。
正直こんな案があったなんて知りませんでしたし、それにしてはイギリスは現行の分割に参画してないよな、というところから。



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