罰掃除
7 letters






「暗中模索」
「群雄割拠」
「・・・余裕綽々」
「く・・・空前絶後」
「・・・・・・・・・豪放磊落」
「また『く』なのかよ? ・・・・・・空中楼閣」
「・・・グンリュウムシュ」
「なんだそれは?」
「『群竜無首』、数は多くてもリーダーがいないという意味」
「ふーん・・・。優柔・・・じゃなかった、油断大敵!」
「・・・・・・・・・・・・・・・キョウカンジャクシ」
「・・・・・・意味は?」
「『強幹弱枝』、木の幹を保護して、枝の手入れは適当に。中央集権の場合に転用される言葉」
「良く知ってんなぁ」
「・・・なんで知らないの?」
 淡々とした声で言い返すフィラの言葉に、叩きで窓の桟を払っていたケネスは顔を引き攣らせた。
 この年下の赤騎士団長付き従騎士は、極偶に、いや、かなり発言に遠慮というものがない。
 とはいえ本人には悪気はないので、対応に苦慮する所だ。
 はっきりと指摘してやった方が後々本人の為になるのかもしれないとは思いつつも、最近やっとこの無口な少年と会話が成り立つようになってきたばかりだ。下手な発言でまただんまりに逆戻りされるのも敵わない。
 大体こうして掃除をしながらしりとりをするのも、一方的にケネスが話しかけるだけの一方通行で最低限の返事しかしない少年に業を煮やし、これならばと持ちかけたものだった。
 歴代の団長の名前で始めたしりとりは、紋章や魔法の名前を経て、今は四字熟語に至っている。
 仕方がないか、と思いながら、
「そりゃ、耳にしたことがなかったからな。大体お前はどうやってそんな言葉知ったわけ?」
 とケネスはそう話を振った。
「本。読んだら色々載ってるけど」
「ふーん、本ねぇ。読まなくはないけど、俺が読むのは歴史とか戦関係のものだけだからなぁ」
「・・・・・・『強幹弱枝』が出てきたのはゴールガウスの「騎士勅諭謹解」だけど」
 騎士の心得の根幹をなす、初代騎士団長による騎士勅諭は、数十年前までは全ての騎士が全文暗誦できることを求められていた。現在でも上級士官はそれを当然とみなされており、士官学校では必修座学の筆頭に上げられている。件の書は、その教育を受けた者ならば必ず眼を通している筈の教書だった。
 
 ―――やっぱりこいつ可愛くねぇ・・・
 
 表情を硬直させたケネスの内心のそのいらいらは、手にする叩きにも反映され、自然とその動きは乱雑なものとなる。
「・・・おっと!」
 寝台の横にある棚の上段から転がり落ちそうになった品を、慌てて片手で受け止める。
「なにやってるんだよッ! それは団長たちの私物なんだぞ!」
 それを見咎めた少年が慌てて飛んできて、その手の中の品を奪う迫力にケネスはあっけに取られた。
「ああ、悪い」
 慌てて謝る言葉を無視して大事そうに表面の埃を払うと、フィラはまたその小箱を元あった場所に戻す。
 一緒に置かれているのは見たこともない細工の防具系小物や表題も掠れている古い本が何冊か。その他は古びた木ぼりのお守りや、細々とした小物類しかない。
「これって、全部団長の私物なわけ? もしかしてかなりの貴重品とか?」
「・・・知らない。でも、ロックアックスを抜け出す時に、とってくるように頼まれた私物はこれだけだったから、多分大事なものなんだと思う」
「ふーん・・・うちの団長、さすがにそこまで気が廻らなかったみたいだからなぁ」
 用意周到に時機を窺っていたらしい赤騎士団長とは違い、青騎士団長の離反はまさしく行き当たりばったり。
 赤騎士団長と密に連絡を取り合っていた青騎士団も副長以下は、極秘に準備をしていたようだが、団長付き従騎士のケネスには寝耳に水の出来事で、何かを持ち出す準備などできようはずがなかったのだった。
 恐らくは団長室に置いてあったあれこれも、全てゴルドーの命で処分されているのだろう。
 中には若輩な彼の眼から見ても、かなりの値打ちのある品もあったので、自分のものではないとはいえ些か惜しいところだった。
 それを思わず口にすると、返ってきたのは思いがけない言葉だった。
「・・・マイクロトフ様の私物も、カミュー様からの言い付けで幾つか持ってきたけど」
「どこから?!」
 驚き尋ねるその言葉に、馬鹿かといわん視線を向け、
「もちろん、青騎士団長室から」
 とフィラは平然と返す。
「・・・・・・どうやって?!」
 団長室には立哨騎士が付き物だったし、部屋には鍵が掛かっていただろうに。それよりも赤騎士団長付きとはいえ、身分はただの騎士見習いでしかない彼が、勝手に他団の団長室から物を持ち出せるものなのか。
「鍵を見せて、カミュー様の命令だって言えば通してくれたけど」
 疑わしげな視線を向けていたケネスは、その答えになるほど、と納得をした。
 そう言われてみれば凡そ青騎士団長に関することでの赤騎士団長の主張が、通らなかった試しはなかったのだった。
「なるほどね・・・じゃあ、この棚の上のものは、団長達の大事な大事な私物というわけなのか」
 叩きをかけるために、本と共に手にとって場所を退かせた陰から出てきた手紙の束に表情を変えないように気をつけながら、ケネスはそう呟いた。
 手にとった手紙は赤騎士団長の宛名になっている。そしてその几帳面で筆耕模範にでもなりそうな文字は、彼がよく知っている人物のそれだった。幾つか重ねられたその全ての差出人を誰何するつもりはなかったが、恐らくは予測通りの人物からのものなのだろう。
 微笑ましい笑みを浮かべた彼は、不遜だな、とその表情を改め、忘却すべき事項にその記憶を置くことにした。
「寮に置いてた俺達の私物も処分されたんだろうな」
 口調を改めてのぼやくような呟きは、独り言のつもりだったが、意外にも無口な少年は返事をよこした。
「・・・さぁ・・・でもヒガータス先生が、もしかすると捨てないで隠しておいてくれたかもしれない。まぁ、捨てられてても別に良いけど」
 何度も叱責と今のような罰掃除を言いつけられた覚えのある、老齢の寮監を懐かしく思い出しながら、厳格で過ぎるほど曲がったことを許さなかったあの先生ならばあるいは、とケネスはその言葉に同意を覚えた。
「・・・シッチンマンポウ」
「なにそれ?」
「『七珍万宝』、様々な種類の宝物って意味だよ。さっきのしりとりの続きだ」
 答えると、少年は「ああ」と頷く。
 そうして一生懸命続きを考えているのであろう彼に気付かれないよう、本と手紙の束を棚に戻すと、団長達の大事な宝物を見遣り、小さく微笑んだ。
 


:: 七珍万宝




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