ゲームの王様
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「俺はシーナに150ポッチだな」
「俺はシドに150ポッチ」
「シーナに120ポッチだ」
「やっぱ同郷の誼でここはヒックスに行っとくべきなのかな・・・」
「ヒックス?!」
「お前、勇気あるなぁ」
「男には勝負より大事なものがあるんだろうさ。なぁ、フリック?」
「るせぇ! 何とでも言いやがれ。ヒックスに50」
「おいおい、50はねぇだろ、50は。可愛い弟分なのによ」
「がたがたうるせぇよ、熊!」
「おい、それよか、誰かあのお嬢ちゃんに賭けてやらなくていいのか? あのメンツに混じるだけの根性があるお嬢ちゃんだぜ。誰も自分に賭けてくれなかったって知ったら暴れだすんじゃねぇのか?」
「そういうお前が賭けろや」
「俺はシドだ。ここはドカンとビギナーズラック狙いでどうよ?」
「うーん・・・そうは言ってもなぁ。組む相手が悪過ぎっだろ。あれじゃ葱鴨にしか見えねぇからなぁ」
「違いねぇ。おい、誰か嬢ちゃんのオヤジ呼んでこいや。まだオヤジが相手だったら勝負賭ける気にならなくはねぇし、最悪オヤジに賭けさせればいいだろ」
「ムリムリ。今シュウと話中の筈だぞ」
「見た目に似合わず度胸と知恵はありそうなお嬢ちゃんなのに、どうして相方にアレを選ぶかねぇ・・・」
「それは、マイクロトフがああ見えて、意外と子供好きで扱いに慣れていて、リリィ殿に懐かれてしまったからですよ」
 平日の宵の口。
 まだ客も疎らな酒場の片隅で、酒を片手にぼそぼそとよからぬ会話を交わす男達の背後から声を賭けたのは、赤騎士団長カミューだった。
「マイクロトフが?」
 疑わしげな声を上げる仲間に、「ご覧の通りですよ」とカミューは白手袋の親指で、話題の中心となっている一団を指す。
 室の真反対に位置する店の中でも一際人目を惹くテーブルでは、宿星仲間の中でも歳若い青年達の姿に混じり、ティント市長の一人娘リリィが青騎士団長マイクロトフの膝に乗ってカードゲームに興じていた。
 一座の中でも一際体格が良く、いかにも武人らしく静かな威圧感を醸し出す男に、少女は怯えた様子もなく、恐れのない笑顔で振り仰いでカードを見せては何事かを相談しているようだった。
「賭ける人がいないのなら、私がリリィ殿に賭けさせていただきましょうか」
「お、いいねぇ」
「そうこなくちゃよ」
 するりと空いている席に座り込んだカミューに、ビクトールは酒を頼んでやり、シロウは賭け金を待ち構えて身を乗り出す。
「ではリリィ殿に200ポッチ」
 カミューの姿が酒場に現れた時から準備されていたのだろう。あっという間に供された彼愛飲の琥珀酒をにっこりと受け取りながら、カミューが告げた額は他の誰よりも高いものだった。
「おいおい、本気か、カミュー?」
「剛毅だねぇ」
「愛だな、愛」
 にやにや笑いながら揶揄する男達の中で、ただ一人フリックは心配そうな表情を浮かべる。
「カミュー、賭けるのはいいけど、もうちょっと低い額にしたほうがいいんじゃないのか? どう見てもリリィは初めてだぞ。ビギナーズラック頼りにしたってなぁ・・・」
「ご心配ありがとうございます。でも折角珍しくマイクロトフがゲームに加わっているんですから、これくらいは賭けておきたいのですよ」
 だがその言葉をさらりと受け流したカミューは、酒を口にしながら「ところで」と首を傾げた。
「彼らは何のゲームをしているんですか?」
「おいおい・・・」
「知らねぇで賭けたのかよ」
「7並べだよ、7並べ」
 響かないように心持ち抑えられた声で答える男達の視線は、相手に気付かれないよう憚りながらも部屋の反対にあるテーブルの上に集中している。
 遠目で眺めるゲームの行方は、机上に半分以上カードが出揃い、中盤から終局へと差し掛かっているようだ。
 困ったような顔でヒックスが何事かを告げると、隣のジェスが顔を顰めて手札をテーブルにさらけ出す。
「お、一人脱落か?」
「多分ありゃ殺しルールも入れてるな」
「入れろって言ったのはきっとシーナだぜ」
 手を叩いて喜んでいる大統領子息を見遣った一同は、さもありなんと同意の頷きを返す。
「しかしそれなら最後までどうなるか分からんな」
 ギルバードの言葉に、男たちの表情に一抹の期待が混じる。
 早く手札が無くなった順に勝者が決まる通常の7並べと違い、早くリタイヤしても最終的に出せずに残った手札の数も勝敗が決まる変則ルールを適用していれば、確かに最終的な順位は変動する可能性もある。
 酒を飲みながらさりげなくも熱っぽく見詰める彼らの視線の先では、残りも少なくなった札を手にしたリリィがマイクロトフに顔を寄せ、耳元に何事かを囁いている。
 女性に対してはいつも堅苦しい態度を崩そうとしないマイクロトフが珍しくも穏やかな表情なのは、相手が幼女だからなのだろう。
 なかなか絵になる微笑ましい情景に、隣に座るシロウが人の悪そうな顔でカミューに肘鉄をする。
「おいおい、堂々と浮気されてっけど、焼かなくていいのかよ?」
「仕方がありませんよ、あれだけ良い男ですから。もてるのは当然です」
「うわー惚気やがったよ、コイツ」
 どっと笑う男達の中で、平然と微笑みながら酒を飲み続けていたカミューは、
「そろそろ終わりそうですよ」
 とさりげなく彼らの注意を引いた。
 部屋向こうのテーブルでは、勝負がついたのか。ヒックスやジェスが手持ちの札を手に何やら話をしている。
「勝ったのはシーナか? それともリリィなのか?」
「いや、カードを持っていないからと言って勝ったわけでは・・・」
「私が行って聞いてきますよ」
「お、おい」
 すっと立ち上がるカミューに、タイ・ホーは慌てて制止しようとするが、それよりも早く彼はごく自然に件のテーブルへと近寄っていく。
「こんばんは、リリィ殿。・・・勝負はついたのかな?」
 男達の視線の先で、優雅に幼女に向かって腰を折って礼をしたカミューは、相方の大男へと首を傾げる。
「ああ、待たせてすまない」
「勝ったのよ! 一位だったのよ、スゴイでしょ!」
 通りの良い青年騎士団長たちの声は勿論、得意げに青年の膝の上で胸を張るリリィの声も固唾を飲んでやり取りを聞く男達の耳に届き、一同をがっかりさせた。
「なんだよ、やっぱビギナーズラックかよ」
「使えねぇなぁ、シーナ・・・」
「マジかよ・・・ったく・・・」
「そろそろ空気が悪くなるから」という口実で、リリィを父親の元へ送らせたカミューは、少女を抱いたマイクロトフが出て行くのを見送ると、ぼやく一同の元へと戻ってくる。
 その後ろにはなぜかトラン大統領子息シーナの姿もあった。
「おっちゃん達、なんか楽しそうなことやってなかった?」
 遠慮会釈なく空いてる椅子に座りこんで、首をつっこむシーナに、男達の容赦ない声が飛ぶ。
「おい、あんな嬢ちゃんに負けるってーのはどうゆう了見よ!」
「手ぇ抜いてたんじゃねぇのか?!」
「お前のせいで、こちとら酒代飛んだぞ!」
「あー、やっぱ賭けてたんだ」
 ビクトールのジョッキを掠め取ろうとして叩かれそうになるのをひょいと避けた青年は、無言でシロウからあがりを受け取るカミューを横目に呟いた。
「気付いてたのか、お前?」
「いや、うん、なんか視線感じるからそっかなーと思ってさ。勝ったら酒奢ってもらおうと思ってたんだけどねぇ。いやー、マイクロトフさん強くて参った参った」
 あはは、とあっけらかんと笑うシーナに、男達は疑惑の眼差しを向けた。
「マイクロトフが強かったのか?」
「お前ら殺しルール入れてたんだろ?」
「うん。だからさ、絶対いけると思ったんだけどねぇ・・・」
 通常よりも複雑かつ陰険な手を使わなくては勝てない殺しルールでは、マイクロトフのようなタイプは真っ先に負けそうなものなのだが。
 そんな疑問を抱く男達の視線は、ただ一人、マイクロトフの勝利に大金を賭けたカミューへと向けられた。
「おい、カミュー。・・・お前マイクロトフが勝つと思ってあれだけの金賭けたのか?」
「それは勿論。負けると思っているのに金を賭ける馬鹿はいませんよ」
 よもや実の所本当はマイクロトフは強いのではなかろうか。
 いや、しかしあのマイクロトフがまさか。
 半信半疑で尋ねるビクトールに、カミューはのんびりとどこかずれた答えを返す。
「いや、そうじゃなくて・・・」
「つまり贔屓目抜きに、お前さんはどれだけあいつに勝算があると見越してあの金を賭けたんだ?」
 横から口を出すギルバードに、カミューはさてと首を傾げた。
「そうですね、八割がた勝つのではないかと思っていましたが」
 さらりと落とした爆弾に、男達は声を上げた。
「おい、八割がたってなんだよ!」
「あのマイクロトフだぞ?」
「なんでまたそんな・・・」
 信じられないと口々に言い募る仲間達に、カミューは肩を竦める。
「一体、あなた方はマイクロトフのことをどこの坊々だと思ってるんですか。些か真っ直ぐ過ぎるきらいはありますが、曲がりなりにもあいつは青騎士団長を務める男ですよ。勝負に卑怯もへったくれもないことくらい承知してますよ」
「いや、そりゃそうだけどよ・・・」
 それでもなお承服できないと顔に書いているフリックに、隣で同じくとアマダも頷く。
「元々私のカードの師匠がマイクロトフなんです。マイクロトフはそれこそ今のリリィ殿位の頃から、祖父の膝の上で騎士団の高位の面々相手に勝負をしていたそうですから、そもそもの年季が違うんですよ。それに私は己でも周到に計算を尽くす主義と自負していますが、計算は勿論、それを超えた野生の勘が殊に良く働くという実に嫌な男でしてね、あれは。正々堂々と嫌な手を使うので、あんな顔して殆ど勝負事は負けなしでしたね。学生時代は見た目の額面通りにアイツのことを見縊ってくれた鴨相手によく儲けさせてもらったもんです」
 暗に男達を鴨呼ばわりして爽やかに笑うカミューに、フリックは机に倒れ付した。
「お前・・・そういうことは早く言ってくれよ・・・」
 それさえ聞いていればアイツに賭けたのに、とぼやくフリックに、
「そうは言われましても、それこそ勝負ごとに情けは無用ですからね。それに所詮水物、絶対の確証はありませんよ」
 と澄ました顔でカミューは嘯く。
 そして酒場に戻ってきたマイクロトフの姿に「ごちそうさまでした」と言い置いて、彼は席を立って行く。
「マイクロトフがねぇ・・・」
「人は見かけによらないって言うからな・・・」
「だから『折角珍しくマイクロトフがゲームに加わっているから』かよ・・・」
「いや、まぁ、騎士らしいっちゃ騎士らしい、正々堂々とした嫌な手だったよ、うん」
 俄かには信じがたいとその姿を見送りながら呟く男達の横で、苦笑いを浮かべシーナがフォローにならないフォローを入れる。
 それをさっくりと無視したリキマルは、
「つまり次からはマイクロトフに賭けりゃ勝てるってことだろうさ」
 とうんうんと頷く。
 確かにそういわれればその通りだが。
「ただその場合問題は、果たして賭けが成り立つかだがな」
 その言葉に冷静な口調でツッコミを入れたギルバードに、男達は顔を見合わせる。
 今の勝負で露呈したマイクロトフの勝負強さは、この城で賭けに乗りそうな輩の耳に早晩入るに違いなかった。
 肩を竦め、やれやれと酒を呷る一同の視線の先では、見掛けに寄らない男とその恋人が楽しげに酒を飲み交わしている。
「勝負にも勝って、いちゃいちゃラブラブってのもなぁ・・・」
 誰かがぼそりと呟く不穏な一言に、男達の視線が複雑に交差する。
 果たして恋人との楽しい一時を邪魔された赤騎士団長の怒りを想定する男達の理性と、酒に肥大したその場のノリと雰囲気と。
 そのどちらが勝利するかは、数分後の未来だけが知っていることだった。


:: 7並べ




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