多 田 武 彦 合 唱 講 習 会

技 術 編

 

加 藤 良 一   2005年2月15日

 


 

 

多田武彦合唱講習会における多田先生のお話の中から、ここではとくに音楽性や技術面について紹介する。講習会は、合唱に必要な基礎的な事柄と具体的な留意点などを、作曲家の立場から捉えて説明するやり方で進められた。最後に、YARO会が 2003年に演奏した男声合唱組曲『富士山』に対する講評を交えて、曲想の理解や言葉の処理のし方などを話された。

 YARO会の演奏に対する講評はつぎの通りである。

<良い点>
 曲の解釈や演奏に外連味(ケレンミ:はったりやごまかし)がなく、正統的。
 メンバーが、合唱の統率美や集合美の大切さを心得ていて、各パート内のピッチの整合性が良く、各パート間のアンサンブルも良かったため、リズム・メロディ・ハーモニーが曲の構築性を高めていた。
 こうした 「奇を衒(てら)わない、基本に忠実な演奏態度」 の結果、詩人草野心平先生の詩情や東洋的抒情性が、的確に表出されていた。(奇を衒う:風変わりなことをして、人の関心を引くこと)

<改善したい点>
 軟口蓋共鳴の発生が徹底されていない。
 「声区の移動」 の意味や技術が、まだ習得されていない。
 演劇・映画・朗読等の動態芸術で基本的技術とされている 「日本語の文章の文節(フレーズ)」、「歌曲における文節の表現方法(フレージング)」、「感情の抑揚に即したフレージングの各種態様の使い分け」、「ハード型子音・ソフト型子音・母音の使い分け」 も未習熟。

「これらに対して習熟と改善がみられれば演奏水準は大幅に飛躍する」 との励ましの言葉をいただいた。この講評が、かねてから聞き及んでいたタダタケ・メソッド合唱練習の際の留意事項」 を用いた合唱講習会をお願いするきっかけとなった。

 

<講習会の概要>
1 多田先生ご自身による略歴の紹介
  ・合唱音楽との出会い。
  ・作曲家清水脩先生および山田耕筰先生との出会い/両先生からの薫陶。

2 音楽、歌唱とはなにか
  ・ 「音楽」 を 「音を楽しむ」 と読むのは、漢文流にいうと誤りで、正しくは、「音こそ楽し」 と読むべきもの。音楽は音があってこそである。
  ・即ち、人間は聴覚によって、森羅万象の伝える音の喜怒哀楽を聞き分けた。やがて、歌や器楽演奏が生まれ、生活の中に子守歌、労働歌、祈りの歌などが定着した。名演奏をしたいと思ったり、コンクールに入賞したいと努力する前に、この原点を忘れてはならない。
  ・もっとも、名演奏や入賞への努力によって、音楽や合唱の醍醐味を知り、人生に潤いを得たり、またこれを聴く人びとに深い感動を与えることができる。そのためにはまず、建築と同様、堅牢な基礎的構築性が肝要である。これを怠って建物の内装や外装ばかりに気を取られていると、建築に精通した施主からは欠陥住宅だと指摘される。
  ・独唱は、たとえればテニスのシングルスプレイヤーに似て、個人の個性や技術が大切だが、合唱、吹奏楽、オーケストラなどは、サッカー、ラグビー、野球などの団体競技に似ている。「全体の中における自分」 を忘れて勝手にやると、全体の成果は上がらないし、他のメンバーの努力を阻害し、ひいては聴衆からも疎(うと)まれる。

3 歌唱技法の各論(音源に基づく解説)
  
・清元・長唄などの邦楽の構築性
  ・明治時代初期から普及した西洋音楽と邦楽の相違
  ・軟口蓋共鳴の利点、硬口蓋共鳴の問題点
  ・ 「声区の移動」 の説明と利用法
  ・パート内のピッチが合う場合と合わない場合の実例紹介
  ・西洋音楽の色彩ともいうべき 「和音」 の重要性
  ・西洋音楽の拍子( 2/4、3/4、4/4、6/8など)の機能性
  ・西洋歌曲のフレージングの使い分け
  ・日本歌曲のフレージングの使い分け
  ・フレーズ開始時の硬軟の使い分け
  ・フレーズ終了時、残響型と持続型の使い分け
  ・戦後の全国合唱コンクール連続金賞団体の練習方法の紹介
  ・歌舞伎名優・映画名監督・名写真家・名指揮者・名演奏家の語録
  ・楽式論の簡単な説明
  ・YARO会の歌った 『富士山』 の 「名演奏部分」 と 「要検討部分」 の説明

4 『富士山』 より第2曲 「作品第肆() の合唱指導
  
・草野心平の 「詩人の魂」 と 「詩の構成の妙」 の説明
  ・ 「詩と音楽による複合芸術としての歌曲を演奏するに当たっての留意事項」 の説明
  ・ 「作品第肆() 」の楽曲解説と実際に歌わせながらの指導

 

 

「多田武彦先生の略歴」 の最後にも紹介しているように、多田先生は、何年か前まで体調を崩して活動を制限されていた時期があったが、現在はかなり回復され新たな活動を始められている。今回、多田先生から直接講習を受ける機会を作ることができたのは、YARO会のコンサートが、多田先生が回復されたあとのことだったという幸運もあったろうか。
 また、われわれスタッフにとって意外だったといっては失礼に当たるが、さすが作曲家とはこういうものかと納得させられたのは、講演全体を通して細部にも目配りを欠かさない態度であった。多田先生は、事前にスタッフとともに会場を下見し、音響効果の確認やご自分で編集されたCDを鳴らして、講演の概略などを話された。これによって、スタッフも講演の流れや概要を把握することができ、スムーズな運営ができたことにつながっている。
 われわれも積極的に会場のセッティングや運営などについてアイデアを出し、多田先生との話し合いを重ねる中から出来上がったのが今回の講習会であった。いわば多田先生とYARO会のコラボレーションともいうべき企画であり、熱心な聴衆とともに有意義な場を作り上げられたことに感謝している。