E-67

金、
 kane
   かね

 

島 崎 弘 幸




経済のことは全く分からず、金もない男に、このような発言の資格はないのだが、この数年の日本の社会の閉塞感にはもう我慢がならない。諸悪の根源は日銀総裁だと、単純に思っている。男の後輩で、大手企業の研究所長を勤める友人は、バブル崩壊後の日本経済を立て直したのは余人をもっては代えられない日銀総裁だと高く評価していた。その人なくして日本経済は立ち直れなかったと力説していたのだが、彼はビールの飲みすぎだ。

 確かに、バブル崩壊後の日本経済は立ち直ったかもしれないが、ではその金が今どこにあるかと問いたい。当時、日本の銀行が軒並み危うくなって、公的資金が導入され、日銀のゼロ金利政策と、銀行の合併や統合でかろうじて生き延びたのは事実であろう。最近は、その公的資金を国に返還し始めていて、「どうだァ・・・」とばかりに、返還を始めた銀行は見得を切っているようにも思えるが、ちょっと待て・・・、「その金はだれの金だ」と、銀行各社に問いたい。その金は、庶民の預金に、これまでほとんど金利を払わなかったからじゃないのか・・・と。

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 何度も繰り返すが、男に経済のことは分からない。銀行に預金もない。だけど、言わせてもらえるなら、日銀のゼロ金利政策はちょっと長すぎはしないか・・・。日銀がジャブジャブ金を垂れ流すから、銀行は庶民に向かって、お前らの金はいらない・・・預金などしてもらわなくても良い。だから利息はつけない・・・と、表面上はふんぞり返っている。それでいて現実にはしっかり庶民から預金を取り付け、その預金には利息を払っていない。今日、銀行が甦ったと言うことは、銀行は我々の金(男の金は無いにひとしいのだが・・・念のため)を使って儲けたということである。儲けたから甦ったのだが、なぜ儲けたかは、言うまでもなく庶民の預金に利息を払わなかったからである。

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 日銀のゼロ金利政策は、日本経済の復興に役立ったことは事実だと思う。ゼロ金利政策は円安に導き、今もドル高、ユーロ高を維持している。日本の輸出産業は軒並み好景気で、トヨタが空前の収益を上げているのもゼロ金利政策のおかげであろう。だから、ゼロ金利政策は成功したのだ、何も分からないお前らが、がたがた言うなという経済通がこの読者の中にいるなら・・・一つ、お聞きしたい。トヨタに限らず日本の輸出関連企業が上げた収益は、今、どこにあるのか・・・と。企業が上げた収益が、日本の庶民に還元されているのなら、男も文句は言わない。そうだとしたら、バブル崩壊後、ずっと今日まで続いている国民の閉塞感は無いはずで、もっと好景気を実感しているはずである。企業の上げた収益は、中国、インド、ベトナムなどへの投資に回って、日本の庶民には全く還元されていないように思うが・・・間違っているだろうか?

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中国が、現在のように好景気に沸いているのも、オリンピックが開けるのも、日本の企業が競って中国に工場を立て、日本の技術の全てを教え、国民に賃金を払い、政府に税金を納めてきたからではないのか・・・。その間、日本の庶民は、リストラという訳の分からない言葉で職場から追いやられ、若者は派遣社員や、時給いくらのアルバイトという安い賃金で働かされているのではないのか・・・と。今の若者は、適切な職場が与えられなくて、本当にかわいそうである。日本の企業がこぞって海外に工場を移し、日本の若者の職場を奪ったのだから。

若者だけではない。日本の団塊の世代や、その前後の人々も多くの犠牲を強いられた。彼らが若かったころは、会社は終身雇用だから、若いときは低賃金でも、年齢とともに上がると説明されていた。説明されないまでも皆、そう思って我慢をしてきたはずだ。ところがどうだ、いよいよ役職について、高給がもらえる年齢になったら、大勢の団塊の世代に与える役職はない。高給など払えるわけがない・・・と。「窓際族」や「出向」という新語、流行語が創案されて職場を追われた。そしてバブル崩壊による会社倒産の危機。倒産が良いかリストラが良いのかと迫られて、体よく大勢の団塊の世代が首を切られてしまった。「リストラ」という言葉もすんなり社会に受け入れられて、多くの中高年が首を切られたにもかかわらず世間はそれほど騒がなかった。男はなんとかリストラにはならなかったが、似たようなものだ。もって行き場の無い不満に、一人で怒っている。

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確かに、日銀のゼロ金利政策を歓迎し、儲けている人も多いことだろう。日本の安い金利の資金を海外に投資し、利ざやを稼ぐような、頭の良い人はそうとう儲けているはずである。そう言えば、日銀のだれかも潤沢な個人資産を投資にまわして、村上ファンドとかいうハイレベルの投資会社で儲けた事実が公表されていた(男の怒りは個人ではなく、日銀の政策運営を担当している全員だ。きっと彼らは儲けている・・・ばれたから利益を返上すればよいと言うものではなく、ばれなきゃよいというものでもない)。上手に資金を運用すれば、この時代、きっと大きな金をつかむに違いない。だから勝ち組、負け組という言葉も生まれて来たのだろう。儲け口に投資をする知識のない男が、儲け話だけの投資に手を出したら、まず、もって行かれる。明白だ。だから、男のようなものは、なけなしの金を預金しておかなければ、老後の生活の見通しが立たないのである。それなのに。なんだ、この低金利は。いつまでこんな低金利政策を続ける気だ。銀行も、企業もとっくに甦っているではないか・・・。いつまで庶民から、うすく広く金を吸い上げて、一部のものだけに集める気だ、日銀は。男はそこに怒っている。

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ゼロ金利政策を長く続ける理由に、個人消費の回復が見られないからというのがあった。「・・・アホか・・・」と思ったね。童話に「北風と太陽」というのがあって、北風と太陽が旅人のコートを脱がせる賭けをした。北風は力いっぱい寒い風を吹きつけて、旅人のコートを吹き飛ばそうとしたが、旅人は両手でしっかりコートを握りしめて決してコートを脱ぐことはなかった。太陽は暖かな日差しで旅人を包み、陽気の中で、旅人はコートを脱ぎ捨ててしまった。日銀のやっている経済政策は、庶民にとって、北風か太陽か・・・言うまでもなかろう。昨年、短期誘導金利を0.25%に引き上げいわゆるゼロ金利ではなくなったとは言え、そんなもの庶民にとっては何の足しにもならない。バブル経済の崩壊以降、実質的に十年近くも預金金利をゼロにしておいて、個人消費の回復するわけがない。

 

 

エピローグ

 大宮駅付近で架線が切れたとかで、電車が半日、動かなくなった。予定していた会議にも出席できなくなって、止まった電車の中で、つれづれなるがままに、ふと思ったことを書きとめた。ひまつぶしの戯言(たわごと)である。

金、金、金の世の中となって、昔ながらの日本人の心が失われている。先日、NHKラジオで、日本の童謡をアメリカ人が翻訳して自ら歌っている放送を聴いた。素晴らしい歌声と詩の英訳に感動した。日本の童謡の中にあるやさしい心のまま、日々の生活が送れたら、どんなにか幸せなことであろう。

(平成19625日)




  
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