E-47



  お酒の甘辛と日本酒度


加 藤 良 一     (2005年1月16日)



 暑さを避け、寒さを避けるから という。
 日本酒がうまい季節となった。温めても冷やしてもおいしく飲める日本酒は、世界でも珍しい存在だ。以前、なんやかや欄に 日本酒、この多様さ』(E-10 として書いたが、日本酒には5間隔に趣きのある名前がついている。温度が変われば別のお酒になるようなものだ。 キリっと冷たい5雪冷え(ゆきひえ)から、55以上の飛切燗(とびきりかん)まで5060の開きがある。こんなにはばのひろい温度で飲める日本酒は世界でも珍しい酒であることは、日本酒鑑定官歴 35年という蓮尾徹夫さんが言うのだからまちがいない。(「日本酒鑑定官三十五年 おいしい日本酒の造り方、味わい方」 蓮尾徹夫著)
 どうして日本酒だけが、温めても冷やしてもおいしく飲めるのかとなると、あまりはっきりしたことはわかっていないらしい。奥が深いという表現はあまり好きではないけれど、酒造りはまだまだ杜氏の技術と経験と勘が脈々と生きている未知の世界である。
 日本酒とほかの酒の成分をくらべてみると、おぼろげながらその特長が浮かび上がってくる。日本酒には 700種類を超える成分が含まれるという 。ビタミン、ミネラル、ペプチド、必須アミノ酸、タンパク質などが主なもので、香り成分だけでも200種類以上ある。蒸留酒のウイスキーやブランデーなどが400種類と少ないのは当然として、同じ醸造酒のワインでも600種類、ビールが500種類しかないのをみても、いかに日本酒の成分が多く複雑なものかがうかがえる。このちがいは、醸造工程や使われる麹(こうじ)カビや酵母のちがいなどに由来するものである。

 日本酒を買うときにいったい何を基準にしたらよいだろうか。贈り物にするなら少々値段が高くともかまわないが、自分でふだん飲むとしたら手ごろな値段のなかで選ぶことになる。すでに飲んだことがある銘柄なら迷うことはないが、はじめて手を出す銘柄のときの頼りは、容器に貼られたラベルだけである。 もちろん試飲できれば、それに越したことはないが、果たして味の鑑定やいかに、どこまで見わけられるだろうか。
 日本酒のラベルは、特級と一級を決めていた級別制度──いわゆる利き酒による鑑定が平成四年に廃止されてから、表示内容が大きく変わっている。現在は鑑定ではなく造り方や原料のちがいを表示し、消費者が選ぶようになっているため、ラベルが読めないと 手も足も出ないというか、損をすることになる。昔なら専門家が選んだ酒だから安心だと思って買っていたものが、今では自分の味覚、経験、知識で判断しなければならなくなった。つまりは消費者の自己責任である。とはいうものの、酒の値段はけっこう正直で、やはり高いものはそれなりに造りのよい美味い酒が多い(傾向にある)。
 日本酒の表示内容についての規制は、ワインほど厳しくないようで、たくさんの情報を盛り込んでいるのがあるかと思えば、上質の和紙に筆文字かなにかで最低限しか書かない素っ気ないものもある。総じて廉価なものほどいろいろ書いてある。とくに紙パック製品になると印刷が楽とみえて、こと細かに書かれているのが多い。
 表示するといっても、色、味、香りといった官能でしか感じることができないものは、どうにも書きようがない。参考になる項目は、吟醸純米本醸造などの造り方を表す特定名称原料名精米度合日本酒度酸度、甘辛の程度おすすめの飲み方(冷やすか、温めるか)、製造年月製造者名などである。特定名称、原料名、精米度合は、その酒がどのよう な方法で造られたかがわかるので、グレードや性格の判断にかなりの決め手になる。また、甘辛度合や冷酒向きかお燗向きかは、好みに影響するポイントだろう。
 日本酒の醸造方法はいろいろあるから、造り方の大雑把なちがいくらいは知らないと選びようがない。しかし、そうは言うもののことはそんなに簡単ではない。たとえば、国税庁が決めた吟醸酒の定義は、「精米歩合60%以下、米こうじ及び水、又はこれらと醸造アルコールを原料とし、吟味して製造した清酒で、固有の香味及び色沢が良好なもの」 となるが、これ だけで全国の酒造メーカーがみな同質の酒が造れるはずもないからだ。

 表示のなかでもとりわけわかりにくいのは日本酒度という項目である。この値が高いといかにも高級品のように聞えるが、じつはそうはいかない。日本酒度は、「大辛口」(+ 6.0以上)から「大甘口」(−6.0以上)まで7段階に分けられ、中間的な「普通」は、−1.4〜+1.4である。甘さは糖分の量だけでなく、アルコールや酸味成分などによっても影響されるし、甘いか辛いかは、最終的には飲むひとの舌のうえで決まる、かなり複雑で微妙な官能表現である。
 また、日本酒度は甘辛のひとつの指標ではあっても、実際に測定しているのはたんなる比重であり、比重を左右する正体は糖分だけではない。測定には、日本酒度計という専用の比重計を用いる。比重とは 「ある物質の質量の、それと同じ体積の標準物質の質量に対する比」 で、標準物質には通常水を用いるので、言い換えれば 「あるお酒の水に対する重さの比」 となる。4の水と同じ比重を日本酒度(0)とし、それより軽いものを(+)、重いものを(−)とする。糖分が多ければ比重が重いので(−)となり、甘い酒になるが、それもアルコールの含量によって影響されるため、アルコール量が同程度の酒でないと甘辛の比較はできない。さらに、酸度が高いと甘味が隠れてしまうので、糖分が同じくらいでも酸味の強い酒はより辛く感じることになる。 ちなみに平成14年度の統計資料によれば、吟醸酒の平均的な日本酒度は 4.5、酸度 1.3 であるが、一般酒の日本酒度は 2.5 、酸度 1.2 となっている。
 エキス成分が少なくアルコール分が多いと比重は小さく、逆にエキスが多くアルコールが少なければ比重は大きくなる。日本酒度計の形は、ふつうの比重計と同じように魚釣りに使う浮きのような形をしてい る。浮きが標準の位置にあるときにゼロになるように重さを調整してあって、沈むと(+)、浮くと(−)となる。比重が小さいほうが日本酒度が高く、逆比例の関係である。 しかし、日本酒度とは、これだけのことであって、ほかにはなんら意味しない。あくまで日本酒のひとつの物性であり、成分などの化学的情報というわけではない。
 そこで、超辛口なのに口当たりが柔らかくまろやかな酒に出会ったり、日本酒度が(−)なのにさらりと旨みのある酒があったりするから、ほんとに迷ってしまうのである。さらに熟成が進んで落ち着いた酒は、アルコールの角が取れたとでも表現したくなるような甘さ、芳醇さを感じるものである。ちなみに芳醇ということばは、香りが高く味がよいという意味で酒にしか用いない そうである。
 甘さ辛さについては、同じ酒でも、あつ燗では辛くなるがぬる燗では甘く感じるし、その感じ方にはまた個人差がある。ようは、特級とか一級とか鑑定官が決めてはくれないのだから、自分で確認するしかないわけだ。封を切るまえに、まずラベルをよく読み、そのお酒がどのように造られたか想像しながら、おもむろに一献傾ければ、おそらく楽しみが倍増するだろう。
 酸度とは、文字どおり酸(有機酸)の量を表す指標で、酸度が高いと味が濃く感じられるという。さらに甘みが隠され辛口に感じるともいう。日本酒度とならんで 酒の味を決める重要な指標になっている。また、高級な酒に醸造アルコールが使われているのをおかしいと思われる人もいるようだが、これはアルコールが足りないから添加しているのではなく、もろみに適量加えることで香りが高くスッキリした味にするためである。さらには雑菌にあたる乳酸菌(火落菌(ひおちきん)ともいう)の抑制効果もある。ただし、その添加量は、吟醸酒などでは白米重量の10%以下と規制されている。

 巷間、ほんとうの酒飲みは辛口を好むなどというが、濃厚な甘口も捨てがたいものがある。ただ、ビールにドライタイプが出てきたように、日本酒もどちらかというとドライな方向にあるように感じられるが、この傾向は酒の世界にかぎらない流行り廃(すた)りなのかも知れない。では、昔の人たちはいったいどのような日本酒を飲んでいたのだろうか。 酒といえども世の中の動きにつれて移り変わってゆくはずだから、ひと昔まえとはそれなりにちがっているだろうことは想像に難(かた)くない。
 明治から昭和初期にかけて造られた吟醸酒がどのようなものだったか、それを明確に示してくれる資料がある。仙台税務監督局(現在の仙台国税局)が昭和5年に発行した 清酒吟醸要訣 がそれである。今から70年前に出版されたこの本が 「現在にも通用する貴重な酒造技術書」 として2004年に復刻版が出された。この本は、石川県で 菊姫 というかなりこだわった酒を造っている会社の柳達司さんという方が、後世にぜひ残したいと出版に漕ぎ着けたものである。
 「清酒吟醸要訣 は、酒造業者の技術向上のために出されたもので、製造指針というかマニュアルのようなものである。この本によって、仙台管内の吟醸酒が昭和初期に全国品評会で多数入賞するようになったという重要な役割を演じたようである。もちろん書かれていることは、現在の製法とはいくぶんちがっているようだ。酒造技術が進歩したことで、最近の本では取り立てて書かれないような項目もある。たとえば、無菌環境の維持や温度を一定に保つことなど、今ではなんでもない技術になっているし、分析方法も格段に進歩しているから、当然といえば当然である。こうして昔の技術書を見ることで、酒の変遷がわかり、かつ先人の苦労が偲ばれる。
 「清酒吟醸要訣 の記載内容からわかることは、大正から昭和初期ごろの酒は、酸が多く濃醇なタイプ、昭和10年から17年ごろは酸も多い酒が甘口となり、最近では端麗で吟醸香が強い傾向になっているということらしい。

 「銘水のあるところ銘醸蔵あり といわれ、酒造りには良質の水が欠かせない。米は全国どこからでも運んでくればよいが、水はそうはいかない。軟水か硬水かで発酵条件が変り、甘口になったり辛口になったりする。 好むと好まざるとにかかわらず、酒の性格は水で決まってしまう。だから、良い水のあるところに良い蔵ができたわけだが、近ごろはこのあたりの事情もすこしづつ変ってきている。現代の水処理技術はかなり進んでいるからだ。良い水がなければ、良い水を造ればよい。いまや海水でもかんたんに真水に変えることができるし、水の改質や加工も可能である。 たとえ立地条件が 銘水のあるところ でなかったとしても 銘水を造れ ばよいのである。酒造好適米ならぬ酒造好適水の開発である。

 このように薀蓄(うんちく)を傾け、慈しみ愛(め)でながら酒を飲めば、度を過ごすこともすこしは減るにちがいない、ことを祈る。

 


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