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冷や汗のレンタカー  ポートランド

 



加 藤 良 一

2002年3月23日


 

 ポートランド国際空港の近くでレンタカーを借りた。真新しいアメ車ではあるが日本車と乗り心地に大差はなかった。空港からポートランド市内までは、ほとんど一本道だ。

 ぼくの行ったポートランドは、アメリカ西海岸オレゴン州のほうだ。おなじ地名が東部のメーン州にもあるから紛らわしいが、オレゴン州のポートランドは、札幌市と姉妹提携しているオレゴン最大の都市。面白いのは、いくら大きくてもポートランドは州都ではなく、ポートランド南に位置するセイレムが州都なのである。オレゴンという州名はどこからきたのか由来がよくわからないという。アメリカのような歴史の新しい国にしてはめずらしい。

 ぼくにとっては、これが海外でのはじめての運転だったから、道路に慣れるまではとりあえずYさんに運転をお任せした。Yさんとぼくは前日にニューヨークで落ち合って一緒にポートランドまで来た。Yさんは、以前アメリカで二度ほど運転をしたことがあるという。それならと、自然な流れで最初の運転はYさんにお願いした。

 ポートランドには世界的なスポーツ用品メーカーの 「ナイキ」 本社があり、市内にでかいスポーツ専門ショップを構えている。ショップとはいうものの、まるでスポーツ博物館のような展示スペースもある楽しい店だ。ぜひテニス用品を買って帰りたかったので、夕食前に寄ってみることにした。Yさんの運転するクルマは、ナイキショップを探しながら、夕闇迫る市内をさまよっていた。

 右折して入り込んだ二車線の道路、そこは一方通行で、左側のレーンはクルマでいっぱいだった。ぼくらのクルマは、空いていた右側を走って行った。たぶん並んでいるクルマは左折車の列、きっとこの先にデパートか何かがあるんだろうくらいに、Yさんは考えていたのだと思う。ぼくもとくに不思議には思わず、助手席からポートランドの街並みを眺めていた。
 広い二車線の一方通行をすこし走ると、前方にバスが右に寄って停車場で止まっていた。あいかわらず左車線はクルマでいっぱいである。バスをよけて追い越さねばならないが、と、ここまで考えてあわてた。あれ、ここはバス専用レーンじゃないのか、その証拠に一般のクルマは1台もいないじゃないか。いるのはぼくらのクルマだけだ。左側のレーンがクルマでいっぱいだった理由が一瞬にして理解できた。理解はできたがすでに遅かった。

 「まずい」 ポリスにでも見つかったらたいへんなことになる。とにかくこの道から早く抜け出そう。そうはいったって、もう目の前は交差点だし、バスがうしろからも迫っている。もはや止まることもできない。Yさんはとっさにハンドルを左に切った。ぼくらのクルマは、交差点で停車していた左車線の最前列のクルマとバスのあいだをすり抜け、まだ赤信号だというのに交差点の中に入ってしまった。まさかこのまま交差点を突っ切るわけにもゆくまい。勢いがついていたぼくらのクルマは、やむをえずそのまま左折してしまった。ワォ、けっきょくバスレーンへの進入違反と信号無視のふたつの違反をやらかしてしまった。
 横断歩道を歩いていた人も止まっていたクルマの運転手も、なんてやつだ、よく見りゃ東洋人じゃないか、ずいぶん野蛮な運転をするもんだとでもいうようにびっくりした顔で眺めていた。でも、ほんとうに肝を冷やしたのは、何がなんだかわからないまま、緊急避難 的に脱出したぼくらのほうだったのであるが。

 この一件があってから、Yさんは、ほんとうにアメリカでの運転経験があるのだろうかとぼくは少々疑いはじめていた。こんな調子では、以前はいったいどうやって走っていたのだろうかと、いぶかしく思わずにはいられなかったからだ。

 アメリカのクルマは、右側通行に合わせて運転席が左側にあるが、ブレーキやアクセルは日本と同じ右足で操作するようになっている。これは大助かりだ。ブレーキやアクセルまで位置がちがっていたらたぶんお手上げだろう。人間工学的には、どこか共通する発想があるのかもしれない。いやそうではなく、たんに右利きが多いという理由だけからきているのかもしれない。何はともあれ右側通行には左ハンドルが合理的なのである。

 

 アメリカと日本とではずいぶん交通事情がちがっている。そのひとつ、行き先を表示した標識のわかりにくさにはずいぶん悩まされた。アメリカはかなりフリーウェイが発達している。フリーウェイは、日本でいえば高速道路にあたるが、とくに料金はとらないし出入り自由である。

 フリーウェイのあちこちに置かれている標識は、緑の地に白い文字で書かれている。困ったことに、フリーウェイから別のフリーウェイに曲がったり、一般道へ出るときに、そこがどこなのかという表示がほとんどないのだ。
 たとえば 「○○WAY ↑WEST ←EAST」 となっている場合、○○WAYの西方向へ行きたければ直進せよ、東方向なら左折という意味である。つまりその道がどっちの方角へ行く道かを表示しているだけである。つまり自分はどの道路をどっちの方角に行くのかが、分かっていないとだめだということになる。「青梅街道 西は 東は」 と書かれているのと同じである。では、そこはいったいどこなのかは、まったく書かれていない。道路地図を見ながら、どこどこで左折しようというようなやり方では、おそらくうまくいかない。つねに自分の目指す方角や、そのつどの地名を知っていなければ、目的地にすんなりとはたどり着けない。少なくともぼくらはそうだった。

 この標識のおかげでポートランド市内の環状道路をぐるぐる廻り、しまいには逆方向へ行ってしまったこともあった。23時間道路を探し続け、真夜中の12時すぎに気がついたら、遥か離れた空港のそばまで行ってしまったときには、ほとほといやになった。もっとも、標識をうまく読み切れなかったのはわれわれが未熟だったせいではあるのだが。まあ、このていどのことならべつに事故を起こすわけでもないし、危険性があるわけでもないからよしとしようと諦めた。

 そんなことより日本人がもっと悩むのが、通行帯の左右のちがいであろう。ふだん日本で走り慣れた左側通行が反対の右側通行になるというのは、初めての人にはたいへん神経を使うものである。田舎道のような車の少ないところなら、ゆっくり考えながら走ればよいが、交通量の多い市内ではそうもいかない。通行禁止や一方通行の制限も多いし、交差点で止まって考え込むわけにもゆかない。
 習慣というのは恐ろしいもので、無意識にひょいっと道路に出て行くと、いきなり道路の左側を走っている自分に気づいて驚くことがある。沖縄が本に復帰したときの道路の混乱はまさにこれだった。とくにセンターラインのないような狭い道では、かなり意識していないとつい左に寄って走ってしまう。もっとも恐いのが 「左折」 するときである。気をつけていないと、曲がってからつい左車線に入ってしまうのだ。中央分離帯がある道路などでこれをやると、反対車線に逃げられないからおそろしい。とうぜん正面衝突である。ご他聞にも れず、これもちょっとだけではあるがやらかしてしまった。
 そのときはさいわいにも対向車が遠かった。必死になってバックしてことなきをえた。慣れるまでは 「右!右へ!」 と声に出して唱えていないと危ない。電車の運転手じゃないが、指差し称呼をしたほうがいいだろう。左折にくらべて右折の場合は、縁せきに沿って曲がればよいので、あまり迷うことはなかった。



 



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